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謎の令嬢、登場

「おっと何だ!」

「きゃあ!ごめんなさい!」

「……いや、かまわん」


 その日、学園の廊下をのそのそと歩いていたウィルフレッドとベネディクトの前に、突然女子生徒が飛び出してきた。衝突は寸前で回避されたが、いつもの調子で喉まで出かかったウィルフレッドの怒鳴り声はそのまま引っ込んだ。

 ウィルフレッドの気が長くなったから、という訳ではない。その視線は制服の上からでもはっきりとわかる、女子生徒のかなり豊かな胸元に注がれている。


「殿下ぁ、申し訳ございませぇん」

「あ、ああ。お前、名前は?」

「ハンナと申しますぅ」


 そう言うと女子生徒は小首を傾げてにっこりと笑い、ウィルフレッドの目を覗き込んだ。

 大きな瞳は透き通るようなブルー、小柄な体格と男性受けしそうな体つき、そして甘ったるい話し方。目の前に現れた嘘のような美少女に、ウィルフレッドはいつもの条件反射で口説き始めた。


「どうだ、王子たるこの俺と今から……」

「殿下!今から授業です!アレクシア様がお待ちです」

「うるさいベネディクト!俺は」

「さあ行きましょう!」


 圧倒的にわざとらしい美少女の振る舞いに強い危機感を覚えたベネディクトは、そのままグイグイとウィルフレッドの腕を引っ張っていく。最早不敬罪など構う気すらない。

 そしてベネディクト以上に貧弱なウィルフレッドは、抵抗むなしく引きずられていった。



「……見覚えの無いご令嬢ね」

「つい二週間前、フルール男爵家の養女になったという令嬢です。遠縁の娘を養女にしたとか言いますが、出自は不明な点しかありません」


 廊下の端からしっかりと目撃していたアレクシアとその問いに速やかに答えるルナ。彼女は単なる侍女であるが、アレクシアが傍に置いているだけあって、恐らくチェスナット王国のどんな官僚よりも有能である。


「あからさますぎる罠ね……」

「はい。逆に引っかかる方が珍しいくらいベタです」

「ウィルは素直だから危ないわね。困ったわ」

(素直……)


 物は言いようだなあと思いつつ、当然ルナがそれを言葉にすることはない。

 この『あからさま』すぎる令嬢の背後にいる存在と、これから起きるであろう波乱を二人は正確に予想していた。



 ◇◇◇



「全くなんなんでしょう!あの無礼な女は⁉」

「本当ですわ。礼儀も何もないではありませんか」

「殿下も殿下ですわ!アレクシア様のおかげで少しはまともになったかと思いきや」


 ウィルフレッドに接触した無名の令嬢の話はアッと今に学校中に広まった。

 アレクシアがいる間はその話題に触れないようにしていた生徒たちも、彼女が席を外した途端、すぐにその話でもちきりとなる。

 そして彼女たちの意見は一致した。


「殿下にフラフラされて、アレクシア様のご気分を害するようなことはあってはならないわ」


 第一王子の妃であれば、貴族令嬢たる彼女たち自身にとっても本来は狙うべき立場である。

 しかし、チェスナット王国では数年前から、その座は『貧乏くじ』として忌避されている。なにせ言うまでもなく王子自身がアレだし、肝心の地位も第二王子の誕生によりかなり怪しい。

 いつ廃嫡されるか分からないポンコツ王子の妃より、国内外の有力貴族の夫人に収まった方がよっぽど安泰であり、アレクシアがもしウィルフレッドを引き取ってくれるのであれば国としても彼女たち自身にとってもありがたい、というのが上級貴族令嬢の共通認識である。


「そうだ、シンシア様」

「あ、はい!何でございましょうか?」


 令嬢方の話し合いをただ黙って聞いていたシンシアは、唐突に話を振られ飛び上がった。


「貴女はアレクシア様から気に入られているようだから、早く殿下との間を取り持ちなさいな」

「えっ⁉と、取り持つと申しますと……」

「アレクシア様と殿下が恋仲になってくださるようにするのよ!あの訳の分からない女が入り込む前に!」


 困惑したシンシアに、輪の中心にいた侯爵令嬢は無茶なことを堂々と言い放った。


「どうすれば……」

「そのようなことはご自分で考えなさい」


 ただでさえ元々大人しい上に、子爵令嬢であるシンシアが侯爵令嬢に反論することは困難だ。とはいえ恋愛経験の乏しいシンシアにそれは難易度が高すぎる。

 完全に硬直してしまったシンシアを哀れに思ってか、別の令嬢が恐る恐るアイデアを提供してくれた。


「アレクシア様と殿下にお出かけしてもらってはいかがでしょう?学校だけではなかなか代わり映えしませんし、人の目もございますし。例えば街歩きですとか」

「皇女殿下と王子殿下を同時に外出させることなんて……」

「ベネディクト様に協力してもらえば良いんじゃない?それに王宮の上層部だって元々アレクシア様と殿下の縁談を望んでいる訳だし、何とかなるんじゃないかしら」

「そ、そんな……」

「お忍びデートですわね!素敵!」

「ロマンチックだわ。アレクシア様もお喜びになるでしょう」


 シンシアの声は盛り上がる令嬢たちの歓声にかき消され、『アレクシアとウィルフレッドのお忍びデート大作戦』は勝手に進行していった。


 そしてその後、最も被害を被ったのがベネディクトであったことは言うまでもない。


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