力を隠すタイプの落ちこぼれ1
腰巾着達の朝は早い。
理由は簡単、英雄候補を迎えに行くからだ。
我先にと早起きして支度を済ませ、ヨハンが出てくるであろう時間を見計らい出迎える。そこに友情はなく、ある種使用人とか執事の域に達している。
しかし当の本人は――
「おはよう! 今日もいい朝だね」
などと笑顔を振りまくのだ。
ヨハンは彼等を本当に友達だと思っている。彼は剣や魔法の実力はピカイチだが、その辺りには病気かというくらい鈍い。
それにかこつけて俺たちはすり寄っていたのだが、側から見ると異様な光景に見えるよなぁ。
「おは、」
「おはようヨハン! 昨日あげた指輪似合ってるじゃない!」
俺の挨拶を遮るように、ドンっ! と、肘鉄を繰り出しながら、性悪女がずいと前に出た。
付き合ってもない相手に指輪を渡すとかキツすぎないか……? もっとも、鈍感ボーイなヨハンにそういう駆け引きは不発に終わるだろう。
「うん、ありがとう! そうそう、ここに彫られてる言葉の意味って――」
「あああ! べ、べつに深い意味なんてないのよ! 買ったらたまたまそう彫られてたというかなんというか……」
俺たちに見えるように手の甲を向けるも、真っ赤な顔のナナハが飛び付く形でそれを阻止する。
他の取り巻き女子達からは歯ぎしりと舌打ちが聞こえてくる。女子こええ。
ちなみにそこには『二つで一つ、愛は永遠』みたいな事が書かれていて、ナナハの指にも同様の指輪が光っていた。中学生かな?
「ヨハン、北生統はどうだ? 会長とはもう喋ったのか?」
「歓迎してもらったよ。会長さんは少し不思議な人だけど、会長補佐の方々とも仲良くやってる」
性悪男の問いにヨハンは笑顔で答える。
他の取り巻き達は「すげぇ」とか「会長ってあの……」だのとざわつき始め、俺も適当に「まじか」と呟いてみる。
因みに取り巻き達の総数は約9人。
なぜ〝約〟なのかというと、水面下でのポジションの奪い合いによる脱落者・新参者が常に入れ替わりを繰り返しているからだ。
固定メンバーになりつつあるのはナナハとカイエン、そして水帝の娘にあたるエリアナ・ブルーと俺、クラフト・グリーンだ。
「……」
エリアナは無口で影が薄い。
顔立ちは整っているのだが、いつも俯いているため暗い印象を受ける女の子。とはいえ彼女も帝の子供、ヨハン取り巻きメンバーの中ではそれなりにカーストが高い。
彼女は不思議なことに髪の色が青じゃない。
属性毎の帝の子は一律その色のイメージだが、
彼女はどこか紫に近い色をしている。
純粋な水属性魔法使いではなく、
他の属性も混ざっているらしい。
これは結構珍しい事みたいだ。
帝の娘であるのにヨハンの腰巾着になっている理由は分からないが、まあ、深く関わる事はないだろう。
そして、他にいるのはどこぞの貴族の息子と娘たち。
少なくとも俺よりはカーストが高い。
帝の子供たちに囲まれた主人公格のグループ。ギルドの依頼を受けたら必ずトラブルに見舞われそうなテンプレ具合だなーと思いながら、俺は今日も腰巾着達の一番後ろをトボトボと歩くのだった。
◇
授業は進み、昼休みになった。
学校には俺の世界とほぼ変わらず、学食がある。メニューも豊富で、俺は昼ご飯の時間が唯一の楽しみだった。
木で作られた長いテーブルに、ヨハンを取り囲むような形で腰巾着達が席に着く。当然のごとく俺は端っこで、彼らが何を話しているかもよく聞き取れない。
どうせヨハンに対する持ち上げが繰り広げられてるだけなんだろうけど。俺は近くにいるだけだが精一杯自分の責務を全うしている。
「隣、いいか?」
「あ、はい」
マルコムだった。
どこか周りを警戒しているように目を動かしながら、俺の横へと腰掛けた。
「どうしたんですか? 孤独に耐えきれなくなったとか」
「馬鹿言うな、俺は世間体とか気にしない主義だ……とはいえ面倒な事になったな」
そう言いながら、マルコムはどんぶりを抱えるようにして警戒しつつ、はふはふと麺をすすっている。
そんな彼が気にする視線の先――食堂の出入り口から、ある一人の男子生徒が入ってくるのが見えた。
癖のない黒髪と、色素の薄い金の瞳。
因みに学校の学年を表すネクタイorリボンは分かりやすいように色分けされており、
一年生が『赤』
二年生が『黄』
三年生が『青』
と、なっている。つまり、その生徒のネクタイは青色なので三年生だと分かる。
「どんな目してんだあのやろう……」
「あの人がどうかしたんですか?」
俺の耳打ちは生徒達のざわめく声でかき消された。
その三年生を見た生徒達は、まるで有名人を見たかのように口々に「会長が学食に?」とか「珍しい、北生統への勧誘かな?」などとひそひそ話しをしている。
学校の、恐らく生徒会に当たる組織の会長が来たくらいで大袈裟だなぁ――と思いながら食事を続ける俺の方を向き、ニコニコ笑顔でやってくる会長。
マルコムの鼻から麺が飛び出す。
「やあやあマルコム君。話の途中で逃げるなんて釣れないじゃあないか。僕の事嫌いなの?」
「苦手だ!」
ダンっ! とテーブルを叩くマルコム。
皆の視線が一気に集まったのを感じる。
会長は「面白いなぁ君は」と頬を掻きながら、エリアナ、ナナハ、カイエンと視線を動かした後、ヨハンの所で再び笑顔を見せた。
「やあヨハン君! 魔装の習得は順調かな?」
「あはは。いえ、まだまだ難しくて維持させるのに手間取っています」
二人の会話を聞き、ざわざわ声がさらに大きくなる。
「魔装だって?」とか「一年生が魔装って冗談だろ?」など「学校でも数える程しかいないのに」みたいな会話が聞こえる。
むふふ、俺も俺も。俺も魔装できるよ。
なんて、そんなアピールはしないけど。
俺は話を聞く形をとりながら食事を続ける。
「放課後にでも訓練所でレイレイにでも助言もらうといいよ。彼女の魔装は正に芸術品だからね、きっといい勉強になるよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
あのヨハンが明らかに緊張している。
流石は学生達のトップ。貫禄あるなぁ。
ヨハンへの用事が済んだのか、再び視線をカイエン、ナナハ、エリアナ――と、動かした会長の視線がピタリと止まる。
俺の前で。
「これは驚いた。君もなかなかじゃないか! どうだい? 横で鼻から麺を生やしてる先輩と一緒に北生統に入る気はないかい?」
ニコニコ笑顔でそう告げる会長。
ざわめきが更に増える。そして舌打ちも。
「は、ははは。北生統だなんて身に余りすぎますよ。それに俺、魔法使えなかったりと色々問題ありますし」
できる限り穏便に済ませよう。
ここでヨハンより目立ってしまうのは違うよな。
クラフトを貶すような自分の言葉に嫌悪感を抱きつつも、心の中で「早くどっか行ってくれ」と必死に祈った。
「ふうん」
楽しそうに笑う会長。
そして、
「わかった。邪魔したね、皆も食事に戻ってよ」
会長は手を叩き、踵を返す。
視線が切れる瞬間、黄金の目が怪しく光ったように見えた。
あれがこの学校のトップか。
確かに、秘める魔力が底知れなかった。
「緊張したぁ」
俺は大きく息を吐き、椅子にもたれかかる。
思いもよらぬ収穫だ。
ヨハンを越えた次の目標ができたぞ。




