それぞれの物語
side――ヨハン
遺跡宝物庫のさらに奥。
金貨の山を抜け、木箱の棚を抜け。
蔦や根を斬りはらい、さらに奥へ。
「あった」
妙な模様が描かれた岩に刺さる形で、その剣はあった。
白い金属をベースとした黄金の装飾が美しい剣。噂が本当であるなら、柄に嵌め込まれた紅い石は竜族の心臓だ。
「バーグ会長! 本当にありました!」
バーグ会長の言った通りの道を進み、
たどり着いた遺跡最下層の宝物庫。
ここに眠りし剣は〝戦の神〟が鍛えた〝英雄剣ログトルス〟だと言い伝えられている。もしそれが本物であるならば、国宝級の宝具だ。
遺跡で発見した宝は、国に渡り、ギルドに還元され、僕たちに分配される。だからこの周辺の金銀財宝の多くは、国の宝物庫に保管されることになる。
ただ例外もあるらしく――
「やったね〜ヨハン君!」
クウェンティン先輩も一緒に喜んでくれている。
彼女の魔紋の力は特別だった。
英雄候補だと持ち上げられている僕よりも、
彼女の方がよほど国のために貢献できるだろう。
「見事な装飾だね。抜いてごらんよ」
僕がそれを掴むと、まるで鞘から抜き出すかのようになんの抵抗もなくスラリと引き抜けた。
ありかを示した書物はあれど、誰一人として探し当てられなかった神の宝具――僕を成長させてくれる伝説の剣。
「〝ログトルス〟」
名前をポツリと呟いた途端、
宝物庫内に濃密な魔力が解放された。
手に掴んだログトルスが黄金の塵となって消える。
それは僕の体内に取り込まれてゆき、
無意識のうちに魔装を発現していることに気づく。
「ヨハン君?」
「あれ。なんだか、勝手に魔装が」
驚いた様子のクウェンティン先輩。
僕も何が何だか分からない。説明できない。
バーグ会長は表情を変えず、ただ傍観している。
瞳の上に、紋様が現れた。
「これは……魔紋?」
背中のマントにも、
剣と盾の紋様が浮かび上がっている。
左手に握ったその剣が輝くと、
それに答えるように右手に盾が現れた。
盾にも細かな装飾が施されていて、
おとぎ話の勇者が持つようなソレに見えた。
これが、神が鍛えし英雄剣。
この強大な力を僕は扱いきれるのだろうか?
「これで目的達成だね」
「すっご〜い! ヨハン君かっこいい!」
満足そうに二人が笑顔を見せる。
たっぷり時間をかけてやっと入手できた僕の魔紋。
なぜこの宝具は僕の魔紋に変わったのだろうか。
「帰ったらお菓子をみんなで食べようね〜」
「レジナ君、チョコレートも頼むよ」
「はいもちろん〜!」
ヨテム大遺跡の踏破と宝物庫発見なんて、
国中が騒ぎ出すほどの大偉業だよね……?
それなのにこの二人は、まるで道端の小石を拾ったがごとく、何事もなかったように歩き出している。
すごい組織だ、北生統。
僕も早く皆に認められたいな。
「あ、そういえば」
「ん? なんだい?」
宝物庫を後にする二人について行くなかで、
ふと、僕は他のメンバーの事が気になった。
他のみんなは今頃何をしてるのかな。
マルコムさんとヴィクターさんはお使いだったっけ。
クラフト君とレイレイさんは遺跡の調査だったかな。
そんな僕のつぶやきにも、
バーグ会長は丁寧に答えてくれる。
「マルコム君達は全く問題ないと思うよ。単なるお使いだし、依頼書通りの依頼だから」
「依頼書通りの依頼って……それは普通じゃないんですか?」
僕の疑問に、淡々と答えるバーグ会長。
「ん? 依頼書通りにこなしても、予期せぬ要因で苦労する事だってあるんだよ。たとえば今回、クラフト君は命に関わるほど危険な状態に陥ると思う。任務内容自体は依頼書通りだけど」
「ええ〜!?」
「なッ……?!」
何を根拠にこの人はそんな物騒な事を言うんだ。
思わず問い詰めようとした自分を抑える。
ただの冗談かもしれない。冗談にしては不謹慎だけど。
沈黙する僕を他所に、バーグ会長が続ける。
「大丈夫。今回はレイレイ君がいれば切り抜けられるから。それよりなにより、彼らにはこれが必要な工程になるはずだから」
全く気にしてるそぶりも見せず、
手をひらひらさせて先を進むバーグ会長。
クウェンティン先輩も狼狽えている。
バーグ会長はこんな冗談を言う人だっただろうか。
僕はたまに、会長がとても怖く感じる時がある。
全てを見透かしているかのような、あの瞳が怖い。
気持ちの変化を悟られないように、
僕たちは出口に向かって足を進めていった。
◇◆◇◆
side――???
畜生、でも間違いねえ。アイツだ。
追ってこなかったのは不幸中の幸い。
アイツに切られた足は再生能力を失っている。
再生能力を断ち切る力。
封印魔紋から脱する力。
あり得ない。
だから、確信を持てた。
焦り、よりも溢れてくる喜びの感情。
ロイド族から魔力と器の調達するのが俺の任務。
下級魔族は上級魔族達のご機嫌を取るのが仕事。
とはいえ上位魔族になれない苛立ちとも今日でおさらばだ。
〝生きていた〟
ロブの野郎、殺し損ねてやがった。
あいつは魔王様に嘘をついた。
それは最も重い罪。死を意味する。
魔王様に報告すれば、ロブの枠が空く。
今までの功績・実力を加味しても、
次の〝進化〟は絶対に俺だ。
そしてロブの枠に俺が座る。完璧だ。
「上位魔族にさえなれれば、後はロブの野郎を俺の手で――」
「俺がなんだって?」
!!!
いつの間に居たんだ?!
いや、どこから聞かれていた?
彫りの深い男が行く手を阻む。
癖のある茶髪に隠れているのではない。
角を持たない出来損ないの魔族。
対面するように現れたクソ野郎。
アイツから逃げ切ることは恐らくできない。
「まて、聞いてくれ。今日の分の献上品は集めた。な? 今回は器こそダメだったが、魔力は充分だろ?」
必死で集めた魔力も、全てこいつに奪われる。
納得いかねえ。
なんでこんな奴に従わなきゃならねんだ。
「お、結構あるな。おつかれさん」
受け取った魔力の塊を懐に仕舞う。
そして奴は再び蜃気楼のように消えた。
神出鬼没の魔族。
できそこない。
しかしこれを魔王様に報告すれば、
反逆の罪で一瞬にして灰になるだろうが。
「――て、考えてたわけだ」
!!!
「なッ……え?」
「言ったろ? 〝お前は全て話す〟って」
不気味な笑みを浮かべるロブ。
そんな事は言われていない。
記憶から抜け落ちている。
既に奴の魔紋に? いつだ?
ケタケタと笑うクソ野郎。
いいぜ、分かった。ここで殺さなきゃならねえ。
「ロイド族の魔力も合わされば俺こそが!!!!」
れ?
あ、れ?
血を吐き出す体が見える。
慣れ親しんだ俺の体。なぜ向こう側に。
じゃあ俺の頭はどこにある?
視界がぐるりと変わる。
二、三度の衝撃の後、自分の頭が地面に投げられた事に遅れて気付く。
「魔王に報告とかやめてくれよ。俺、消されるし」
「し、しな、し、」
声を出そうにも出てこない。
死、死が近づいてくるのが分かる。
あの女が近寄ってきた時の感覚と同じ、
死、死は怖い。死にたくな……。
◇◆◇◆
side――???
なんでこんなに魔物が多いんだろ。
今日は魔物界のお祭りだったのかしら?
横たわる危険度8の魔物から剣を抜き、いつものように頭を切り落とす。
あぁ、これこそベビの生きがい。
命と命のぶつかり合いの後のご褒美。
強い相手はいい。生きてる実感が湧くわ。
できれば人型の、できれば剣士ならなお良し。
とはいえ、師匠以外にワクワクする剣技を持つ人なんているのかしら。王国騎士も全然ダメだったし、ましてや学校になんているわけもない。
「帰ろっと」
ここにいる意味も無くなった。
およそ3秒の浮遊感の後、地面に足がつく。
もうこの子に用はない。
「あ、そうだ」
学校に居たわね、新しいのが。
ヴィクターの奴もなかなか良いけど、
英雄候補とか呼ばれてたのがいたはずよ。
久々に行ってみようかしら。学校。
第三章 完
第四章は全て書き終わってからまた毎日投稿します。
タイトル戻しました(前の覚えてない)
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