風使い、天才の過去を知る1
ロイド族――俺が知らなくとも、クラフトの知識から情報を引き出すことができた。
魔法の神から産まれたとされる神聖な民。その姿形こそ人間のソレを模しているが、人とは全く別の生き物で〝魔力〟が命と直結しているという。
ファンタジー的な知識で言えば、
エルフというより精霊に近い存在。
人間の成人男性が有する魔力は、
平均して5000ほどと言われているのに対し
ロイド族が有する魔力は、
平均しても3万を超えているという。
彼らの体内には人とは比にならない程の莫大な魔力が備わっており、魔力が枯渇してしまうとその命は終わってしまうとされている。
「少し我慢しててね、クラフト君」
「え? あ、はい」
意を決したように足を進めるレイレイ。
俺はその後ろを肩身が狭い思いでついて行く。
「おいあれ」
「嘘。災いの子?」
「なんでまたここに?」
「なッ……後ろに人間もいるぞ!」
「誰か長老を呼んできてくれ」
俺たちに気付いたのか、道行く人の表情が怖いくらい厳しいものへと変わるのが分かる。
ざわつく人混みは、まるでモーゼが海を割ったがごとく道を開け、割れた海の向こうに立つ老人がこちらを見据えているのが見えた。
「なぜ帰ってきた、レイレイ」
「……」
老人も厳しい表情は崩さない。
レイレイは何も答えず、ポーラを下におろした。
「ママ!」
「ポーラ! この子ったらどこにいたの!」
ポーラは母親を見つけるとその胸に飛び込んだ。
「ギルドの依頼で近くまで来てました。結界の外で迷子のポーラを見かけたので、ここまで連れてきただけです。それでは」
と、レイレイは表情一つ変えずに踵を返し、
すれ違いざま俺に「ごめんね。いこ」と言った。
ただ子供を助けて連れてきただけなのに……と、一言物申したい気持ちもあったが、俺はレイレイと彼等との間に何があったのかまでは知らない。
変に口出しする必要もないか。依頼もあるし。
軽く頭を下げ、急ぎ足でレイレイの元へと向かう。
と――
「ポーラね、黒いわんちゃんに追いかけられててね、そこでレイ姉ちゃんとお兄ちゃんが助けてくれたの。お花の冠、落としてきちゃったぁ」
母親の胸の中で無邪気にポーラがそう呟くと、老人は少し悩んだように唸った後「待ってくれ」と呼び止めてきた。
「レイレイよ。せめてポーラを助けてくれたお礼だけでもさせてはくれぬか?」
燃えるような夕陽が森の果てに沈む。
しばらくの静寂が続く。
レイレイは老人の方へ振り返りはせず「それなら食事と宿だけ、後は迷惑はかけません」と、短くそう伝えたのだった。
◇
俺たちが案内されたのは、ログを積み重ねて造られた、今は使っていないらしいログハウス。
5〜6人の大人が共同生活をしても苦にならない程度の広さがあり、リビングにあるテーブルもまた大家族用なのか広く厚みがあった。
「私の過去、聞かないのね」
「……」
寝室にリュックを置いたレイレイが戻ってくる。
その表情はどこか寂しさを漂わせていた。
この展開は大体予想がつく。
他のロイド族より短い耳が全てを物語っていた。
レイレイは呟くように「いつかバレるか」とこぼし、ふぅと短くため息を吐く。
「簡単に言えば私はロイド族と人間のハーフ。人より多く魔力を有している理由も、父親の血が濃いからだと思うわ」
予想してた? と聞かれ、
なんとなく。と頷いた。
俺と向かい合う形で、
沈むように椅子に座るレイレイ。
彼女が忌み嫌われている理由も、
人とロイド族の歴史を紐解けば見えてくる。
それと同時に扉がノックされ、
二人の女性が料理を持って現れた。
その後ろには長老と呼ばれていた老人もいる。
「私も一緒にいいかね?」
「……」
拒否権の無い質問やめろや。
と、悪態を吐くのは心の中にとどめる。
無言で頷くレイレイに、申し訳なさそうに老人も頭を下げる。そして一人一人がかなりの間隔を開けた状態で食事が並べられた。
料理の内容は魚に鶏肉に果物に野菜。料理といってもとても原始的で、単に焼いただけとなっている。
テーブルの中央には赤ワインにも似た飲み物が置かれ、長老がそれらを三つのコップに注いでゆく。
「これは〝サネアの雫〟といってね、ロイド族に昔から伝わる魔力回復の薬みたいなものだよ。さぁ、飲んで食べてくれ」
老人に渡されたコップに鼻を近づけ、そして一口……ブドウジュースとドクターペッパーを混ぜたような味がした。
「改めて、ポーラを助けてくれて本当にありがとう。よもや結界の外に出てしまうとは、今後更に工夫を凝らさなければならないのぅ……」
「大老樹の力が弱まってる可能性は?」
「可能性はあるが、それが原因であるなら、私達にはどうする事もできんのぉ」
先ほどまでとは打って変わって、レイレイと長老は普通に会話しているように見える。
食べる手を止めていた俺に気づいた長老が声をかけてくる。
「〝黒の獣〟を倒したのは君だと聞いたよ。本当にありがとう。他の者達の反応については……すまなかったのぉ。まずは何か礼をしなければならんの」
「いえ、僕は別に大丈夫ですから」
夕食と宿、レイレイが求めた礼はこの二つ。
俺もそれくらいで十分だと思う。
それよりも、だ。
「その黒の獣っていうのは何なんです? 倒せたには倒せたのですが、なんというか……手応えがなくて」
長老は目を閉じた後、酒をぐいと飲み、深いため息を一つ。
「あれは私達にも分からない。ただ言えることは、あれが何者かの〝魔法〟によるものという事と、それに関係しているのかは不明だが、最近この里で行方不明者が出てきている事だけじゃ」
「行方不明者? どのくらい?」
レイレイが鋭い目で聞き返す。
「ここ数ヶ月の間に六人じゃ。あの黒の獣が原因だとするならば、ポーラが七人目になっておったじゃろう」
「六人……」
かなりのショックを受けるレイレイ。
ロイド族がギルドに依頼なんてできるはずもない。
そもそもロイド族が人前に出ることはないからだ。
彼らは遥か昔、滅んだとされている。
半数は〝三闘戦争〟に巻き込まれて。
もう半数は俺たち人間によって捕らえられ、
最後は根絶やしにされたという記録が残っている。




