憑依先は落ちこぼれ5
あの日から既に三週間が経過した。
俺は代わり映えのない学校生活を送りながら、放課後はギルドに寄らず、自宅に戻って裏山へと向かう。
「よおクラフト。言われた通りやったらできたぞ、なんかヘンテコな石」
「おお、これはまさしく〝ダイヤモンド〟」
革袋の中には美しいダイヤモンドが溢れていた。
マルコムの特質属性は〝炭素〟だ。
ひょっとすると俺の風属性や土属性に次ぐ〝自然があればあるほど強くなる〟属性かもしれない。次点で水属性、光と闇は条件次第で、火と雷は自然の力を借りにくいからな。
炭素は空気中にもあるにはあるが、手っ取り早い話、生物から抜けば確保できる。やり易い所で木で試してもらっているが、このままではグリーン家の裏手が禿山になる勢いである。
「毎日魔力を空にしてるから魔力総量がかなり上がってきた気がする。昔は使い道が剣しか無かったからな」
「今は用途無限ですからね……それに、」
生物に含まれる炭素量もかなり多い割合を占めている(70キロの人間には約16キロ)……つまり、このまま特訓を積み重ね精密な魔力操作が可能となれば、エネルギーを抜くだけで相手の機能停止を行うことすら可能となる。
なんだ?
マルコムが一気にチートキャラ化したぞ。
これは水属性の人にも当てはまるチート級の殺人魔法だが、マルコムにはこの危険性を重ね重ね伝えてあるから大丈夫だと思いたい。
一時的に肉体の組織変換を行うことで肉弾戦にも人間離れした能力を発揮でき、それでいて、いざとなればダイヤモンド――果ては〝立方晶窒化炭素〟の鎧を纏う事も可能になるかもしれない。
俺はダイヤモンドの入った革袋を覗きながら、彼が今後どんな魔法使いになっていくのかを想像し、思わず身震いした。
「とりあえずこれで資金源確保か……」
ダイヤモンドは換金用で作ってもらったやつだ。
珍しい宝石だからとこれがまた高く売れるからな。小指の先くらいの大きさでも500万以上になる。もちろん得たお金はマルコムと山分けである。
木をダイヤに変えて魔力総量を増やしつつ、
炭素を精密に操る力も伸ばしていくマルコム。
まさに一石二鳥。
その点風属性にそういった副産物はない。
ちくしょう。
「そうだ、クラフト」
思い出したかのようにマルコムが口を開く。
「あの辺なんだけどな、洞窟? 洞穴? のようなものがあったんだが、何か知ってるか?」
「洞窟ですか?」
グリーン家の領地には何個もの山があるわけで、その一つに洞穴の一つや二つあっても不思議ではない。禿山になった今となってはその洞穴も剥き出し状態になっているから、ここからでも一目瞭然である。
クラフトに洞穴の記憶はない。
ただ、妙に気になるのはなんでだろう。
しかし洞穴は洞穴。
伝説の剣でも封印されている訳でもないだろう。
とりあえず一応、洞穴があった事だけ覚えておくか。
◇
俺達はギルドで依頼を受けた――討伐任務である。
内容は、俺たちの住む王国からすぐの所にある廃村に住み着いたビロエ……特徴から察するに豚の頭の怪物の討伐。数は3とあり、星は2だという。
星1の生徒でも、同行者が星3であれば星2の依頼も受けることができる。
今回の討伐任務が俺の初陣となる。いくら魔法操作を鍛えても、生物に攻撃できないままでは戦うのも難しいからな。
「廃村を根城にしてる魔物の駆除か。まあ今回は手出しせずに見ておくか」
マルコムはニヤニヤと笑っている。
俺だって風操作にはかなり慣れてきたんだ。
吠え面かかせてやる。
何事もなく廃村に着いた俺たち。
後ろで腕組みをしているマルコムを尻目に、俺は大気中の風の力を借りるイメージで手を広げた。
意外と広いなこの村……
まず俺は村の周囲――およそ10000㎡を薄い風で覆い、その範囲内にある家々にも同様に風を通していく。
「便利だな」
「ちょっと集中させてください」
驚いたようなマルコムの声を遮りながら、
風に当たった障害物を形で判断し標的を探す。
視覚で感じるのとは少し違う。例えるなら、目を瞑って手探りで物を探すような感覚に近い。
これはただの木片、
こっちは樽か。
生物は動いているためすぐに感知できる。
対象はよほど魔力に敏感ではない限り、ただの風だと認識するはずだ(理論上)
「いましたね――左列の四件目、三匹固まって何か食べてるみたいです」
その何かは知りたくもないが、索敵は成功。
後は対象を討伐するだけだが…… あれがいいな。
「マルコムさん。いくつか手のひら大の塊を作ってくれませんか?」
ん? ああ、と、マルコムはその場で手をかざし、高濃度の炭素塊――いわゆるシュンガ石と呼ばれるソレを六つ生成する。
今この人空気中から炭素集めなかったか?
俺よりも魔力操作に長けてないか?
ちなみに空気中にある炭素量は本当に微量であるため、生物から取り出すより難易度は格段に高いはず……思わぬところで実力差を見せつけられた。
「とりあえず集中、と」
受け取った塊を風で包んで浮かせ、オーク達のいる民家へと照準を定める。塊はリボルバー拳銃の弾倉のように、円を描いて空中をゆっくり回る。
とりあえず最初は試運転ってことでこのくらいかな。と、人差し指と親指を立て、銃を模す。
バン! という俺の声と連動し、爆発にも似た空気の破裂と共に一つ目の塊がものすごい速さで民家へと突き刺さった。
おお、命中した。
オークの頭が潰れる。
それに対する嫌悪感は――ないのかな。
一応生物にも攻撃魔法(厳密には違うが)は問題なく行使できる。それを見たマルコムが目を見開いた。
「大丈夫か?」
マルコムが心配したように声をかけてくる。
「はい、大丈夫そうです」
クラフトの意識が強ければ生物に対する攻撃で反動が来ると考えていたが……どうやらそっちも問題なさそうだ。見えない距離で攻撃したからだろうか?
突然仲間の頭が吹き飛んだから当然だが、残りのオーク達が騒ぎ出す。風で動きを見ている限り、犯人を探しているようにみえる。
バン! バン! 続けざまに残りの二発を打つ。
一発目は命中。二匹目のオークは絶命。
二発目は――ダメか。
オークは攻撃が来た方向へと視線を移し、廃村が見渡せる丘の上に立つ俺たちを見つけた。涎を垂らしながら駆けてくる。
「生まれ変わったら、せめて経済動物になってくれ」
そんな事を呟きながら、
俺は攻撃魔法を詠唱した。




