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皇女、語る②

 ウィルフレッドは枝で地面に何かを書いていた。


「ごきげんよう、ウィルフレッド様。なにをされているの?」

「わぁ!」


 ウィルフレッドは飛び上がって驚き、次にアレクシアの顔を見てポカンと口を開けた。

 その反応と表情を見て、アレクシアは嬉しくなった。


(まあ!なんて気の抜けた顔!)


 アレクシアは、フリーズしたままのウィルフレッドの隣にズカズカと近寄り、許可なくしゃがみこんだ。

 ウィルフレッドは木の枝を持ち、地面に何かを描いていた。


「あら?これは、魔法陣かしら?」

「うん……あ、いえ、はい」


 たどたどしく答えるウィルフレッド。汚く乱れた図は、どうやら火を出す攻撃魔法の陣のようだった。


「まあ貴方、フレイヤの皇宮を燃やすおつもり?」


 アレクシアはコロコロと笑う。からかったつもりだったが、ウィルフレッドの顔は真っ青になる。


「そ、そんなつもりはない!……です」

「わかっているわよ。貴方魔力無いもの。陣を描いたところで、発動しないわ」


 その陣も間違いだらけだし、と付け加えようとしたアレクシアだが、思いの外ウィルフレッドが傷ついている顔をしていたため、追撃は止めた。

 アレクシアはこれでも、弱い者いじめはしないと決めている。大分手遅れだが。


「で、貴方は何を攻撃したかったの?」

「こ、攻撃をしたかったわけじゃ……」


 ウィルフレッドは口ごもるが、そこは皇女様。言い難い事だろうがなんだろうが、自分が知りたいと思ったことは何が何でも言わせる。空気を読んで撤退という言葉は、アレクシアの辞書にはない。


 アレクシアの圧に負けたウィルフレッドは、ポツリポツリと話し始めた。


「ぼ、僕はその、勉強も、剣術も苦手で、なんにもできなくて……ダメなんです」


 いきなり可哀想なくらいの自己卑下が始まった。

 自分を大きく見せる者はよく見るが、王族でありながらここまで自分を蔑む人間は初めてだと、さすがのアレクシアも度肝を抜かれる。

 目を潤ませながら、ウィルフレッドは続けた。


「怒られてばかりで……だから、魔法ができれば、怒られなくなるかなと」

「怒られる?貴方王子でしょ?」


 アレクシアの言葉にウィルフレッドは怯えたように身を竦める。その時、反射的に左肩のあたりを右手で押さえた様子をアレクシアは見逃さなかった。


(この子……)


 アレクシアの脳裏に、孤児院の子供たちの姿が浮かんだ。

 辛い境遇を生き抜いてきた孤児の子らと、そこそこの力を持つチェスナット王国の第一王子。本来比べる対象になるはずもないのだが、自信のなさといい過剰に怯える様子といい、不思議と重なる。


「ほら、泣かないの!」

「ご、ごめんなさい」


 遂にポロポロと涙を零し始めた目の前の王子に、ややうんざりしつつも、アレクシアは不思議と情がわいた。

 ちょうどアレクシアが慈善活動にハマっていた頃であり、単なる気まぐれではあったが。


「……しょうがない。じゃあ、貴方の願い叶えてあげる」

「え?」

「魔法、使えるようにしてあげるわ」

「ほ、ほんと⁉」


 天使のような愛らしい少年のウルウルとした上目遣いを間近で見たアレクシアは、不思議と鼓動の高まりを感じた。


「た、ただし一回だけよ。そこからは自分で頑張りなさい!」

「ありがとう!僕、頑張る」


 そう言ったウィルフレッドは、そのままじっとアレクシアを見つめている。

 大きな瞳に見つめられ、アレクシアは人生で初めてたじろいだ。そしてウィルフレッドは、おもむろに口を開いた。


「貴女は、どんな男が好きなの?」

「はあ!?」


 ウィルフレッドの爆弾発言に、アレクシアは今度こそ動揺を露わにした。しかし、ウィルフレッドの真剣な眼差しに、やや顔を赤らめながらも、ぶっきらぼうに教えてやった。


「そうね。お父様みたいな人かしら」

「君のお父様?……って誰?」


(こ、こいつ、わたくしを誰だか分かっていなかったの⁉)


 当然パーティーで軽く挨拶を交わしているし、何より皇女であり、幼くとも既に並外れた美少女であるアレクシアは、他人に覚えてもらえないなどという経験はない。

 プライドが傷ついたアレクシアは自己紹介などせず、半ば投げやりで話を続けた。


「誰よりも強くて格好良くて、沢山の美女を(はべ)らせ、傍若無人でやりたい放題。でもそれが許される人よ!」


 アレクシアのとんでもない説明を笑うことも突っ込むこともなく、ウィルフレッドは真剣な表情で聞いていた。

 そして何かを決意したように呟いた。


「……僕、もっと強くなって、君に認めてもらえる男になる。それで、今度は絶対に、ぼ、僕が君の願いを叶えるし、僕が君を守るから!」


 その真っ直ぐな言葉に、機嫌を損ねていたアレクシアも思わず目を見開く。見つめる先は先程までの気弱な少年のはずなのに、なぜか輝いて見えた。

 もはやアレクシアはパニック状態だった。


「ま、まあ、期待せずに待ってるわ」


 それだけ言い残すと、脱兎の如く庭園から駆け出していった。

 アレクシア人生初の敗走である。


◇◇◇◇



「……それが、シア様の初恋……?」

「やだルナったら!はっきり言わないで!」


 照れている皇女というレアな光景を見ても、ルナの顔は微妙なままであった。


「傍若無人でやりたい放題……」

皇帝(おとうさま)ってそうじゃない?でも、今はお父様はタイプじゃないわよ。あの頃は子供だったの」

「……私からのコメントは差し控えさせていただきます」


 賢明なるルナはその話題には触れないことにした。

 代わりに今最も重要な話題に変えた。


「それにしても今とは別人のようですね、ウィルフレッド王子は」

「……やっぱりわたくしのせいかしらね」

「その可能性が高いかと存じます」


 アレクシアはパーティー後、ウィルフレッドの情報をたまに収集していた。

 チェスナット王国に帰国後、ウィルフレッドが突如炎の魔法を発し、教育係の未亡人に怪我を負わせたこと、それがきっかけでその教育係がウィルフレッドに虐待のような(しつけ)を施していたことが判明したこと。

 そしてその後、ウィルフレッドはどんどん横暴な性格になっていったこと。


「なんと言いますか、ウィルフレッド王子はかなり素直な性格のようですね」

「でしょ?ちょっとやり過ぎだけど、そこが良いの」

「……わかりかねます」


 アレクシアは少々責任を感じているものの、今のウィルフレッドの性格が好みということは全くない。


 それでも、アレクシアを真っ直ぐに見つめた目、そして初めて言われた「守る」という言葉がいつまで経ってもアレクシアの胸から離れない。

 だからアレクシアはチェスナットに来た。


 初恋の結論を出すために。



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