転炎の焔、伸ばされた手
母ちゃん、大丈夫かな
憑依をしている最中に、
小僧の周りに転炎の焔が広がった
——待て!まだだ、迎えには早過ぎる
小僧の気が逸れた隙に、半身を押し込む。
「ぐうあぁっ!」
小僧は苦しんでいる、受け入れてさえくれたら、辛くはないんだがな
早くしなければと、焦ったのがダメだった
小僧は、憑依中の俺を
力いっぱい突き飛ばした。
下半身が既に憑依している俺は、踏ん張りが効かず、ぐらりと上半身が揺れて離れた時
真後ろから、凄まじい神力の籠った
衝撃が俺を襲った。
体制を整えるには、衝撃に勢いがあり過ぎた
——-小僧を潰してしまう!
まずいと思った俺は、
小僧をつき飛ばす形で、横に吹き飛んだ
吹き飛ぶ瞬間、小僧が焔に包まれ、
押し込んであった俺の霊体が千切れた。
「あぁ!畜生が!あの小僧、俺の力を半分持って行きやがった!」
・・・失敗した。遊んでる場合じゃ無かった
俺は、やっちゃった事は仕方がないと、
一旦冷静になったが
——弱り切ったこの力じゃマズイな
このままでは、あちらに飛ぶ事すら出来ない
困ったなと、考えながら、俺を吹き飛ばした元凶に目を向け、目に入った光景に驚き、
「おい!待て!やめろ!」
俺は、慌てて足を生やし、飛び出した
そこには『転炎の焔』に包まれてしまった
息子を助ける為に、
一切躊躇なく、
「焔に手を伸ばす母親」を見たからだ
「ハル!悠!ちょっと、何よこれ!悠!」
こいつは・・・
俺の脳裏に1人の少女が思い浮かぶ
「無理だ諦めろ、腕がなくなるぞ」
俺は母親の腕を掴み、後ろに引いて
彼女を焔から遠ざけた
転炎の焔は一気に縮小して
シュンと消えた
「悠!なによこれ?なんなのよ!」
母親は、崩れるように座り込み
焔の消えた後、床を殴った
バキバキッ!
床板が破壊された様だ。
相変わらず、凄い力だな
「大丈夫だ。息子は死んではいない」
ゆらりと女は立ち上がり、
こちらに向かって来る
「アンタが・・・何かしたのか」
神力が溢れ、圧迫感が凄い。
低級の悪しきものなら
一瞬で消えるだろう
「やったのは俺ではないが、関係はあるな」
おれが発言した瞬間、女は背後に周り
俺の首を絞めた。
早すぎるだろう、人の動きじゃないぞ
「どう言う事だ?」
女とは思えないドスの効いた低音で
俺の首を締め上げる。
「とりあえず、話すから落ち着け、あと苦しいから、首を締めるのはやめろ」
俺は絞められた首を撫でながら
「お前は、俺を覚えているか?」
と、尋ねた。
「・・・阿修羅」
ちゃんと覚えていた様だ
「ああ、覚えているなら、俺が帝釈天と不仲なのは知ってるよな?」
アイツとは散々やり合ってる。
顔を見る度に腹立たしくて、喧嘩してしまう
「昔・・・聞いたからね」
女は俺を解放して、自分で割ってしまった
床の破片を、座り込んで拾っている
「それならいい、息子は、俺が行くはずだった幻世に連れて行かれたん・・・イテッ」
女は、話の最中に
何の前触れもなく殴って来た
「殴るな、ちゃんと話を聞け」
2発目の拳を止めたら
「お前のせいで、息子が目の前で消えたんだ。話は聞くが、大人しく殴られろ」
と言って殴りかかって来る。
俺は、女の、拳を避けながら話を進めるが、
油断すると、絶対に痛いな
「幻世は、造化三神が、力の弱い神や、現代日本に居られなくなった妖、神獣を逃がすために創造した世界なんだ」
目の前を、拳が掠めた
「それを、正しく無いと、世の理に反すると帝釈天は思っているんだ。神が逃した奴らを、本来あるべき場所に戻すべきだと」
拳を避けたら、今度は蹴りが飛んできた。
「アイツは、自らは手を汚さず、部下に幻世の情報を流させた。羅刹を利用し荒らす事で、弱き者が幻世に住み難くするつもりだ」
俺の手は6本有る筈だが、
なのに当てるとか、この女、強過ぎないか?
「ったく、男だろ?避けるな!ついでにそいつクズだな?」
お前、話はちゃんと聞いていたんだな
「帝釈天にとっては正義だ。おれは、それに気付いたから、奴を邪魔をするために、情報を集め動き始めた」
攻撃が止んだ。
やっと、まともに話を聞いてくれる様だ
「ある時、道祖神から、羅刹の手下が暴れるから助けてくれと連絡が来たんだ」
最初帝釈天に相談したらしい
そもそも、けしかけたのは帝釈天だから、
誰も幻世を助けようとはしなかった。
「俺が直々に向かうと、帝釈天とまた正面切って戦う事になる。そうすると、幻世にいる奴らは簡単に吹き飛ぶ」
さすがに可哀想だろう
「だから息子を狙ったの」
女は今にも噛みつきそうな
飢えた獣の様な目で俺を見る
「幻世に向かうのに、霊体憑依だとばれる。肉体の中に直接入ろうとしたんだが、お前が蹴るから失敗して、息子だけ幻世に行った」
言葉を聞くや否や、俺の脇腹に衝撃が来た
「イテッ、だから蹴るなって」
相手が俺じゃなきゃ
簡単に吹き飛ぶ様な衝撃だ。
「チッ、ダメか」
女は舌打ちして、まだ懲りずに俺を狙う
「息子は"俺の神力"を半分持って行ったから大丈夫だ。幻世は穏やかな奴しかいない」
女の攻撃の手が少し緩んだ。
「ただ、帝釈天の仕向けた羅刹はヤバい。
幻世には、俺も向かうつもりだ」
女は俺に掴みかかり
「じゃ、こんな所でチンタラ喋ってないで、さっさと行けよ!」
と、おれをバシバシ叩きまくる
——-まあ、そうなるよな
「息子が力の半分を持って行ったから、元に戻るのに時間がかかる。早く行けと言われても今は無理だ」
女は叩くのをやめた
「・・・どうすれば力が戻るのよ。私の命でも使えばいいのか?」
この女、自らの命を差し出すつもりか?
「いや、それは無駄だ。ただ、また、お前に憑依して、神力を貰ってもいいか?」
お前の神力を蓄積すれば、回復出来る。
「何で私なんだ」
女は顔を背け、嫌そうな顔をするが
「お前の神力はかなり強いからな。取り憑けば回復がかなり早くなるからな」
女は納得したのか、はぁとため息を吐き
「回復したら、息子をちゃんと返してくれるんでしょうね?」
と、睨んできた
「大丈夫だ。力さえ戻れば後は何とかなる。それに、お前が回し蹴りしなければ俺は千切れなかったぞ?」
チラッと女を見ると、自覚はあったのか
ちょっと気まずそうにしている
そう、力さえ戻れば何とでもなる。
『幻世に迷い込んだ人間を連れ帰る』
と言う、大義名分もできた。上出来だ。
「分かった・・・さっさと回復しろよ」
その言葉を聞き、俺は女と融合した。
身体に神力が満ちてくる。だが足りない
「善子、この感覚は久しぶりだな?」
俺はこの女に取り憑くのは2度目だ
「煩い。さっさと回復して、私から出て行ってくれ。四六時中見張られるのはごめんだ」
善子は文句を言いながら
社から出て、母屋に歩いて行った。
——帝釈天は秩序と正義を守る神だ
絶対正義、いかなる理由があれ
理に反する事は許さず、悪は悪だと考える。
一方で俺は、力は強いが怒りっぽく、
帝釈天とたびたび対立・戦争を繰り返す
半神的存在だが
帝釈天よ、弱い者イジメはダメだろう?
助けてと伸ばされた手を
降り払うなんてごめんだ
——誇り高き正義
俺は己の誇りのためならば戦うのみだ
俺は善子の神力に包まれながら、
回復の為、しばらく眠りに着く事にした
阿修羅は過去、善子に憑依した事があります
それはまたいずれ・・・




