本気を出してきた元落ちこぼれ9
side――??
職員たちが慌ただしくしている。
俺も正直目を疑ったくらいだ。
魔闘祭の本戦に出場した生徒の中に、
全くのノーマークだった生徒がいたのだから。
注目していたのはもちろん英雄候補として生まれてきたヨハン・サンダース。彼をどこの隊が獲得するか、もしくは彼を隊長とした新しい隊を作ろうか――という会議はこれまでもされてきた。
バーグ・コルノー
ヴィクター・クロード
ベルビア・バートランド
レイレイ・カールトン
この四名に関しては、既にギルドの精鋭隊に所属することが決定しているため、仕上がりを確認する程度だった。
しかし、
グリーン家の四男、クラフト・グリーン。
ミリセント家の長男、マルコム・ミリセント。
この両名は全くの無名と言っても過言ではない。家の大きさではなく、個人の実績だけで見ると、である。
クラフト・グリーンは風属性魔法使いの名家に産まれ、類稀なる才能を有してはいたものの、その性格に難があり魔法使いとしての活躍は難しいとされていた少年。
南のギルドに所属する〝風帝〟は魔族討伐隊に参加しているため、多忙につき十数年間ほとんど家に帰れていないようだ。
近年の魔族の動きは無視できない。家庭を持つ彼らには申し訳ないが、任務から下ろすわけにはいかない。
そのような理由から、
彼から息子の情報は得られなかった。
グリーン家の長男と次男は四男の事をよく知っている様子だったが――彼の才能の開花についての情報は得られていない。
そしてマルコム・ミリセント。
ギルド登録時の彼の属性は〝特質属性〟となっていたが、例のごとく魔法は一種類しか使えなかった。それでもめげずにコツコツと星3まで上げていたのは耳にしている。
しかしどうだ、まるで別人ではないか。
学生の段階で魔装を会得する生徒は少ないが居る――が、あの完成度を出せる生徒は、それこそ北生統に所属する彼等くらいのものだ。
その上、マルコムに関しては魔紋を発現させた。
魔紋は六階級に位置する高位の魔法。熟練ギルド隊員でも使いこなせる者はそう多くはないのだ。
あの人材、新設する隊にほしい。
幸いにも二人ともが北ギルド所属だ、
勧誘も簡単に通るだろう。
「どこへ? ギルドマスター」
「なあに、ちょっと治療室の少年と話してくるだけだ」
まずはあの黒髪の少年からだ。
北も南も、今期の生徒は粒揃いだな。
◇◆◇◆
side――ヨハン
強い、そして巧い。
ウェイン君の動きは正に洗練されている。
格闘術一つとっても隙が少ない。厄介だ。
それ以上に、全力でぶつかってきてくれる。
僕は戦闘が好きではなかった。
誰も全力で戦ってくれないからだ。
皮肉ではない。自分が英雄候補と呼ばれているのは知っているけど、それゆえに全員が僕に気を使う。それがたまらなく嫌だった。
戦闘するたび、
僕の視界が灰色になるような感覚に包まれる。
この感覚はわかる。
無気力だ。
学校生活は寂しくなかった。
入学してすぐに、友達ができたから。
友達は沢山増え、毎日一緒に登下校した。
楽しかった。
充実していた。
でもその友達は別の人と友達になったのか、
突然僕らの輪から去っていく人が多かった。
まるで入れ替わるかのように別の友達ができ、去っていき、友達ができ、去っていき――
僕は気づいてしまった。
彼等は僕ではなく〝英雄候補のヨハン〟と仲良くなりたがっているのだということを。
気づいたその日から、
学校生活も灰色になっていた。
人と繋がるのは好きだ。話すのも好きだ。
それが純粋な気持ちではないとわかっていても、
受け取った物を身につけたりもした。
人との繋がりが絶たれるのが怖かったから――でも心の底で、僕は他人に興味が無かったのだと今なら思う。
クラフト君が酷いことをされていたのも、会長さんに教えてもらうまで気づかなかった。僕が他人に干渉するつもりがなかったから、結果として、彼等の異変に気づかなかった。
それでもクラフト君は僕と一緒にいてくれた。
好敵手だと認めてくれた。
彼との戦闘には鮮明な色があった。
僕を英雄候補としてではなく、
ただのヨハンとして認めてくれる人がいる。
北生統の人達も、クラフト君も、マルコムさんも、
そして――ウェイン君もだ。
「やっぱ強いな」
「でも楽しいよウェイン君」
ああ、相手が本気でぶつかって来てくれる試合はなんて楽しいんだろうか。僕も全身全霊をもって相手をしよう。
ウェイン君は魔装が使えないようだ。
魔闘祭が終わったら皆で特訓したいな。
「これが僕の全力だよ――」
魔装を纏い、光の剣先を向ける。
ウェイン君は黙ってそれを見つめていた。
◇
試合後、僕は彼が運ばれた治療室に向かった。
治療室には沢山の生徒がいて、
そこにはマルコムさんの姿もあった。
僕の方にも一気に視線が集まり、
ひそひそ話が始まった。
女子生徒ばかりだけど……なんでだろう。
「お、ヨハン。試合勝ったんだってな。おめでとう」
女子に揉みくちゃにされながら、
マルコムさんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。マルコムさんも、結果は残念でしたがとてもいい試合でしたよ」
「それについては俺の記憶がほぼ無いから実感がなくてなぁ……」
そう言って、彼は困ったように頭を掻く。
「そうだ、治療室には何しに来たんだ? まさか俺のお見舞いってわけじゃないだろ」
「はい。僕はウェイン君のお見舞いに」
はっきり言うじゃねえかと笑うマルコムさん。
そして辺りを見渡し、首を捻った。
「あれ、たぶんここに運ばれて来てねぇぞ?」
「え? そんなはずは……」
考えてみれば、僕は攻撃の直前までは全力だったけど、ダメージ的には調整したつもりだ。治療室に運ばれるほどでもなければ、普通に歩ける程度だと考えていたけど――なんでだろう。
「ね、ねえ君!」
「はい。わっ! ヨハン君」
その辺にいた一年生に声をかける。
彼がここに運ばれているなら、ここから出て行ったであろう彼の行方を知る人がいるはずだ。
僕の説明を受けたその生徒は、首を傾げながら近くの生徒と何かを話した後、困惑したように口を開く。
「あのぅ……すみません。10組にはそもそも、ウェイン・ボレノスって生徒はいないです。たぶん、ほかのクラスにも」
「え? そんなはずないよ」
「おいおい、じゃあ誰だったんだアイツ」
女子の情報網は凄まじいと聞く。
その上彼女はウェイン君が自分のクラスと言っていた10組の生徒。少なくともウェイン君の言っていることは、その段階でもう間違っていることになる。
どうしてそんな嘘を。
君は今どこにいるんだ?
◇◆◇◆
side――ウェイン・ボレノス
思わず長く居座りすぎたな、またエルロード辺りに怒られそうだ。めんどくせえ。
「何者だ? 人間か?」
いけね、変装したままだった。
俺はヴールハイト特製の変装セットを剥がし、
門番に自分の姿をアピールする。
「ああ、ロブさん。任務お疲れ様です」
「ん。お前も適当にサボっていいぞ」
いえ、そう言うわけには! と、門番から返ってくる固い返事を無視しつつ、俺はそのまま城へと入っていく。
人間の国と違ってやっぱりここは暗くて古臭いから好きじゃない。文明レベルが二つくらい下がってるようだ。これもどうせエルロードの趣味だろう。
俺はそのまま能力は使わず〝王の間〟へと入る。
「ご苦労だったな、ロブ」
玉座に座る青年が、短くそう云った。
例のごとく、周りには数名の腹心が立っている。
「いえ、無駄に時間を費やしてしまいました、魔王様」
「いい――英雄候補とやらはどうだった?」
王の赤色の瞳が揺れる。
あれに見つめられると全て見透かされてそうで恐い。
「見てまいりました。今のところ脅威にはなり得ないかと。しかし、それ以上に力を持った者も何名かおりまして……」
「ほう、面白い。聞かせてみせよ」
英雄候補とやらの偵察に行ってみたが、思わぬ収穫だ。ヨハンは一年生って言ってたが、上級生のほうが普通に脅威になりそうだったな。
魔闘祭の対戦相手、まさか英雄候補が一番強い生徒じゃないってのは驚かされた――少なくとも酒場にいたクラフトとマルコムの方が、英雄候補のヨハンより強いらしい。
それ聞いた時は流石に驚いたぜ。
クラフトがヨハンより強いなんて事は、
本来あってはならないのだから。
あの時のことを言うべきか否か――
「……」
まあ、酒場で盛り上がった話はしなくていいよな。




