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風使い、魔族と対峙する1

 

 ガナルフェア遺跡はその昔、強大な力を持った三種族による勢力争い――のちに〝三闘戦争〟と呼ばれるその戦いの爪痕を大きく残す場所だ。


 ガナルフェア遺跡は原型の右半分しか残っていない。


 それは三闘戦争にて、単体で凶悪な力を持った〝竜王〟の咆哮を受けた結果、左半分と共に奈落の底へ繋がると言い伝えられているほど広く深い穴が空いたのだそうだ。


 世界に二箇所だけ存在する、

 三闘戦争の凄まじさを感じられる土地の一つ。


 ほかに終焉の地と呼ばれる場所にも戦争の余波が残っているが――今は置いておこう。


「拠点がガナルフェア遺跡というのは本当?」


「複数匹を追跡しましたが、全てその遺跡に帰っていきました」


 それこそ音速を超えるほどの速度で飛ぶレイレイに必死に付いていきながら、今一度、目的地であるガナルフェア遺跡を目視する。


 左半分が綺麗に抉れた神殿……といった表現が適当かもしれない。その隣に空いた巨大な穴の底に、確かにロイド族の気配も感じられる。


 そして、複数のロイド族の気配の他に、一人だけ毛色の違う気配も感じられた。


「依頼の目的地も、敵の陣地もガナルフェア遺跡だなんて……まるで仕組まれているようだわ」


 表情を変えないまま、レイレイが呟く。

 会話は全て魔法によるものだ。魔法万歳。


 遺跡に着いた俺たちはそのまま穴へと急降下し、穴の底へと辿り着く。穴の中腹にレイレイのマザー・ライトが現れ、真っ暗な空間が照らし出される。


 そこにあるのは大小様々な動物の骨だとか、大きな岩だとか、木の枝だとか……何かの弾みで穴へと落下したものの数々の他に、横たわる複数人のロイド族と、一人の男が立っていた。


 不自然なほど青白い肌に、角。



「人か?」



「ッ……!?」


 突如、全身を針で刺されたような感覚に襲われた。なにかで上下左右から押しつぶされているような圧迫感に加え、暑くもないのにとめどなく流れる汗。


 何をされた。

 いや、だだ睨まれただけだ。


 奴から放たれた殺気(プレッシャー)めいた何かに当てられ、体が動かなくなった。


 脳が警報を鳴らしていた。

 この男は危険だと。


「仲間を返してもらいにきたわ」


 恐怖ですくむ俺の前にレイレイがずいと立つ。

 彼女の魔力に包まれ、敵の殺意(プレッシャー)から徐々に解放されていくのがわかる。


「返すだぁ? こいつらは大事な俺たちの〝器〟だ。それに――」


 青白い顔の男はニタリと笑う。


「長年付け狙った〝大器〟からわざわざ現れてくれるたぁ運がいい。俺もこれで上位……くく、」


「なんの話かしら」


「なぁにこっちの話だ。とりあえずまぁ、後ろのボクは栄養になってもらうかな」


 そう言って、男の赤い瞳にボウッと火が灯るように、微かな光が揺らめいた。


 それらは地面から這い出すように、あるいは空から落ちるようにして俺たちを取り囲む。


「召喚。『黒の爪、黒の牙』」


「この感じ――魔紋ね」


 レイレイが警戒心を高める。

 獣になる魔紋はあれど、呼び出す魔紋は無い。


 希少系魔紋か……?


「『我、光を司りしナイラスの子。奏でるは光の調べ――シューティング・マーツ』」


 男の真下から伸びるようにして光の柱が現れる。

 周囲に現れた無数の黒い獣達は全てかき消えたが、肝心の男は全くの無傷でその場に立っている。


「この形じゃ脅威にもならないか。まぁ、数重視の最弱形態だから仕方ねぇ」


 余裕の表情で男が腕を振ると、

 黒の巨大な獅子が三頭現れる。


 秘めた魔力は明らかに増えている。

 星6の魔物と同等かそれ以上。


 形の変更も出し入れも自由。里でかなりの量を殺したと思ったが、やつの様子を見る限りは大した魔力を消費していない可能性がある……。


 俺達はほぼ同時に魔装を展開し、

 俺は魔紋まで一気に発動。


 地面に突き刺さるエクスカリバーを手に取り、

 風の力を借りて斬りかかる。


 ズバンッ! という音と共に獅子の頭がズレた。


「やるじゃねえか。じゃあコッチ(・・・)はどうだ?」


 と、男が嗤うと同時に、男の左目の色が藍色へと変わり――次の瞬間、体が鉛のように重くなっている事に気付いた。


「ッぐ! ああああ!!」


 気付けば俺の体は獅子の足に潰され、

 地面に叩きつけられていた。


 痛い? なぜ? 魔紋が消えた? 魔装も?


 思考がスローになる。

 体の魔力が全く動かなくなっているのが分かる。


 魔紋はおろか魔装も発動しない。

 それどころか風を操ることすらできない。


 なぜか消えずに留まっているエクスカリバーも、

 重くて動かすことすらできそうにない。


「こいつ〝魔紋を二つ〟持ってる。恐らくもう一つは封印系ね」


「よく知ってるじゃねえか。まぁそういう事で、ボクの方はここで退場な」


 獅子の顎が勢いよく俺の頭めがけて迫ってくる。

 魔法の力なくして俺は剣すらまともに振れないのか。

 体は貧弱のまま。魔法の修行しかしてなかった弊害か。



「『覚醒の二重(メルツ・ダブル)』」



 凛とした声と同時に、獅子の頭が消し飛んだ。

 残っていた獅子の頭も同様に消し飛ぶのが見える。


 見れば宙に浮かぶレイレイが、

 灰色のローブをはためかせ手をかざしていた。

 彼女の後ろには魔法の文様が二重に回っている。

 内側の文様は右回り、外側は左回りだ。


「小癪な」


 男がレイレイを睨みつけるも、

 既にそこにレイレイは居ない。


 彼の後ろに立つレイレイが指を立てると、

 男は二度の衝撃を受け弾丸のごとく弾かれた。


「ちょっとだけ待っててね」


 レイレイが手をかざすと、

 俺とロイド族達に三角形の結界が張られた。


 七階級に位置する〝マビシャス・イジス〟


 上から数えたほうが早いくらいの威力を誇る防護魔法で、高度な魔法構築知識と膨大な魔力を要する。


 それを二つ同時展開したのだ。


「青白い肌に角、複数の魔紋を操るとなれば噂には聞いてたけど――あなた、魔族ね」


 魔族。

 三闘戦争における勢力の一つ。


 絶対的な力を持つ〝魔王〟を頂点におく種族。

 残虐で、魔王への忠誠心が高い事が特徴的とされる。


 魔力量が高い事も特徴の一つ。

 その量はロイド族をも凌ぐほど。


 戦争でその殆どが滅んだとされていたが、僅かに生き残った魔族と人間との戦争は今だに続いている。


 レイレイの問いに、男は不気味に笑う。


「気付いたか。まぁお前は殺しはしない」


 男が手をかざし、地上からスクリューを描くようにして蝙蝠の大群が押し寄せ、それらは男の体内に溶けるように入ってゆく。ロイド族から奪った魔力を取り込んだのだ。


「やはりロイド族の魔力は質が高いな。ではそろそろ……」


 舌舐めずりする男――の、右半身が消えていた。



「『解放の三重(ドレアー・トリプル)』」



 もはや目視では確認できない速度で放たれた何かしらの魔法は、魔族の半身を穿ち、大穴の壁に穴を開けた。


 レイレイの後ろに浮かぶ文様が一重増えている。


「ッち! めんどうだな」


 魔族は体を無数の蝙蝠へと変え、そして地上に降り立った蝙蝠達は男の体を再形成させた。


 無敵か――?


 魔族が黒の巨人を出現させるも、

 瞬く間にレイレイが穴だらけにしてそれを討つ。


 魔族が魔法を放つも、

 体ごと魔法はかき消される。

 

 蝙蝠から魔力を受け取ったはずの魔族。

 明らかにその魔力は上がっていたはず。

 レイレイがあまりにも強すぎたのだ。


 レイレイの魔紋の力。


 まるで車のギアのように、段階を踏んで〝徐々に魔法の威力・速度が上がる〟魔紋。その上、魔法の数も二重なら二つ、三重なら三つと同時発動している。


 それを可能とする膨大な魔力量と、

 彼女の持つ魔法センス、知識、熟練度。


 その全てがこの魔族を上回っている。


「ッく!」


「死になさい。『殲滅の(ルクシア)――』」


 レイレイがギアを上げようとしたその時だった。

 ロイド族達が横たわる結界の中に、黒い獣が現れた。


 獣は昏睡するロイド族の少年の腕に噛みつき、

 少年は痛みのあまり悲痛な叫び声をあげた。


 ロイド族の里は結界によって隠されていた。

 その内部に黒の獣が侵入してきたということは、

 この魔族には結界を抜ける手段があるという事。


「卑怯な――ッ」


「はい、おつかれさん」


 激昂するレイレイは反射的に魔族を見た(・・)

 ニタリと笑みを浮かべる魔族の左目が藍色に光る。


 魔力による浮遊も封印されたレイレイが重力に従い落下する。彼女の張っていた結界も消え、俺は彼女を抱きとめた。


「ッく……やられた」


「まずいですね」


 状況は絶望的。


 相手は魔紋を使ったレイレイでこそ押していたが、少なくとも魔力が使える状態の俺よりも格上の存在。


 俺たちの魔力は完全に封じられた。

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