憑依先は落ちこぼれ4
イレギュラーもあったが、おっさんの保護にも成功した俺たちは、辺りを警戒しながら帰路についていた。
「迷惑かけたねえ」
「おっさん、気にすんなよ」
と、言いつつも、おっさんに自分の荷物を持たせるしたたかなマルコム。もちろんおっさんが自ら志願したささやかなお礼の1つなのだが。
それにしてもマルコムの様子が気になる。
俺に魔法を見られて若干落ち込んでいるように見えるからだ。
なぜ魔法を見られただけで落ち込むのか――それは俺の知識に無くとも、クラフトの知識として思い出せることがあった。
魔法の属性は大きく分けて7つ。
火、水、風、土、雷、闇、光。
清々しいくらいのテンプレ。
分かりやすくてとても良い。
しかし稀に、そのどれにも属さない属性を持つ者が産まれてくる事例もちらほらあるらしい。それがどんな属性なのかまでは分からなかったが。
そんな人達を総称して〝特質属性〟という。
特質属性の人全てに言えるのが、呪文から何から、全て自分で構築しなければならないという難点があること。そして呪文を一から作るには、相当な知識が必要となる――となれば必然的に活躍できる人数は限られてくるのだ。
マルコムは〝闇属性じゃない〟と答えた。
これもクラフトの知識として知っているが、闇属性はいわゆる〝影〟を思い浮かべると限りなく近い。物理ではなく特殊的なイメージ。というか、土属性以外は全てそれに該当する。
先ほど見た剣なんて正に土属性のソレに近く、それでいて同時に香ったあの匂い……多分アレだよなぁ。
「マルコムさんは特質属性ですか?」
俺は断定していく。
好奇心だけで聞いてるわけじゃなく、多少なれど彼の力になりたいと感じたが故。自分の秘密と俺たちの安全を天秤にかけ、即座に助けに動いた彼は間違いなく勇敢だった。
今まで出会った人たちがほぼ全員クズだったからだろうか。直感で、彼も一緒に強くしたいと思えた。
クラフトも彼の人柄をかなり好いていたようだしな。
しばらく黙った後、マルコムは短いため息を吐き、観念したように答える。
「……まぁそうなんだろうな。特質属性の奴らには本能的に使える魔法ってのがあるらしいんだが、それがあの剣を出す魔法だ」
「特質属性? そりゃまた珍しい」
おっさんが蓄えた髭を撫でる。
「おじさんもご存知ですか?」
「もちろんだとも。その大変さも十分に」
おじさんはマルコムに同情するような目を向けた。
世間の評価では、特質属性は不遇という認識が強い。彼が学校で孤立している理由も恐らくここが原因だろう。
剣を作る魔法しか使えない魔法使い。
本来の魔法使いとは攻撃範囲が全く異なる。
どうやったって限界は来るのだから。
◇
親父たちで賑わうここは『ランドルの酒場』
任務帰りのギルド員達が多く見受けられ、二人の女性がパタパタと忙しそうに注文を取っている。
「今日は全額タダだってよ。ツいてるな」
愉快そうに干し肉を囓るマルコム。
ここは先ほど助けたおっさん――こと〝ランドル・オズボーンさん〟の店で、無事王国に着いた俺たちをランドルさんは無料招待してくれた。
当然ながらここに学生は俺たちしか居ない。
よって、俺たちが嫌な思いをする事もない。
「……で、提案ってなんだ?」
ひとしきり料理を楽しんだ後、
マルコムは胡散臭そうに尋ねてきた。
提案というのは、ただ単に、俺と一緒に魔法の特訓をしないかというだけの話である。
「今度俺と一緒に魔法の特訓しましょうよ」
「いやだよ面倒くさい。それに、特訓した所で伸びるようなもんじゃないぜ」
「……伸びるとしたら、どうです?」
彼の特質属性が俺の想像通りなら恐らく――かなりの強化が見込めると確信している。それは、俺が今後やっていこうと考えていたある特訓方法で試せるのだ。
俺の提案に口籠るマルコム。
正直胡散臭いだろーな。
断られたら断られたで仕方ない。
しかし、意外にも彼の返事は、
「やってみるか」
と、あっさりしていた。
◇
風属性は『風』を操ることができる。
これはごく当たり前のことだが、なぜかこの世界の人と俺の考え方は違っていた。
この世界の常識は『自らの魔力を風に変換させ、呪文によってその形や規模を設定する』というものだが、俺は『風そのものを魔力で操れる』と考える。
前者は無から有を生み出すが、
後者は有を応用する。
空気中の風に自分の魔力を粘土のように練り込むと、まるで自分の手足かのように操ることができる。これは自然状況下によって規模や威力が左右されるが、その分無から生み出す魔力を節約でき、自然の力を借りるためそのパワーは圧倒的だ。
俺の場合、例えば台風や竜巻が来ていれば、それを自分の力として支配できる。もちろんそれなりの魔力は必要だが。
これを呪文で生み出そうとすれば、それこそ〝八階級〟以上に格付けされている魔法を使わなければならないだろう。八階級以上の魔法を簡単に扱える人間は数えるほどしか存在しないという。
「話を戻すと、自分の属性以外には魔力が馴染まないため操ることができないので、風属性だけを持つ俺が火や水を操ることはできません。これは本来の属性の仕組みと同じです」
「斬新だな」
俺は特訓場であるグリーン家の裏手にある森の中で、マルコムに魔法に関する持論を展開していた。
先ほどの話で出てきた後者だが、呪文を使えば前者のように無から有も当然生み出せる。その場合前者と土俵は同じになるが、その上で自分の出した魔法に魔力を練り込み複雑に操る事も可能になる。
前者は一から全てを生成するため消費する魔力も膨大だが、後者はその場に存在するものを利用するため低燃費かつパワフルな魔法が使える――理論上は。
「マルコムさん、あの魔法使っていただけませんか?」
「……」
マルコムは半信半疑といった様子で再び黒剣を出す。
「では分かりやすいように、その剣を持ったままそうですね――その辺の木に触れてみてください」
至って真面目に、淡々と告げる俺の様子を見てか、半信半疑はそのままに、しかし文句を言わず言われた通り手を添えた。
「意識してください。今までは〝自分の魔力を媒体に剣を取り出す〟方法だったはずです。今度はこの木を媒体に、この木を魔力だと思って剣を取り出してください」
「木からか? 確かに植物も魔力を微量ながら持ってはいるが……」
「集中して」
注意されてムキになったのか、
目を閉じて集中するマルコム。
マルコムの魔力が木へと流れ込むのが伝わる。
それどころか他の木々にも魔力が流れてゆく。
そして、
「できた……へ?」
木に添えていた手が、黒い剣を握っていた。
満足そうに振り返るマルコムの目にはきっと映っただろう――辺り一面に広がる、膨大な数の黒剣が。




