風使い、強くなる
どれほどの時が経ったのだろう。
五分か、一時間か――
長老達が目を覚ました頃には、
既に魔力をある程度操れるようになっていた。
魔力の制御はなんとかなったな。
後は細かいコントロールだけど……
いつもならそよ風を操る程度の出力でも、
建物が吹き飛ぶレベルの突風になってしまう。
自分の最大出力が今の自分の最小出力になった。
このまま最大出力の風を作ったらいったいどれほどのパワーが出るのか……考えただけでも恐ろしい。一刻も早く使いこなせるようにならなければ、魔力に振り回されるのは目に見えている。
「お、驚きじゃ。これほどの魔力を体に取り込んでおきながらこうも簡単に制御できるようになるとは……」
既に魔力の制御だけならマスターした俺を見て目を丸くする長老。俺は天才じゃないから、全てをこなすには至っていない。
「いえ、力の調整が全然できてません」
こうなったらもう実戦で慣れるしかないけど――
長老の横の若者達に視線を送るも、
怯えたように首をぶんぶん振られてしまう。
噴火寸前の火山に近づくようなものだ。
いつどのタイミングで出力が狂うか分からない。
彼等は実力者故に、その危うさに気付いている。
もっとも、それを承知で手合わせする予定だったのなら、俺の今の危うさは想定を超えているのかもしれない。魔力は制御できているはずなんだけど。
「私が相手になる」
と、名乗り出るレイレイ。
現状、彼女くらいしか相手がいないのは事実。
魔闘祭では戦えなかった彼女と手合わせできる。
試したい。自分の立ち位置を知りたい。
俺が大きく頷くと同時に、
広場の中心に分厚い結界が張られた。
ちょうど俺とレイレイだけがその中にいる。
なんだ、このデタラメな魔力濃度。
魔族戦の時にレイレイが唱えた第七階級の防御魔法を軽く超えているが――
「長老、この結界は……」
少し驚いた様子で問うレイレイ。
長老も驚いたように首を横に振る。
俺はてっきり彼女が張ったものかと思ったが――それなら誰が?
「まさか……!」
長老が振り返る先にはサネアの大樹が佇んでいる。
まさかこの樹が? 俺たちの戦える場所を作った?
その結界はちょっとやそっとじゃ壊れないくらいに頑丈で、里一つ隠し・守ってきた経緯を考えると、確かにサネアの樹が力を貸したと考えても不思議ではない。
応援してくれてるのか?
「これなら心置きなく手合わせできる」
スタスタ歩きながら俺との距離を取り、
レイレイは膨大な量の魔力を解放した。
その身体にダークグレイのローブを纏い、
背中には一重の魔法陣がゆっくりと回る。
最初から魔紋まで解放している。本気だ。
細かな制御は後だ――今はただ、
「燃える」
ただただ滾る。
かつてヨハンと本気で手合わせした時のようだ。
ありったけの魔力を混ぜ込み、魔装を組み立てる。
魔装は魔力を込めれば込めるほど強くなる。
そして魔紋のパフォーマンスすら上げてくれる。
魔紋――来い。
俺の呼び声に応えるように、
地面に突き刺さった巨大な剣。
とんでもない重量を誇るエクスカリバー。
魔力を封印されても現世に留まる驚きの大剣。
生身では到底扱うことのできないじゃじゃ馬。
俺はそれを適当に構えて静止する。
レイレイの魔紋は紋が増えるたびに強くなる。
勝つ気でいくなら今だ――
空気の圧縮と膨張による爆発的な加速。
一瞬のうちにレイレイの背後を取る……つもりが
「!」
「ってえぇぇ」
最短距離を移動するつもりが、はるか上空に吹き飛ばされた後、地面に激突。魔紋まで展開してると、当然ながらその出力は素の状態の数倍にも跳ね上がっていた。
参った。
これは手合わせどころじゃないかもしれない。
「仕切り直しね」
「すみません」
地面に突き刺さる俺を引っ張り上げるレイレイ。
完全に背後を取ったと思ったのになぁ。
「ごめんね。私が最初から魔紋まで開いちゃったから変に構えさせちゃったよね。ゆっくり慣らしていこう」
そう言ってレイレイは魔紋を解き、魔装も解いた。
彼女と全力で当たれると勝手に舞い上がってしまった。本来の目的を忘れていた俺の落ち度だ。
「すみません、俺の方こそ」
おもちゃを与えられた子供のようだった。
中身はもう20歳なのに、恥ずかしい……
レイレイはくすくすと笑いながら、
少し感心したように口を開く。
「でもさっきのは反応できなかったわ。やるわね」
褒め上手め。
やる気でちゃうじゃないか。
「よっし、頑張るぞ」
今度は体に魔力を纏うだけ。
いつもの威力をイメージしつつ、風貫きを作る。
どうあがいても少し大きくなってしまうが、
これで減る魔力なんて雀の涙ほどだ。
「とりあえずコレの大きさ調整しながら戦おうと思います。よろしくお願いします」
「ん。じゃあ私の魔法を必ず相殺させてみて」
レイレイは俺に合わせるように、
自分も風の魔法で小さな球を作り出す。
試しに今の状態でぶつけてみる。
レイレイの魔法は簡単に消滅し、
俺の風貫きは目標を求め飛んでゆく。
「もっと弱く。おいで」
目標物に当てるだけの魔法コントロールに加え、
威力が高くても低くてもダメという繊細な微調整。
それを空中で飛び回りながらという空間把握能力すら求められるかなり高度な特訓に変わってゆく。
難しい。
でもこれならかなりの速さで上達できそうだ。
◇
それから何時間ぶっ続けで戦っただろうか。
休憩もなくひたすら特訓、特訓、そして試合。
俺が早い段階で出力コントロールのコツを掴んできたというのもあって、その後は魔装ありの試合、そして魔紋ありの試合まで段階が進められた。
結果。
20戦して、勝てたのはたったの3回。
思ってた以上に彼女と俺とで力に差があった。
「ダメかぁ」
俺は広場で大の字になりながら天を仰ぐ。
太陽は既に傾きはじめ、徐々に辺りも暗くなる。
勝てた試合もレイレイの魔紋が初期段階の状態でゴリ押ししただけで、二重魔紋、三重魔紋になってしまうともう手が付けられない。
しかし収穫も勿論あって、魔力が増えた影響で試合後の精神的な疲労はごく僅かだ。
「まさに底なしの魔力ね。私の方が枯渇しはじめてるもの」
「そんな風に見えないんですけど……」
大の字で動けない俺とは対象的に、
レイレイは涼しい顔で今だ魔装すら維持している。
経験の差、魔力コントロールの差、etc
彼女を超えられる日はまだまだ遠いな。
◇
そして次の日の昼。
俺たちの帰る時間がやって来た。
「長々とお世話になりました」
「何を言うか。世話になったのは私らの方じゃ。本当に、なんとお礼を言っていいか」
準備を済ませた俺たちを囲むように、
里のロイド族全員が俺たちを見送りに来てくれた。
「もう抱っこはいいだろ……」
「いや! 抱っこ!」
「ずるい! 私もおんぶ!」
「かーくれんぼ! かーくれんぼ!」
この何日かですっかり子供達のおもちゃになった俺。
レイレイと手合わせするよりも子供達と遊ぶ方が疲れるのはなぜだろうか。パパさんママさんは毎日本当に大変なんだなぁ。
俺には父親が居ないから、
クラフトみたいな大家族は羨ましくもあった。
あんな環境なら家族と離れて正解だとも思うが。
それにしても今回の依頼は色々あったな。
といっても、俺は何もしていない事になるが。
滅んだはずのロイド族の里があり、
レイレイがそこの出身という事実もあり、
彼らと彼女の過去のいざこざもあり、
その犯人たる魔族との戦闘もあり……。
まるで仕組まれたような……
いや、きっとただの思い過ごしだろう。
「魔族がまた帰ってくるような事があれば、すぐに駆けつけます。その時は必ず連絡魔法を飛ばしてください」
「わかった。必ず連絡をしよう」
離れていても以心伝心できる魔法もある。
これでまた魔族が戻って来ても対処できる。
「じゃあそろそろ」と、
俺に目配せするレイレイ。
彼女の体が徐々に地面を離れてゆく。
俺も子供達にサヨナラをして、それに続く。
「また来てね! レイ姉ちゃん!」
ポーラが無邪気に手を振ると、
里のみんなも同様に手を振った。
また来てね。待ってるよ。
みんなからの言葉を受け、
レイレイはグッと唇を噛んだ。
「また来るね」
ずっと言えなかったその一言は颯々たる風の音に乗り――彼女の故郷に溶けていった。




