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風使い、送魔の儀を受ける

 


 宴は盛大に行われた。


 里中の食料を調理し、

 里中のサネアの雫を集めるロイド族。


 家の残骸を火種に炎を育て、

 炎を囲って宴が始まった。


 それこそ長老曰く、

 レイレイが生まれた日を彷彿とさせる程。


 壊れた家々など魔法で直せる。

 サネアの雫を飲みながら、ロイド族が踊る。


「また魔族が来ないとも限りませんよ」


「いいのよ、お祝いすべき時は何もかもを忘れて騒いでいいの。たとえそれが束の間の安息でもね」


 ちらちらと燃える炎を見つめながら、

 隣に座るレイレイは楽しそうにそう答える。


 戦争に巻き込まれながら、人間に滅ぼされながら――それでも彼らはこうやって、嬉しいことも悲しいことも全員で乗り越えてきたのだろう。


 レイレイがここを愛する理由が俺にもわかった気がする。


「飲んでるかね?」


 サネアの雫を飲みながら、

 長老が俺の横へと腰掛ける。


 長老も元気そうだ。

 すっかり顔色も元に戻り、足も元通り。


 長老はコップの雫を飲み干すと、

 腹の空気を全て吐き出すが如く息を吐いた。


「里の皆と相談して決めたんじゃがな。レイレイよ、私達はクラフト君に〝送魔(そうま)の儀〟を行おうと思う」


「! よろしいのですか?」


 長老の言葉に、

 レイレイはかなり驚いた様子で聞き返す。


「これくらいせんと皆気が済まないと言っておるよ」


「……」


 魔族を退けたお礼の話かな?

 別にいらないけど、まぁ貰えるなら貰いたい。


 にしても送魔の儀とは?

 長老は真剣な表情で俺を見る。


「クラフト君。(きみ)は今よりももっと大きな力が欲しいかね?」


 力が欲しいか――?(ドクン) ってやつキタ。

 よもや現実にその問いを投げかけられる日がくるとは。


 俺は魔族相手に何もできなかった。


 知識も、経験も……そして力もまだまだ足りない。

 俺はクラフトを一番強い男にしたい。なんとしても。


 力が欲しい。

 

 俺が大きく頷くと、長老は全てを察したように目を伏せ「しかと受け取った」と答えた。


「宴が終わったらサネアの根元に来なさい。私達からのささやかなお礼じゃ」


「ありがとうございます?」


 具体的になにをくれるのか分からなかったので疑問文的な感じになってしまった。長老はそれを聞いて満足したように、また宴の方へと戻っていく。


「私は先にギルドの依頼を終わらせてくるわ。クラフト君はここで待ってて」


「え? そんな、俺も行きますよ。二人での任務なんですから」


「大丈夫。それよりもあの子達の相手をしてあげてくれるかしら?」


 レイレイが指差す先には子供達の姿があり、

 俺たちを見つけるや否や駆け寄ってくる。


 その後俺は、遊んで、抱っこして、走って。

 小一時間ほどチビ達の相手をするハメになる。

 子供ってばなんであんなに体力あるんだろう。


 普通に任務に行った方が楽だったんじゃないか……などと考えながら、俺はロイド族の宴を堪能したのだった。







 そしてまた夜になった。


 炎は燃え続けているが、

 騒いでいる者は一人もいない。


「これが送魔の儀ですか?」


「そうよ。ここから長いわよ」


 そんな会話をする俺たちは今、大樹――サネアの根元に設置された石の祭壇らしき場所に座っている。


 里中のロイド族が集まり、長老も男達も女達も、皆が何かしらの呪文を唱え大樹に祈りを捧げている。


「送魔の儀はロイド族に伝わる神聖な儀式。里全員の魔力をサネアに送り、サネアはその見返りとして雫や果物、そして結界を維持してくれるだけの魔力を蓄える」


 守り神みたいなものか。

 彼らの魔力を生贄的に捧げる事で、

 サネアの大樹も生きながらえていける。


「ロイド族は子供が産まれたら宴を行い、大人はたっぷりサネアの雫を飲んだ状態ですぐに送魔の儀を執り行うの。そして子供の魔力量を限界まで増やし生存率を高める――魔力は私達の生命線だから」


 ロイド族全員の魔力が高いのにはこういうカラクリがあったのか。


 確かに、少しでも生存率を高めるためには命に直結する魔力を上げるのは必須だろう。


 長老の体から光の塊がフワリと浮いた。


「あれが魔力の塊。宴の時に沢山のサネアの雫を飲むのも多くの魔力を樹に捧げるため」


「捧げたら死んじゃわないんですか?」


「普通は加減するわ」


 長老から出た魔力の塊はフワリフワリと宙を漂い、それは大樹――ではなく、俺の体の中へと入ってゆく。


 体の中に魔力が溢れる感覚。

 妙な感覚だ。少しだけ息苦しい。


 長老から魔力が出てきたのを合図に、

 他のロイド族からも次々に魔力が浮かんでくる。


 そしてそれは祭壇の方へと移動し、

 俺の体の中へと取り込まれていく。


「せ、んぱい」


「あなたの魔力量を限界まで伸ばすの」


 体の中の〝魔力貯蔵庫〟的な部分が溢れていく感覚と、その貯蔵庫自体が拡張されていく感覚。


 息苦しさは、魔力の塊が入ってくるたびに増してゆき俺は思わず手をついた。


「ロイド族は他者の魔力を増やすことができる。増やせる量には個人差があるけど……この力こそ、ロイド族が人間によって捕らえられ、利用され、滅ぼされた理由」


 腹のなかで風船が限界まで膨らむような痛み、息苦しさ、酔い。


 魔力の塊はまだまだ全然あるようで、

 俺の様子にはお構いなしに入ってくる。



 や、ばい。意識、が、







 気がつくと、俺はレイレイと共に寝たあの寝室に寝かされていた。


 送魔の儀の時は夜だったと記憶していたが、外は既に明るく、陽の光が煌々と部屋の床を照らしている。


「おはよう。ごはんこっちに用意しておくわね」


「え、あ、はい」


 俺に気付いたレイレイはニコリと笑顔を見せる。

 ダークグレーの髪が揺れる。


「普通に寝ちゃってました。でも、儀式のおかげか目覚め超スッキリです」


「それだけ寝てたら目覚めいいに決まってるわ」


 淡々とご飯を並べていくレイレイ。

 今すぐに食べたいくらい腹ペコだ。


 その後、向かい合う形で食事を取る。

 ただの米と魚なのにこんなにも染みるのか。

 その上食べても食べても腹が膨らまないし。


「なんでこんな腹減ってるんだろ」


 物凄い勢いで料理を平らげる俺に、

 レイレイは追加の料理を渡して答える。


「今日は任務最終日前日の朝だもの」


「ぶっ――」


 なんてこったい。

 俺、10日間以上も寝てたってこと?


 この言いようのない空腹感もそれが原因か、

 人間ってそんなに寝られるんだなぁ。


「食べ終えたら長老の元へ行くわ」


 そう言って、おかわりを渡してくれるレイレイ。


「ん、帰る前の挨拶ですか?」


「いいえ。私たちが帰るのは明日のお昼頃になると思う」


 任務期間の二週間をきっちり過ごすつもりらしい。

 まぁ数年ぶりの故郷だし、誤解も解けたからな。

 レイレイが満足するまで一緒に滞在するのもいいか。


 俺がそんな事を考えていると、

 見透かしたようにレイレイが続ける。


「今日から明日の昼まで――みっちりあなたの調整をするわ」


「調整、ですか?」


「そう。クラフト君の魔力は長時間の睡眠によってようやく体に定着した所だけど、今度は使って減らして回復してを繰り返して、馴染ませていかなければならないの」


 なるほど、試運転が必要なのか。


 それなら俺としても願ったり叶ったりだ。

 自分の魔力がどの程度増えたのか試してみたい。


 





「来たか。待っておったぞ」


 食事後、俺たちは長老を訪ねに行った。


 長老は宴を行なった広場に居たのですぐに分かったが、その他にも数名の若者が長老の側に立ち、他のロイド族もその周りに立って俺たちを見ている。


 なんだろう、この雰囲気。


「お主らが居なければロイド族はあの日に滅亡していたじゃろう」


 本当にありがとう。と、長老が頭を下げると、他のロイド族が全員、俺たちに向かって頭を下げた。


 確かに、たまたま依頼を受けたのがこの地にゆかりのあるレイレイと、エクスカリバーを持つ俺だったから今回の件は被害を最小限に抑えられたと思う。


 滅亡までは分からないが、傷の対処ができない限り、少なくとも半数以上は死んでいたのかもしれない。行方不明者もきっともっと増えていたはず。


 そう考えると、タイミング良すぎたな。


「いえ、僕なんか魔力まで頂いてしまって、更には二週間近く寝っ転がってたなんて……逆にすみません」


「ほっほ。まぁ無理もない。私たち全員(・・)の魔力を限界まで押し込んだんじゃから、それを馴染ませるために体が睡眠を欲したのじゃろう」


 ん? 全員って言ったよねいま。


 いや聞き間違いだな。

 ロイド族何人いると思ってんだ。


「調整の話はレイレイから?」


「はい、聞いています。して、具体的に僕は何をすればいいんでしょうか?」


「特別なことは何もせんでいい。ただ彼等と手合わせして、実際に魔力を動かしてもらえればと思っとる。里屈指の実力者たちじゃ」


 長老の横に立っていた数人の若者が会釈する。

 要するに模擬戦をやって体に慣らせって事ね。

 手っ取り早くて分かりやすいじゃん。


「今お主は無意識的に魔力を抑えている。限界まで詰め込まれた魔力を、体が逃すまい逃すまいと踏ん張っている証拠なんじゃが――今からそれを私が外す。まずはそれの制御をやってみてほしい」


 長老の言葉に付け足す形でレイレイも口を開く。


「外に漏れ出す魔力を体の周りに固定させるイメージよ。あなたの魔力コントロールはヨハン君以上に上手だから、きっと上手くいくわ」


 頑張ってね。と、レイレイ。

 頑張りますとも。強くなるためだ。

 長老の「行くぞ!」を合図に、目を閉じる。



 ――外れた。それが分かった。



 突如、俺を中心とする暴風が吹き荒れる。

 目に見えるほどの濃い魔力が溢れ出る。

 汚い例えだが、全身から放尿してるような気分。


「うっ……」

「まさか、これ程とはッ」

「皆、魔力に当てられるぞ!」


 周囲のロイド族がバタバタと倒れてゆく。

 長老の周りに立っていた若者たちも全員倒れ、

 長老も苦しそうに片膝を地面につけた。


 解放してみると分かる――この全能感。


 面白いほど力が溢れてくる感覚。

 今ならなんでもできそうな気がする。


 力に酔ってはいけない。

 そう自分に言い聞かせる。


「大丈夫よ。イメージして、イメージ」


 横にいるレイレイだけが優しく声を掛けてくる。

 右手を握り、魔力のコントロールを助けてくれる。


 自分の体を包む繭のように、

 抜けていく魔力も全て押さえつけて、

 穏やかに、穏やかに、心を落ち着かせる。


 隣のレイレイから「嘘……?」と、

 ひどく動揺したような声が上がった。


 目を開ける。

 もう大丈夫だ。支配できた。

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