皇女、語る①
アレクシア・ヴェアトリス・フレイヤは超大国フレイヤ帝国の第一皇女だ。
父親は稀代の名君と名高いフレイヤ帝国現皇帝、母親は国内最大貴族出身の皇后である。
正妃の第一子という時点で、生まれる前から特別な存在であったのだが、この世に生まれ出た瞬間、アレクシアは更に『特別』な存在となる。
なにせ彼女は産声を上げた時から、並の魔法使いを上回る魔力を発したのだから。
魔法使いとしても有数の力を持つ皇帝は、己の血を色濃く引く皇女に狂喜乱舞し、男児ではなかったというショックは全く見れなかった。
その後も、皇后或いは側妃から皇子皇女が幾人も産まれたが、皇帝のアレクシアに対する溺愛っぷりは加速する一方だった。
娘に関しては親馬鹿の極みに達した皇帝は、宝玉だろうが土地だろうが、他人の命だろうがアレクシアの望み通りにする勢いだが、幸いアレクシアは自分の立場を十分に理解して育ったおかげで、大きな事件が発生したことはなかった。
……これまでは。
「皇女殿下、ご機嫌ですね……」
「あらそう?嫌だわ、皇女たるもの常に平静を保たないと……うふふ」
「…………」
王立学校女子寮。その貴賓室で話すのはアレクシアと、侍女のルナである。
アレクシアは、ニコニコと微笑みながらクッキーを袋に入れている。リボンをかけるその姿は、年相応の普通の少女にしか見えない。
「ウィルはシンプルなクッキーが好きなんですって」
「はあ……」
ごく自然とあのアホ王子を愛称呼びしている主の姿に、ルナは頭を抱えたくなった。
アレクシアに長年仕えているルナはもはや確信していた。
賢く気高く美しき帝国皇女アレクシアは、従属国のバカ王子ウィルフレッドに好意を抱いている。
(欠点なんてない方だと思っていたのに、まさか男の趣味が最悪だなんて……ああ、神様……)
「……ルナ、今失礼なことを考えてるでしょ?」
「いいえ」
心の中で神へ嘆いていたルナだが、主の前ではとぼける。長い付き合いのアレクシアはお見通しだろうが、それ以上問い詰めることはない。
そしてルナは幼少期にアレクシアに命を救われて以来、絶対的な忠誠を誓っている。例え主の趣味が理解できなくとも、アレクシアが望むならその意に沿おうと決めていた。
それでも一つ、ルナはどうしても知りたいことがあった。
「……シア様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「シア様はあの王子のどこが良いのですか?」
「相変わらずストレートねぇ」
アレクシアは呆れたように首を傾げるが、ルナは気にする様子もなく淡々と言葉を続ける。
「私がシア様のなされることに異を挟むことはありません。ただの興味です」
「本当にはっきり言うわねぇ」
単刀直入すぎる物言いだが、アレクシアは楽しそうに笑った。帝国皇女にここまではっきりと物を言える人間なんて、ルナと何も考えていないウィルフレッドくらいだ。
「いいわ。ルナには教えてあげる。元々わたくしとウィルフレッド王子は昔一度だけ会ったことがあるのよ」
「え⁉そうなのですか?」
「まだルナが仕えてくれる前。十年ほど前のことよ」
アレクシアはどうやら誰かに話したかったらしい。機嫌よく語り始めた。
かなり変わった、幼い恋のはじまりを。
◇◇◇◇
十年前のその日。フレイヤ帝国皇宮では、アレクシアがまもなく五歳になることを記念したパーティーが開かれていた。
親馬鹿・娘命の皇帝が威信をかけたせいで、国内のみならず友好国の王族らまで招待され、建国記念日や皇帝の誕生日に勝るとも劣らない盛大なものであった。
ただし主役のアレクシアはというと、次から次へと途切れぬ挨拶に辟易し、パーティ中盤、隙を見て抜け出していた。
既に魔力を開花させていたアレクシアにとって、護衛やお付きを撒くことなど朝飯前である。
覚えたての認識阻害魔法を使い、悠々と廊下を歩いていたアレクシアは、数人の話し声にふと足を止めた。
「……しかし、チェスナットの王子、あれは酷いですな。ろくに話すこともできないではないか」
「さよう。あれでアレクシア殿下より年上とは信じられぬ」
そこは貴族の控室。パーティーを中座した貴族たちが一服しているようだ。
(チェスナットの王子?……ああ、あの)
アレクシアは、先程挨拶に来ていたチェスナット王家の親子を記憶から引っ張り出す。
定型通りの挨拶を交わしたのみであるが、チェスナット王は、国主にしては穏やかで優しそうな印象を受けたのを覚えている。
その後ろにいた王子は……挨拶の声が小さすぎて、全く聞こえなかった。
オドオドと父王の足にしがみつき、隠れるようにしていた少年は、内気で確かに王子らしくなく、アレクシアはてっきり自分より年下かと思っていた。
「なにか問題があるのでは?おつむに……」
「ハハハハハ!まあわかるが、その辺にしとけ。一応王子様だ」
「失礼。しかしアレでは、チェスナットの将来も不安だな」
バカにしたような男たちの話を聞いていて、アレクシアの心に沸き上がってきたのは、憤り……ではなく、押さえきれない好奇心であった。
皇帝が溺愛する第一皇女・アレクシアの周囲には、当然のことながら、良家の子女や選ばれし才覚の持ち主が集められている。
大人も子供も、優秀な人間にしか囲まれていないアレクシアにとって、『頭の悪い人』は物語の登場人物であって、実在のものではない。
本当に実在するのなら、この目で見てみたい。
相当酷い言い様なのだが、当時のアレクシアに全く悪気はない。だからこそ余計たちが悪いのだが。
ともかく、未知の生物を探すようなワクワクした気持ちで、アレクシアはチェスナットの王子の捜索を開始した。
といっても、アレクシアは歩き回るなどといった、無駄な体力は使わない。
索敵魔法を駆使し、あっという間にパーティー会場から離れた西の庭園にその気配を掴んだ。
西の庭園は花で覆われた実に明るい場所なのだが、今は夜。パーティー会場から離れていることもあり、暗く、人の気配はない。
その寂しい空間の中、一人しゃがみ込む少年をアレクシアは見つけたのだった。




