本気を出してきた元落ちこぼれ5
side――ナイル・グリーン
だてに英雄候補って呼ばれてねぇぞこいつ。
俺の魔法が何一つ通用しねぇじゃねーか。
選抜戦本戦第七試合。
俺はヨハン・サンダースと戦い、そして敗れた。
魔力は尽き、俺はただあいつを見上げていた。
父様と兄様達が見ている手前こんな醜態を晒すわけにはいかなかったが……こいつ、一年のくせにまるで別次元だ。
「流石に強いな、英雄候補よぉ」
全ての属性魔法を操る天才。
一年にして異例の北生統に勧誘された化け物。
いけすかねぇガキだが実力は本物だ。
光る剣と盾を召喚して近づくヨハン。
傷が残らないとはいえ痛みはあるんだぞ。
優男っぽい顔してトドメは刺すのかよ。
「ひとつ聞きます」
「なんだ? 俺に勝てた褒美になんでも答えてやるよ」
やけに冷めた口調でヨハンが続ける。
「あなた達家族もクラフト君を蔑んできたという話を聞きました。それは本当ですか?」
「はぁ? 誰が言ったんだよそんな事」
学校では露骨に態度を変えてないはずだ。
ニーナのやつは心底嫌っているようだが、まぁ十中八九それについて聞いてんだよな、これ。
「会長に聞きました」
「相変わらず恐ろしい男だな」
北生統会長のバーグ。
二つ名は〝全知のバーグ〟
全ての人間の全ての事を知っているとかいう、神話上の生き物のような噂を持つ得体の知れない男だ。あいつと関わるとろくなことがない。
「会長からの伝言です。グリーン家はこの選抜戦中、大きな2つのものを失います。それはもう止められません」
「くっくく。会長さんに毒されておかしくなっちまったかぁ?」
「いえ、僕はただ、それだけを伝える役ですから」
と言い、ヨハンは剣を振りかぶる。
次の瞬間、俺の意識は暗転していた。
◇◆◇◆
side――クラフト
無事に一回戦を突破した俺たちは『ランドルの酒場』で祝杯をあげていた。
未成年だからもちろんノンアル。
中身は20歳なのにノンアル。
客達がガバガバ酒を飲んでいても俺はノンアル。
つらい。
流石に何度もタダ飯食らいはしない。
それに今日はゲストもいるし。
「全員一回戦突破を記念して乾杯しようと思います」
「普通優勝とかでやるもんじゃないか?」
「会長とかヴィクターには勝てないですもん。だから一回戦突破でやるんです」
「僕こういうの初めてだなぁ」
丸型テーブルに三人の生徒。
代表の俺が席を立ち、右手にジョッキ(魔物のツノを削ったような容器だが)を持ち、左手は腰に当て乾杯の音頭をとる。
冷めたような表情で肉を齧るマルコム。
目をキラキラさせているヨハン。
そしてカウンターから俺らにニコニコ笑顔を向けてくる森で助けたおっさん。お店が暇そうなら混ざってもらいたかったが、魔闘祭の影響で大繁盛している。
「それでは気を取り直して……あ、ヨハン君、乾杯する前に飲んじゃダメですよ」
「え?! ……」
「おいこいつ戻したぞ。常識知らずかお前!」
周りが馬鹿騒ぎしているためか、不思議と俺たちもつられて笑みが溢れていた。あとヨハンの非常識な部分が浮き彫りになった。
しばらく談笑していると、追加のおつまみを持ってきてくれたオズボーンさんが、別テーブルに座る男子生徒を指差した。
「あれお前らのとこの生徒じゃねえか? 制服同じだよな。こんな機会だ、いっそ混ぜてやったらどうだ」
俺の背中をバンバン叩きながら戻っていくオズボーンさん。言われた方に視線を移すと、確かにテーブルに一人で座る男子生徒の姿があった。
癖の強い茶色の髪と、すらっと長い足。
ハッキリとした顔立ちは、美少年というより男前と形容すべきか。
店内の様子を眺めながら、
どこか風景を楽しんでいるように見えた。
昼間からひとり酒か?(多分ジュース)
それにしてもやたら絵になる男前だな。
「おーいそこの! こっち来て一緒に飲みませんか?」
俺の声に気付いたのか、
その生徒は席を立ちこちらにやってきた。
「!」
なんだろう、この嫌な感じ。
初対面なのに、こんな感情を抱くのは何故だ。
ナナハやカイエン、家族とはまた違った嫌な感じ。
しかしその感情の正体はよく分からない。
「……いま魔闘祭の一回戦突破記念で飲んでたんです、ささ、こちらへ座ってください」
俺はその感情を顔に出さないように椅子を引く。
生徒はしばらく俺の顔を見つめた後、にっこり笑顔で
「これはどうも、では失礼して」
と、席に座った。
四人がけのテーブルが埋まった。
彼のネクタイは俺とヨハンと同じ青。
というか、ここにいる奴全員イケメンじゃねえか。
クラフトとヨハンは美男子系。
マルコムはクール系。
そしてあいつは男前系。
ホストクラブかな?
ちょっと腹立ってきた。
俺たちの自己紹介が終わると、
その生徒もそれに習って自己紹介をする。
「俺は一年のウェイン・ボレノス。よろしく」
ん? どっかで聞いた名前だな。
「あれ? 次僕と当たる人?」
ヨハンが自分を指差した。
「そうそう。いやーまさか試合相手と酒場で会うなんて不思議な縁だな」
つまみを口に運びながら談笑。
久々だな、この感じ。
こっちの世界では初めてだ。
「ウェイン君は何組の生徒なの?」
「10組。運良く勝ち進めて俺もびっくりだわ」
早速、ヨハンと楽しそうに話し出すウェイン。
なんというか、俺がいうのも可笑しい話だけど、ウェインにはヨハンに媚びるような態度が見られないのが好印象だった。
ヨハンの腰巾着は皆気に入られようと必死だし、ヨハンと対等に〝友達〟やってる奴、いないもんな。
「試合見たけど、全員すっごい強いよねえ。この中で一番強いのは、やっぱり英雄候補のヨハン君?」
「どうだろう。たぶんこの中で僕は一番弱いと思うなぁ」
「は?! ……な、なるほど」
淀みなくそう答えるヨハンに、
ウェインはかなり動揺した様子をみせる。
チラリと俺を見た気がするが、
こればっかりは責められないな。
かたや英雄候補。
かたや落ちこぼれ。
どっちが強いかなど火を見るに明らかだ。
「俺が知る限り、一年生で一番強いのはヨハン君だと思ってたんだけど」
少し困った様子で尋ねるウェイン。
「まぁ一度試合形式で僕が勝ったので、今のところは僕の方が一歩リードですかね」
「は?! そ、そうなんだ」
ゆくゆくはバレるだろうし、
自分からバラしていくスタイルでいく。
信じるかどうかは別だが、
ヨハンがいる前でこんな嘘つく奴はいないだろう。
ウェインはヨハンより俺の方が強いという事を聞き、相当落胆しているようだった。
同じ学年の一番強い人と戦って自分のいる場所を知りたかったってやつだな。わかるよその気持ち、うん。
「ここにはよく来るのか?」
「ああ、店主と縁があってな」
縁といえば縁か。
といっても知り合い方が特殊なんだよな。
魔物に追われているのを助けたんだから。
「こいつらは命の恩人だ!」
マルコムがそう答えると、ちょうど料理を持ってきてくれたオズボーンさんが俺とマルコムの肩に大きな手を置いた。
「そうなんだ。命の恩人か」
ウェインは何とも言えない表情でそう呟き、ジュースを一気に飲み干した。
そういえば、なんであんな魔物が出る場所にオズボーンさんが居たのか聞いてなかったなぁ……今度暇そうにしてたら聞いてみようかな。




