本気を出してきた元落ちこぼれ8
side――クラフト
マルコムの体が黒の靄に包まれていく。
それは魔装の時の比にならない規模だ。
魔力はもう尽きていたはず。
全力を賭しても届かない距離。
それが俺たちと北生統との距離。
ビリビリと空気が張り詰める感覚。
黒の靄に大気中の魔力が集まり、それを形作る。
「黒の、狼?」
観客の一人が呟いた。
フィールドにいたのはマルコムではなかった。
針のような黒の毛が靡く。
大地を踏みしめる四肢からは鋭い爪が伸びる。
牙も尾も瞳も、全てが真夜中のように黒い狼が、そこにいた。
ウォオオーーーン!!!
その雄叫びはフィールドを抉り、
抉れたフィールドから黒の棘が無数に生える。
吸い込まれるような黒色の狼がヴィクターに飛びかかると、ヴィクターの表情が初めて歪んだのが見えた。
「ぐッ……コイツ、」
ピシリと音を立てる。
ヴィクターが纏っていた魔力が割れる。
両腕を前足に押さえつけられ、その巨大なアギトで噛み付かれるヴィクター。完全に形勢が逆転しているように見える。
まさかアレは――
「驚いた。魔紋を発現させるなんて」
俺の横にはいつの間にか会長がいた。
「あれが魔紋ですか?」
「間違いなく〝霊獣系〟の魔紋だね。まぁ暴走状態だけど」
会長は物珍しそうに試合を見つめていた。
〝魔紋〟
魔装を極めた者だけが辿り着ける境地。
魔紋が浮かび上がるとオーソドックスな魔法とは別の特殊な能力が備わるといわれている。
大まかな能力はその形から判別することができ、例えば相手の何手先までを見通す力だったり、強力な効果の付いた武器を取り出せたりと――要するに超能力めいたものが目覚める。
魔装発現時に魔紋が発現すると、背中には大きな紋様が描かれたデザインになり、紋様の周りを魔法陣がゆっくり回転するような状態となる。
そして魔紋の種類と形は、
※【】内は種類。《》内は魔紋の形。
【回復系】《例外なく何かが十字になっている》
体力の回復・魔力の回復・欠損部分の回復、また回復系魔法や結界魔法が大幅に強化される。
【霊獣系】《獣のような形》
体がその霊獣に置き換わる。ある程度の魔法を弾くことができ、身体能力が格段に上がる。
【魔法武器系】《その武器の形に依存》
霊獣系ほどではないが身体能力が上がり、例外なく特殊な攻撃が使えたりする。破壊されない限り魔力は体に戻るため非常にコストパフォーマンスに優れる。
【封印系】《卍》
魔力の封印、魔法の封印、魔装の封印、魔紋の封印、身体機能の封印など。
【感知系】《丸に囲まれている》
洞察力の強化、敵の動きを何手先まで読んだり、誰がどこに何人いるのかなども知ることができる。
【魔法強化系】《逆三角形に囲まれている》
魔装で得られる魔力量を底上げし、発動される魔法も大幅に強化される。
【希少系】《それらに当てはまらない形》
クラフトの知識としてだけ知っている魔紋。
まさかここで発現するなんて……マルコムってば主人公すぎないか?
暴走状態はまだ操りきれていない状態といえる。
恐らく彼は本能のままにヴィクターを襲っているだけ。
そこに戦術や戦略性はないものの、あの鉄壁のヴィクターに傷を負わせたのを見るに、攻撃能力が飛躍的に上昇しているのが見て取れる。
「これは面白いことになったね」
「これ、もしかしてヴィクターさんに勝てますか?」
「どうだろうね。暴走状態だと魔紋もなかなか長くは維持できないだろうし、それに――」
そう言ったところで、会長は口をつぐむ。
目を輝かせて試合に夢中になっているようだ。
黒の大狼が走る度、攻撃する度、
その地面から大量の黒の棘が生えてくる。
それらはヴィクターの鎧を貫き、
確実にダメージを与えているように見えた。
「お。ヴィクターの奴……」
会長がさも驚いたように呟く。
ヴィクターの体の周りに魔力が集まっていく。
魔装か――
ヴィクターの魔装は視覚化できる鎧だった。
先ほどまでの彼は体そのものが硬化しているような見た目・印象だったが、魔装によって、ビジュアル的にも鎧を纏ったようだ。
黒の大狼はお構い無しに飛びかかる。
ヴィクターはその巨大な狼を片手一本で止め、グシャリと手に力を込めると、狼は悲痛な叫びをあげながら地面に倒れこんだ。
魔装一つでこれだけの戦闘力上昇か……
もはや形成は逆転していた。
続くヴィクターの拳を、大狼は避けられない。
ズドンッッ! という、物凄い音と地鳴り。
フィールドは大きくひび割れていた。
ヴィクターの拳の下に、大狼が力なく倒れている。
そしておびただしい量の黒い靄が大狼から抜けていき、そこには気絶したマルコムの姿があった。
観客席からはワッと大歓声があがる。
今回の試合は、先ほどの会長vsレイレイに勝るとも劣らない内容だったからな。見た感じのインパクトはこっちの方が遥かにでかかった。
自分の立ち位置を掴めただろうか。
成長できる良いキッカケになればいいんだけど。
「お疲れ様、マルコムさん」
俺のつぶやきは、歓声の中に消えていった。




