忘れていた記憶
ツンデレ?
あれから、どれくらい過ぎたのだろうか?
神力の回復の為に、意識は外部に繋ぎつつ
善子の中で微睡んでいた。
(おい、阿修羅、聞こえるか?)
黒月からの念話だ。
面倒だ。無視してもいいだろうか?
(阿修羅、わしじゃ、どうせ寝たふりじゃろ)
なっ!大国主命じゃないか
同時に連絡とは、共にいるのか?
(失礼な、起きてるぞ。 2人揃ってなんだ)
黒月のは、わざと無視はしたが
なぜ、大国主命が?
(阿修羅、お前、俺を無視するな)
黒月が文句を言うが・・・無視だ
八咫烏と大国主の2人から伝言なんだ。
ただ事ではないのだろう。
(何かあったのか?)
俺の中に思わず、緊張感が走るが
(いやな?悠が、母親のご飯が食べたいなんぞ可愛い事いうから、叶えてやりたくてな?)
大国主の言葉が俺の頭をすり抜けた
母のご飯・・・なんの事だ?
(善子に、頼んでくれないか?作り終えたら、召喚するから、ついでに出来上がる時間も聞いてくれ)
ちょっと待て、本当にご飯・・・
そんな事に、召喚を使うつもりなのか?
・・・過保護だな、力が抜けたぞ
俺はほっとして、思わずニヤけてしまった
(俺は今、力を使えないぞ?)
ようやく溜まって来たんだ。
遊び半分には、まだ使えない
(わしが門を開く。悠が目の前で、祝詞を唱えてくれるから、わしの力は減らんのじゃ)
まあ、それなら構わないか
「善子、今から悠に食わせる為に、料理を作るなら、どの位の時間がかかる?」
それこそ、食事の準備中に、俺に急に尋ねられた善子は、驚きながら
「今から?もう『肉じゃが』作り始めちゃったわよ。それで良ければ後30分ね」
息子の為に
新しく作り直すつもりはない様だ
「悠の好物じゃなくていいのか?」
ここは普通、母親は息子の好物を作るよな?
「いいのよ、悠がホームシックなら、特別な好物より。よく食べていた普通のご飯がいいはずだから」
そう言って、善子は、手慣れた様子でテキパキと作業をしている
「それに、あの子肉じゃが好きだしね」
善子は、珍しく優しい顔をしていた。
(20〜30分らしい。出来たら連絡する)
俺は黒月に知らせを入れた。
(分かった。折り返し連絡を待つ)
善子は、鼻歌を歌いながら、ご機嫌で料理をしているが、途中でピタっと止まり
「阿修羅、本当に料理だけなの?向こうで、悠に何かあったんじゃないの?」
そう考えるのは当然だ。
善子は先程迄と違い、厳しい表情だ。
「いや、何も聞いてないぞ」
呑気そうだったしな?ただの甘やかしだ
「バカ?ちゃんと聞かないとか、どんだけ役立たずなのよ」
善子は口が悪いが、情には熱い。
文句を言いながらも、
芋の数を追加したのを俺は知っている。
「ったく、なんもかんも、家のジジイのせいだ。全く厄介な血筋だわ」
善子は、爺さんの文句を言うが、顔は緩み
悠に会えるのが嬉しい事が丸わかりだ。
「阿修羅、そろそろ出来るわよ」
そう言われたから、俺は黒月に
(もう出来るそうだぞ)
と、伝えたら
(わかった。祝詞を始めさせる)
と、返答が来た。
悠の祝詞が、俺にも届き始めたので
「善子、もう行くぞ」
と、伝えたら
「もう?分かった、直ぐによそうわ」
そう言って善子は、
どんぶりに肉じゃがよそった。
爺さんの肉じゃがは小鉢だった・・・
善子には、肉じゃがはない様だ。
——母の愛って奴だな
召喚ゲートが開く。
善子は慌てて肉じゃがを掴み
急いでゲートを潜った。
「悠、母ちゃんを簡単に呼べるなら、自力にならないでしょうが」
なんて強気な事を言っているが、
さっきまでの、ウキウキした様子を
悠にバラしてしまおうか?
なんて考えながら、親子のやり取りを
善子の中で見ていたら
(阿修羅、今いいか?)
黒月が、念話を繋いできた
(どうした?やっぱり何かあったのか?)
どことなく、緊張感がある様子が気になる
(阿修羅、なんで俺だったんだ?)
黒月は、俺が幻世に向かわせた理由が
知りたかった様だ
(お前なら断らない。断れないだろう?)
お前は善子に恩義があるはずだから。
阿修羅に、言われて思い出した。
そうだった。
俺は、善子に助けられたんだ・・・
どのくらい前の話だろうか?
闇に落ちた八咫烏を、始末する為に
動いていた時、つい深追いをしてしまい
闇の八咫烏集団に囲まれ
厄介な呪詛を浴びてしまった。
——もうダメかもしれない
そう思いながら、神力が流れる
神社の片隅で休んでいた時の事だ。
「あ?カラスじゃん。何、あんた怪我してるじゃん。ほら、見してみな」
制服姿の少女が躊躇なく、俺を掴んだ
普通、年頃の娘は、
カラスを嫌がらないのだろうか?
「あれ?あんた、足3本もあるんだ、珍しいね、1本お得じゃん」
少女は、そう言うと俺を抱えたまま
自宅に入って行った。
——1本お得?なんだその考えは
少女は、この神社の娘の様だ。
室内に入ると少女は、桶に塩水を張り、
手早く俺を洗浄すると
俺に手を翳し
「祓い給へ、清め給へ」
と、略祓詞を唱えた。
すると彼女の手から、
勢いよく強いエネルギーが流れ、
俺の身体は、神々しく光り輝いた。
俺を纏った穢れは一瞬で浄化した
——なんだこの力、人の力ではない?
俺は、助けてもらったにも関わらず
少し警戒しながら、少女を観察した。
——なぜ、阿修羅の力が?
彼女からは、阿修羅の力を感じる。
意識を集中して見ると。
なんなら、阿修羅そのものだ。
「どうした?もう大丈夫だから、飛んで行っていいよ」
彼女はそう言うが、力が気になってしまい、
その場を離れる事は出来なかった。
「まあ、治ったばかりだしな、ゆっくりしていきな」
彼女は、使った桶を洗い、片付けをしている
俺は、とりあえずその姿を観察していた。
「黒月?」
その時、どこからとも無く
阿修羅の声がして、周りを探っていたら
阿修羅が、善子の中から出て来た
——あの時は、驚いたよな
俺は善子との出会いをしっかり思い出した。
あの後、善子は俺が、
阿修羅の知り合いだと知り
彼女はそれ以来、俺を『黒さん』と呼び
何かと俺に構って来るようになった。
俺が八咫烏と知ってからは、
善子から、血族の悩みも聞いていた
神力が貯まるまで、少しの間
俺は、神社に身を寄せていたんだが
——すっかり忘れていたな
悠が『混じりが少ない器』だと言う事も
ついさっきまで、知らなかったようだ
——俺が断れないのは当然だよな
俺は、悠を命に変えてでも
絶対に守らなければならないと
改めて心に誓った。
「母ちゃん!」
悠の声に、俺はハッと意識が戻る
どうやら、2人は戻る様だ。
「何よ?どうしたの」
背を向けていた善子は、悠に向き直る
「母ちゃん・・・レシピくれ」
おい、悠、それは違うだろう?
そこはせめて、お礼をしてやってくれ
そう思った瞬間、善子のゲンコツが
悠の頭にめり込んだ
「せめて、呼び止めたなら、来てくれてありがとうだろ?レシピは・・・今度渡す」
善子は、言うだけ言ったら
さっさとゲートを潜り抜けようとした。
「善子、嬉しそうに作ってだぞ」
阿修羅が、悠にこそっと話したが
丸聞こえだから
「煩い!居候は黙ってろ!」
阿修羅は、案の定、善子に殴られていた。
阿修羅よ、お前、それ、
わざとやってるんだよな?




