覚醒した元落ちこぼれ3
side――ニーナ・グリーン
魔闘祭後、私達はお父様も交えグリーン家で食事をしていた。
あの恐ろしい種族――魔族を根絶やしにするため南のギルドで編成された精鋭部隊に、お父様は所属している。
とても誇り高い役職だ。
お父様が多忙で全く会えなくても、
私には不満なんてなかった。
不満があるとするならば、
できそこないの弟――クラフトの存在。
攻撃魔法が使えない魔法使い。攻撃魔法は、魔物や魔族と戦う魔法使いにおいてもっとも重要なのに、あいつはそれを使うことができなかった。
一族の面汚し。
学校の落ちこぼれ。
英雄の腰巾着。
もっとも、英雄候補のヨハン様について回れるのは代わってくれるなら私が代わりたいくらいだ。
彼は生まれた時から使命を持ち、
特別な才能を持っている。
まるで王子様のような存在。
常に話題の中心に彼はいる。
一年にしてあの北生統にも所属している。
「はぁ」
お父様が居るのに、ため息が出る。
なぜ私の弟はヨハン様じゃないのか。
唯一の救いはこの場にあいつがいない事か……
だけどあいつ、いつの間に攻撃魔法使えるようになったのかしら。
お父様には油断したと誤魔化しておいたけど、一戦目であいつがカイエンを攻撃魔法で倒したのを見ている。正直、油断は全くしていなかった。
あいつは私の魔法を看破し、
全く同じ魔法で対抗してきた。
果ては、
私の魔法より一つ格上の魔法をぶつけてきた。
私のプライドを弄んだのよ。
帰ってきたらただでは済まさないわ。
「どうしたニーナ。食欲ないのかい?」
「いえ、お父様と食事ができて嬉しくて!」
お父様は南のギルドの星8魔法使いの風帝。
風属性魔法使いに与えられる最高の名前だ。
ゆくゆくは私たちの誰かがその名前を継ぐ。
いや、継ぎたいと思っている。
帝の称号は、ギルドマスターの意思によって別の者に移る可能性がある。そのため私達は風属性の頂点であり続けるために、幼い頃から魔法の技術向上に勤しんでいた。
その結果、私は魔闘祭の本戦出場を決めた。
行って当然と思っていたが、嬉しかった。
まさかクラフトも出場するとは思ってなかったし、まさかクラフトに負けるなんて夢にも思わなかった……
屈辱的だけど、あいつの実力は本物だった。
優勝した会長といい勝負していたのだから当然の評価。それでもあいつを認めないのは、今この時もへらへらしているナイル兄様くらいだろう。
「いやー英雄候補は流石でしたお父様。お兄様たちも見てました? 俺けっこー競ってましたよね?」
あんな無様に負けてよく言うわ。
無様といえば私もドロシー姉様もだけど、
姉様はずっと喋らない分兄様よりマシね。
「――皆、少しいいか?」
と、お父様が食事を止める。
視線がお父様に集まる。
「今この場にいない、クラフトの件だ」
それを聞き、ナイル兄様以外は顔を伏せる。
何を追及されるのか分かってしまうから。
私達の様子から、
お父様はすでにきっと何かを読み取った。
けれどそれを聞くことはなく、
淡々とした口調で続ける。
「ギルドマスターから正式にクラフトの〝隊所属〟打診が来た。星1の、一年生としては異例中の異例だ。名誉あるお話だよ」
隊所属打診――つまり五ツ星のお兄様たちみたく、星7以上のギルド員を隊長とした精鋭部隊へのオファー。
実力者だけが所属を許される場所。
勝ち組への推薦状。
「あるいは英雄候補のヨハン君を軸とした新しい隊への所属も同時に打診された。いずれにしてもクラフトは、あの歳でギルドの中堅クラスの実力があると、ギルドマスターに評価されたということになる」
「たいへん名誉なことだと思います」
お母様が笑顔で相槌を打つ。
表情には出てないけど、額に汗をかいてる。
お母様も理解してるんだ。
落ちこぼれだと思って見限り、蔑んでた子供が、
本来は家の将来を背負って立つ金の卵だった事を。
落ちこぼれで終われば問題はなかった。
できそこないは淘汰されるべき存在だもの。
お父様はにっこりと笑みを浮かべ、
ゆっくりと手を叩いた。
「よくぞあれほどの魔法使いに育ててくれた! 流石は私の愛した妻と子供たちだ。私も鼻が高い!」
お父様はひとしきり拍手した後、
「……して、クラフトは何故ここに居ないんだ」
と、続ける。
「私はそれをクラフトに伝えようと思って治療室に行ったんだ――そこであの子と色々話したよ」
冷たい瞳が私たちに向けられた。
まるで魔物を見るような侮蔑した目。
「あの子はグリーン家を出るそうだ」
「なっ?! なにを馬鹿な! ここまで育ててもらった恩義というものを感じないのか、あいつは!」
ナイル兄様が憤った様子で立ち上がる。
しかしお父様は兄様の言葉など全く聞こえていないかのように、再び淡々と続ける。
「あの子が受けた仕打ち、言葉……全部聞かせてもらった。弁解などあれば聞く、しかし言葉は間違えるなよ?」
針で刺されるような、魔力による圧力。
私達は誰も口を開かない。
「今やギルドでは英雄候補に肩を並べる期待の新星として、様々な部隊があの子を引き入れる準備をしている最中だ。ゆくゆくはあの子が〝風帝〟の名を継ぐかもしれない――しかしもう、あの子はグリーン家の人間ではなくなってしまった」
これがどういうことかわかるか?
と、目を伏せたお父様は静かに怒っていた。
私達は自分のイライラを反撃のできないクラフトにすべてぶちまけていた。クラフトはただの一度も文句を言わず、耐えてきた。
「この場で全員を追放しても良かったが、それでは生ぬるい。お前たちにはこのまま、弟を蔑んできた家族としてこの先永劫罪を背負って生きていくんだ。もちろん、私と共に」
お父様はそう言って金属器に手をかけた。
ずっと遠くの存在だったお父様。
今こうして一緒にいるのに、
以前よりもっと遠くに感じてしまう。
「さて、食事を再開しようか」
その後、
私達の食事が減る事はなかった。
◇◆◇◆
side――???
私の見間違いではなかったようだ。
対面に座る北のギルドマスター……ジェイドもまた、あの一瞬の変化を見逃してはいなかった。
校長室の次元を変え、不可侵の空間を作る。
「この空間は現世とは隔離されている。外に会話が漏れる事もないだろう」
私の言葉に、安心したように頷くジェイド。
幾千もの戦を駆け抜けてきた戦友の彼も、
今回だけは動揺を隠しきれていない。
「見たか、あのボウズの髪色」
「ああ。私も確かに見た」
少年が魔紋を発現させたと同時に変化した髪色。
あれはまさしくあの時の――
出生から何から調べられるものは調べた。
彼は紛う事なき風帝の息子だ。
辻褄が合わない。
本来ならば有り得ないことだ。考えすぎだ。
とはいえ本当に彼が〝あの時の子供〟ならば、
最後の子供が見つかったことになる。
喜ぶべきか嘆くべきか、
今はまだ判断が付かないが……
「まだ確証は持てないが、可能性の一つとして留めておこう。場合によっては〝スカイン〟にも助言を求める必要があるだろう」
「隠居野郎か……久々に会いに行ってみるか」
手紙の返信はあるから生きてはいるはずだ。
剣の修行へと消えたもう一人の戦友の顔が浮かぶ。
スカインよ――あの時の私達の判断は間違っていたのだろうか。あの子供がこの世に再び現れたのは、我々を滅ぼすためかそれとも……
校長室の次元を戻し、出ていくジェイドを見送る。
「……」
ローブの袖をめくり、〝手〟の跡が露わになる。
今にして思えば、校長としてこの魔法学校を設立したその日から、運命は既に動き出していたのかもしれないな。
二章完結です
三章は構成が固まり次第投下します。
よろしくお願いいたします。2018/07/05




