本気を出してきた元落ちこぼれ10
準決勝第一試合。
クラフト・グリーンvsバーグ・コルノー
数ヶ月前までのクラフトを知っている人からすれば、準決勝がこんな組み合わせになるなんて予想だに出来なかっただろう。
かたや学校最強の男。
かたや攻撃魔法が使えなかった落ちこぼれ。
その上すでに、準決勝に進出した生徒達は代表五人に入っている。つまり、クラフトは後日行われる北と南の学校代表戦の出場権を得たことになるわけだ。
一番強い取り巻きを倒し、
馬鹿にしてきた姉を倒し、
非公式だが英雄候補も倒した。
出来過ぎなくらい上出来だ。
その上会長を倒して決勝でも勝って――なんてトントン拍子に進めば、僅か数ヶ月の特訓だけで学校最強の称号を得たことになる。そんなヌルゲーは会長が許してはくれなそうだが。
とはいえ、これでもう誰もクラフトを馬鹿にする人はいなくなるだろう。
「おや、最初から魔装かい?」
腕組みをして余裕の表情を見せる会長。
会長相手に様子見の中途半端な魔法はいらない。
最初から全力で叩くだけだ。
試合開始――
その合図と共に、風貫きを展開。
魔装によるブーストが働き、威力が格段に上がる。
「魔装、使わないんですか?」
「君にとって何をすれば一番の起爆剤になるかなぁと考えててね。でも決めた――」
金の瞳が揺れ、放出された魔力が衣を形作る。
その黒の衣の背の部分に丸い紋章が現れた。
イキナリ魔紋まで発現かい……
丸の紋様は〝感知系〟の証。
マルコムの使った霊獣系とは違い、
魔装自体には全く変化が起こらない。
強いて言うなら、
その瞳にも同じ紋様が現れた事か。
「僕の見立てでは、君にはもう中途半端な指導は必要ないと思ってね。一番君のためになるのは〝魔紋を操る格上の魔法使い〟との戦闘経験なんじゃないかと結論がでたよ」
「それは、どうも」
自分を格上だと語る会長。嫌悪感がないのは、それだけ俺自身も認めているからだろう。
しかし、学校最強の魔法使いが単純な感知系魔紋の使い手とは意外だ――例えば霊獣系の破壊力は他を凌駕するし、魔法強化系は文字通り魔法の威力が格段に上がる。それこそ希少系などは特別に強いものがあるとも聞く。
感知系は直接的に身体能力や魔法威力の上昇はない。つまり、その分を凌駕する何かがその魔紋に備わっていると考えたほうがよさそうだ。
「考え事かな?」
「ッ――!?」
咄嗟に辻風でその場から逃げる。
なんだ? さっきまで目の前にいたのに……
辻風は空気の圧縮膨張による爆発移動であるため、その場にいると軽い爆発に巻き込まれる。しかし、会長はそれを知っているかのように避け、余裕の笑みを浮かべていた。
レイレイを瞬殺した時の魔法だろうか?
気配もなく音もなく瞬間的に移動するなんて。
会長がその気ならさっきすでに倒されていた。
俺との試合はすぐに終わらせる気はないらしい。
やろう……
「ダメだよ、試合開始したら集中しなきゃ」
会長の言う通りだ。
風をフィールド全体に通しながら、
会長の今いる場所を把握する。
指一本動かしたら風の動きが変わる。
ここからは奇襲も全て予防できる。
「ふふ……面白いじゃないか。器用さならレイレイ君に勝るとも劣らないね」
「何がおかしいんですか」
楽しそうに笑う会長。
風のフィールドは俺の魔力によって引き起こされているため、鋭い人ならすぐにでも分かるだろう。しかし対処法なんて――
風向きが、あれ?
「風を操って僕の場所を常に把握する魔法索敵か。場合によっては下手な感知系魔紋の使い手よりも応用が効きそうだね。勉強になるなぁ」
なんで全部バレてんだよ!
会長を360°囲む形で風貫きを生成するも、
その周囲すべてを焼き払う火柱が現れ未然に対応される。
この人嫌だ、何もさせてくれないじゃん。
まるで全部を知ってるような戦い方。
まさに〝全知〟か。
「こっちからも攻めるよ」
会長が魔力を纏う。
地面を伝って俺の足元――土属性か。
飛翔によって風に乗り空へ逃げる。
が、
「!?」
なんで? なんで今俺は地面に?
まるで重力が何倍にもなったような感覚。
突風を真上から真下に発生させたのか。
地面を伝ってきた魔力はブラフだ。
風の魔法使いに風で挑むとは燃えるじゃないか。
俺は上からの突風をドーム状に受け流す形で風を操り、自分が立てるだけの場所を確保する。
「君はまだ魔紋を発現させてないみたいだ。でもそれはキッカケを与えてあげればすぐに掴めるよ」
会長が手をかざす――と、俺の視界が暗転した。
◇
「やべえ、捕まった」
多分これメナス・ナイトメアだ。
何もない真っ暗な空間で俺はひとりごちる。
メナス・ナイトメアは闇属性魔法の五階級にあたる幻術的な魔法で、うまく決まれば相手を昏睡状態に陥れる事ができる(クラフト知識)
ここに囚われて思ったことは、
「なんだこの露骨に成長イベント発生しますよ的な空間」
である。
いやいや、俺はただの主人公キャラの取り巻きだ。
イベントが発生するならヨハンかマルコムだろうが。
まるで主人公が戦闘の最中、属性の神やらなんやらに誘われて力をもらい、戻ったら時間が経ってなくてその力で勝つ――みたいな。
この世界にも属性神みたいな存在はいると信じられている。魔法詠唱の頭に〝〜を司る〜の子〟みたいな文が入るのは、それが影響しているためである。
本当は神なんていないけどね。
だって風はそのまま風としてそこにあるもん。
神様に頼まなくても扱えるもんね。
『その神には祈らなくて良いのである』
「!」
空間全域に響くような声。
声がした方向へ反応してみれば、
そこに〝王様〟を彷彿とさせる人物が立っていた。
長いマントと王冠……顔はなぜか、黒のモヤがかかっていて確認することができない。
身長はよく分からんが六メートルくらいある。
どこから現れたのか、まるで最初からそこにいたかのようにその王様は立っていた。
「神様?」
その男を見るなり、
俺はその人が〝神様〟だと思っていた。
第一印象で王様だと思ったのに、
俺の直感が神様だと告げている。
というか、マジで強化イベ来た?
『お主が思い描くソレとは違うが、近い存在である』
淡々とそう答える王様は、身の丈ほどある剣を足元に突き刺すようにして立っている。
「である口調は癖である?」
『儂は元来こういう口調である』
癖らしい。
なんとなく老いた姿をイメージできる。
『儂が与えた力をまだ使いこなしていないようであるな。代償は払ったのであるから、遠慮せず使うのである』
「力って、なんですかね」
完全なる強化イベントですね。
しかも自称神から力の譲渡とかヤバすぎぃ。
『物覚えの悪い契約主であるな。ならばこれを受け取るが良い』
そのまま、王様の手から出たまばゆい光が俺の体を包んでいく。
わあ、なんかゲットした。
今のところ体に目立った変化なし。
『契約には代償が必要。儂との契約は既に成立しているが、残りは別である……間違えるなよ』
そう言って王様は踵を返し、
暗闇に溶けるように消えた。
いちいち意味深すぎる。
誰なのかを聞きそびれたな。
契約が何なのかも知りたかったのに。
クラフトと俺との繋がりに、
あの王様が関わっているのだろうか?




