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風使い、魔族と対峙する2

 

 魔族が手をかざすと、

 俺たちの周囲を黒の獣が取り囲む。


「優秀な魔法使いほど封印した後は酷く脆い。最弱の爪でも今のお前達に倒す術はない」


 声高らかに笑う魔族。

 相手の負けるフラグはビンビンのはずなのに、

 全く勝ち筋が見つからない。


 レイレイは背中に備えていた剣を抜き、俺は鉄塊のごとく重くなったエクスカリバーを立て、後ろ合わせで構えた。


「剣術はおろか、筋肉トレーニングさえしたことないです」


「帰ったらそっちの特訓もやらなきゃね」


 お互い余裕のあるような会話だが状況は絶望的。


 クラフトは生粋の魔法使い。

 誠太郎()にも剣の心得はない。


 来る――


 黒の獣が一斉に飛びかかる。

 剣の腹で受けるも二匹が剣に食らい付き、俺はその重圧を耐え切れるはずもなく倒れこんだ。


 ダメじゃねえか!!


「ぐっあああ!!」


 両足に鋭い痛みが走る。

 獣の牙が深々と食い込んでいた。

 腹、腕、そして首にも獣の牙は突き刺さる。


 無力。圧倒的に無力だ。

 抗う筋力も、蹴散らす剣術も何もない。

 俺にあったのはクラフトの魔法センスのみ。


 性悪女(ナナハ)暴力男(カイエン)のかわいがりなど痛みにすらならなかったが、コレらは俺を明確に殺そうとしている。手加減無用に皮を裂き、骨を砕こうとしている。


「クラフト君! ッ!」


 半数の獣を相手に格闘するレイレイ。

 その動きは達人の如き流麗さで、

 魔法がなくとも充分戦えていた。


 弱いな、俺は。

 痛みが遠のいてゆく中で、

 走馬灯に近い何かを見る。


「召喚に成功した、これで戦争が――」

「まさかこの子供達は――」

「恐ろしい研究――」

「一人確保した、奴が抱く子は無理だが――」


 これもクラフトの記憶か?

 よく見る夢と同じだ。


「洞窟? それなら裏の山に――」

「悪いがお前は頑張りすぎた――」

「この子、魔法がッ――」


 目が回りそうだ。

 場面が目まぐるしく変化する。


「お主の願い、確かに受け取った――」

「代償はお主の――である――」

「この力は――にしか――」


 胸の奥が熱い。

 心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえる。

 体の中から何かが溢れてくる――!





 俺に群がっていた獣達が爆散する。

 傷が塞がってゆき、魔力が溢れ出す。


「お、まえ……?」


 動揺する魔族の気持ちは痛いほどわかる。

 俺も内心動揺してるからである。


 適当にエクスカリバーを振るう。

 レイレイが対峙する獣達がかき消えた。


「クラフト君? なぜ魔力を……それに髪が、」


 髪? なんか知らんけど覚醒した俺の髪が一番気になるの? そういえば会長も以前言ってたな。


 エクスカリバーに映る自分を眺める。


 顔付きはクラフトのものだが、

 髪色と瞳が青に近い色に変化しているのがわかる。

 それは日本人だった頃の俺の髪色、目の色だった。


 生まれつきファンタジーな色をしていた俺は、

 当然ながら好奇の目に晒されて生きてきた。


 とはいえこっちに来たら青髪なんて珍しくもない。

 俺は生まれる場所を間違えたのかもしれない。


「ッ!」


 魔族が逃げる。

 まだまだ優勢のはずなのに何故逃げる。


 ふ菓子のように軽くなったエクスカリバーを投げると、魔族の片足が切断される。それでも魔族は逃げるのをやめず、遂には穴の外へ見えなくなった。


 俺の謎の主人公補正のお陰で助かった……


「先輩、無事ですか?」


「ええ。あなたは無事じゃないように見えたのだけど」


 この通り、傷一つないです。

 腕や足を見せるも、綺麗な白い肌だけが晒されただけ。


「……」


 レイレイは一瞬だけ思考が止まっていたが、

 ハッとなりロイド族の少年少女へと駆け寄った。


「皆、大丈夫?! ああケニィ、かわいそうに……」


 連れ去られた子供達は一人を除いて全員が無傷。

 魔族が消えたからか全員が昏睡状態から脱しており、レイレイに抱きついたり、泣いたり、怯えたりと様々な反応を見せている。


 ケニィと呼ばれた男の子は腕の傷がひどく、

 そこから大量の魔力が流れ出ている。


 レイレイは自分のシャツを破り傷口に巻く。

 魔力は変わらぬ勢いで漏れ出している。


「なぜ?! 治癒能力が機能してないわ」


 幸いなことに痛みのためかケニィは気を失っているが、治療を急がなければ危険だ。


 当然、子供は大人よりも魔力量は少ない。

 同じような傷でも恐らく死ぬのが早いのは子供。


「先輩! 回復魔法は?!」


「あるわ。あるけどね――」


 絶望したような顔で続けるレイレイ。


「ロイド族は人間とは体の作りが根本的に違う。回復魔法はあくまで〝生物〟に対して使えるもの。魔力だけの存在である彼等には効果がないわ。それに、傷が治るのも、本来なら一瞬よ」


 なのに傷が治らない。

 布をあてがっても同じ事だ。


「そんな……じゃあ魔力が溢れるのを防ぐ手立ては?!」


 レイレイは力なく首を振る。



「ないのよ、クラフト君。ないの」



 手当てする手段がない?

 そんなのおかしくないか?


 人だって怪我すればカサブタが出来て血が止まる。

 植物だって折れても組織が生きていれば枯れない。


 まるでヒルに吸われたみたいだ。


 ヒルとは人間の血を吸う虫。

 吸血の際血液の凝固を妨げる成分を分泌し、

 流血が広がりやすく傷が治りにくくなるのが特徴。


「恐らく里で負傷した人たちも……」


「……」


 俺はケニィを見下ろす。

 歯型のついた腕から煙のように抜けてゆく魔力。


 無意識だった。

 俺は手に持つエクスカリバーをケニィに突き刺した。


「なッ?!」

「えッ?!」


 俺とレイレイは同時に声を上げる。

 しかしほどなくして、ケニィに変化が現れた。


 紫色の煙が一瞬、立ち昇ったと思えば、

 次の瞬間には彼の腕の傷は塞がっていた。


「ぅん……? レイレイ、お姉ちゃん?」


 目を覚ますケニィ。

 腕からはもう魔力は漏れていない。


「あ、あぁ……よかった! ケニィ!」


「い、痛いよお姉ちゃん」


 力強く抱きしめるレイレイ。

 ケニィは困惑の表情を浮かべている。


 なんじゃこりゃ。

 今腕を動かしたのはたぶん俺じゃなくて……


「先輩、里に戻りましょう! まだ間に合います!」


「急ぎましょう。皆捕まってて」


 エクスカリバーで切るとロイド族の傷が塞がる。

 いまいちカラクリが分からないが結果オーライだ。


 俺たちは希望を胸に急いで里へ飛んだ。







 里に着いた俺たちを、ロイド族が祝福する。


 しかしその表情はどこか暗く、

 負傷者に縋り付いて泣いている者も見られた。


「レイレイ、クラフト殿、よくぞ戻ってきてくれた。こんな場所からすまないな」


 負傷者が寝かせられている一角に、建物へ寄りかかる様にして座った長老の姿があった。

 その足からは止めどなく魔力が流れ出ており、腕を失った者に比べても明らかに量が膨大だ。


「ケニィ!」

「お母さん!」


 レイレイの元から離れた少年少女達は家族の元へと駆けていき、その両親は涙を流しながら彼等を抱きしめた。


「長老、傷が治らない人は全部で何人ですか?」


 俺の言葉に、長老の目が見開かれる。


「ッ! なぜそれを……まさか子供達の中にもッ!」


 時間が惜しい。

 単刀直入に言う俺に、長老は動揺を隠せない。

 ざわついていた里中がシンと静まり返る。


「俺のこの剣で切れば治ります。1人は既に治しました」


 伝わらないだろうと思い、

 もどかしい気持ちのまま事情を説明する。


 魔族のこと、傷のこと、剣のこと。


 俺の言葉に、里中が再びざわつく。


 にわかには信じがたい話だ。俺がその立場なら「何言ってんだこいつ」と思っていたかもしれないし、ましてや相手は〝人間を嫌う種族〟。


 説得に時間が掛かりそうだ。

 強行突破的に長老をぶった切るか――?


 良からぬことを考える俺を尻目に、

 横に立つレイレイが声を荒げる。


「彼を……人間(ヒト)を信じてください。今回だけでいいです」


 最後の言葉はか細く、

 彼女の心からの叫びに思えた。


 困惑する民達を押しのけ、

 男が俺の前にどかりと座る。


 ポーラの父親だった。

 腕に大きな傷がある。



「信じる」



 決意のこもったその言葉を受け、

 俺はエクスカリバーの先で傷を突いた。






 これで全員……本当に多かった。


 里でも同じ様に、

 ケニィと同じ症状を訴える負傷者で溢れていた。

 長老を始め前線で戦っていた男達、逃げ遅れた者。


 その傷をエクスカリバーで軽く切ると、

 たちまちその傷が塞がっていったのだ。


 試しに破損した建物を突いてみるが、

 別段変化は見られなかった。


 傷の回復――という能力とも違う。


 感覚的には〝ヒル的な分泌液〟という悪さする要素だけを切り取ったみたいな、そんな感覚。


 誰か説明書くれよ。


「あなたは英雄ね」


 活気立つ里の風景を眺めながら、

 レイレイは嬉しそうにそう言った。


「先輩が居なければ俺はとっくにライオンのお腹の中でしたよ」


「それもそうね」


 ふふふ。と、笑うレイレイ。


 里を走り回っていたケニィとポーラを含む子供達が俺たちの元へと駆け寄ってくる。


「来て来て! これからウタゲ? をやるって!」


「それは楽しそうね。すぐ行くわ」


 宴か。なにやら楽しそうだな。


 宴といえば、俺は文化祭の後のキャンプファイアーとフォークダンスを思い出す。多分ちょっとイメージが違うとは思う。


 余った食材で好きに飲み食いして、フォークダンスでは好きな子と踊り、告白するのが恒例で。


「行こ、クラフト君」


 今回は好きな子じゃないけど、

 尊敬する先輩と踊るのも悪くないかもしれない。

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