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風使い、天才の過去を知る2

 


 漆黒に包まれ静まり返る隠れ里に、

 老人の大きな笑い声が響いた。


「ふははは! そうか! 学校で五指に入るほどにまで成長したか! 昔はあんなに魔法を使う事に苦労していたレイレイがのぉ」


「昔の話はいいでしょ。もう、長老飲みすぎよ」


 なんのなんのとサネアの雫を注ぐ長老。


 サネアの雫はあの大樹から取れたもの。

 お祝いなどの時だけにしか飲めないらしい。


 これ酒じゃないよな?

 なんで長老はこんな酔っ払ってるんだ。


「長老は人間(俺達)に偏見を持たないのですか?」


 俺は素朴な疑問をぶつけてみる。

 他のロイド族達と長老とで明らかに態度が違うからだ。


 長老は少し落ち着いたようにコップを置き、

 何かを思い出すように天井を眺めながら語り出す。


「未だ過去の歴史に縛られた民は多い。しかし私はよく説いているのじゃよ〝己の見たものだけを信じよ〟とのぅ」


 懐かしむようにレイレイを見つめ、

 長老はさらに続ける。


「レイレイの父親はロイド族一強く優しい男での、森で傷付いていたレイレイの母親――要するに〝人族〟を里へと迎え入れ、偏見を捨て手厚く介護しておった」


 その後回復したレイレイの母親は、その物腰柔らかな性格も幸いして他のロイド族達とも交流を深めていったらしい。


 二人の間には、決して産まれることはないだろうと言われていた赤ん坊が生まれ〝奇跡の子〟だと里中でお祝いしたそうだ。


 長老も三人の幸せを願った。

 この幸せが永遠に続くと、そう信じていた。


 しかし、長くは続かなかった――


「レイレイの父の死体が見つかったのは、この子がちょうど10歳になった日じゃった」


 俯くレイレイ。

 その日から、不幸の連鎖が始まる。


 その日を境に何人ものロイド族が謎の死を遂げた。

 それも、結界の中で。


「死体を調べると妙な形跡が見つかってのぉ。それは魔力が〝全て抜かれていた〟という跡じゃった。単純な魔力切れでの死とは、明らかに違っていたのじゃよ」


 その後、犯人探しに躍起になったロイド族は一つの結論にたどり着いたそうだ。


 言い淀む長老に、見かねた様子のレイレイは冷たい口調で続けた。


「母と私は里を追われ、母が元々住んでいたオーヘルハイブ王国へと移り住んだの。それ以降、この場所には近付いていないわ」


 殺されなかっただけマシね。

 と、静かに料理を口に運ぶレイレイ。


 親子二人が殺されずに済んだのは、

 長老が身を呈して庇ったからだという。


「間が悪い事に、二人が里を去ったその日から変死を遂げる者はいなくなったのじゃよ。民達は彼女達二人を〝災い〟と呼び、私達の人間への憎悪は更に増す結果となったのじゃ」


 二人が犯人にでっち上げられたって事か。

 二人は父親を殺されてるのに、胸糞悪い話だな。


「ただ忘れないでほしい。私をはじめ他のロイド族の中にも、君の母であるイリアーナ、そして君を今でも仲間だと思っている者はおる」


 長老の言葉に、レイレイは静かに頷く。


 長老は「長話をしすぎたの。今日はゆっくり休んでおいき」と言い残し、千鳥足で部屋を後にした。


 何が仲間だよ。

 俺はそう噛みつきそうになった。


 根拠もなく偏見だけで犯人にでっち上げたり、

 穏便に済ませるためトカゲの尻尾切りをしたり……

 

 彼女があまりにも不憫で、

 掛ける言葉が見つからなかった。





 用意されていたのがダブルベッドでも、

 横に丸くなる美少女からいい匂いがしても、

 不思議と変な気は起きなかった。


 長老の口から明かされたレイレイの過去。


 比べるものではないが、

 クラフトよりも壮絶な過去を経験している。


「ごめんね、変な話聞かせちゃって」


 俺の方に背を向ける形で、

 布団にくるまるレイレイが呟く。


「いえ、逆にすみません。俺なんかがこんな話」


「平気。むしろ貴方がいるから気が楽よ」


 布団に顔を半分以上うずめているのか、

 少しだけ彼女の声が聞き取りにくい。


「変よね、私」


「え?」


「殆どの仲間から恨まれているのに――ポーラの件が無ければ来るつもりは無かったし、彼女を引き渡してすぐにでも立ち去るつもりだったのに……またこの里のご飯を食べて、サネアの雫を飲んで、一夜を過ごそうとしてる」


「……」


 お礼を断れば今頃遺跡付近で野宿だった筈。


 咄嗟に食事と宿を求めてしまったのは、

 彼女の精一杯のわがままだったのかもしれない。


 寝返りを打つように俺の方へと体を向ける彼女。


 二つの光るダークグレイがこちらを見上げ、


 顔の奥に明るい灯火が点ったように――



「私、それでもここが好きなの」



 と、彼女は笑った。


 心無い言葉をかけられても、敵対心むき出しの視線を向けられても――彼女は父と母が愛したこの地を、ここの人達を愛しているのだ。この地に彼女の居場所が無くても、この地が彼女にとっての故郷なんだ。





 どれくらい経っただろうか。

 寝息をたて出したレイレイを見ていたら、

 いつのまにか俺まで寝てしまっていたらしい。


「クラフト君、起きて」


 凛としたその声に意識を覚醒させると、優秀なクラフトの脳がフル稼働し、今起こっている事を即座に判断してくれる。


 遠くの方から人の怒号や悲鳴が聞こえてくる。

 そして獣の唸り声、それも相当な数だ。


 夜襲か?


「外に出て事態を把握しましょう。くれぐれも注意してね」


 そう言って、外へと消えるレイレイ。

 扉が開け放たれると同時に、外の音が大きくなる。

 俺も彼女に続いて外へと飛び出した。


 里は光一つない漆黒に包まれており、

 月の光も星の光も分厚い雲に覆われている。


 朝は快晴だったのに……?


 闇に目を慣らすとぼんやり見えてくるのが、逃げ惑うロイド族。聴覚に頼れば、獣特有の「ハッ、ハッ、」という荒い息遣いも聞こえてくるが――ポーラを襲っていたあの影のような犬か?


「皆、目を瞑って!」


 上空から声がしたかと思えば、

 約2秒後にまばゆい光が里を包み込んだ。


 光属性魔法〝マザー・ライト〟

 太陽の如き光によって周囲を明るく照らす魔法。


 照らし出された里の現状。


 道に倒れているロイド族は十数名、

 首根っこを引きずられているのが数名、

 他はパニック状態なのが数十名ほど、

 残りは魔法によって獣に応戦していた。


 照らし出されたのはロイド族だけではない。


 影のような獣に加え、蝙蝠(コウモリ)に似た何かが倒れたロイド族に群がっているのが見える。

 道の隅には気を失ったロイド族が横たわっており、その首筋から黒の蝙蝠が飛び立った。


『死体を調べると妙な形跡が見つかってのぉ。それは魔力が〝全て抜かれていた〟という跡じゃった』


 夕食時の長老の言葉を思い出す。

 もう絶対この蝙蝠が犯人じゃねえか。

 

 里全域に風を発生させ〝犬型と蝙蝠型の生物〟をシルエットで特定したのち、ドリル状の風を百ほど作り――放つ。


 頭あるいは胸を狙って全ての風を操り、貫通し霧散した対象を目標から外し、ロイド族に群がる蝙蝠と連れ去ろうとする犬を優先して撃破していく。


「落ち着いて! 手のある人は負傷した人を建物の中へ!」


 敵の実態が目で確認できた事と、次々にそれらが撃ち殺されている事で心に余裕が生まれたのか、俺の声を聞いたロイド族達は倒れた同胞を抱えて避難させはじめた。


 レイレイが腕を振るう。


 森の奥へ消えようとしている犬型と、上空にいる蝙蝠型を包むようにして、黄色い輪っかで作られた球体が発生し、中の獣達は爆発するようにして光と共にかき消えた。


 流石ロイド族も戦う力は高いらしく、正確な魔力コントロールによって確実に獣の数を減らしているのがわかる。


 殲滅も近い。

 それにしてもこの影のような生物はいったい……?





 黒の獣達を全て倒したのは、

 うっすらと朝日が差し込んできた頃だった。


 美しかった里は荒れ果て、

 そこら中に木片が飛び散っている。


「ぅ……うぅ……」

「右手が、俺の、」

「獣の声が耳から離れないの」


 被害は甚大で、分かっている範囲で重傷者62名、軽傷者たくさん、行方不明者8名。


 死者が出なかったのは不幸中の幸いというべきか。


 行方不明者の多くは子供だ。

 これが意図するのは――考えたくない。

 

 その上、蝙蝠型に襲われていた人達の体内の魔力がごっそり減っている事、そして傷跡も、過去に起こった不審な死と一致したようだった。


「助けに行きます」


 惨状を見つめながら、強い口調でレイレイは言う。


 生き残り達は既に理解したはず。いや、そんなのはずっと昔にしていたのかもしれない。不審死の犯人がレイレイ家族ではなかったという事に。


 自分達が迫害した少女が、黒い獣の群れから里を救ってくれた。そして今から自分達の同胞を命がけで助けに行くと宣言したのだ。


 掛けていい言葉が見つからないのだろう。

 付いていける状態のロイド族もこの中には居なかった。


「俺が追えます」


 里全域の風を操った際に、

 黒い獣達が逃げて行った道は特定できている。

 レイレイは柔らかい笑顔を浮かべ頷いた。


「レイレイ……!」

「ちょ、長老! その傷で動くのは辞めてください!」


 見れば包帯で巻かれた長老が、

 折れた木材を杖にしてこちらにやってくるのが見えた。


 その右足は膝より先から引き千切られたのか、

 傷口からは膨大な量の魔力が流れ出ている。


 ロイド族は精霊に近い存在。

 その体には血ではなく魔力が巡る。

 魔力を全て失えば、その命は終わってしまう。


「長老、行ってきます」


「……すまん、本当にすまん」


 その場にへたりこむように頭を下げる長老。

 空高く飛び上がるレイレイに続き、俺も空を目指した。

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