憑依先は落ちこぼれ2
グリーン家から少し離れた所にある森の中で、俺は毎日魔力が空になるまで使う事を日課に特訓を開始していた。
まず基本は魔力量の増加だよね。
異世界転生ラノベの知識が大活躍!
魔力は使えば使うほどその器は大きくなり、継続すれば莫大な魔力を有することができる――はずだよな? 10作品読んだら9作品くらいがそんな設定だった気がしている。
とはいえ、やってることといえば魔力操作による簡単な風の発生くらいか。それを自由に動かせるようになるのが当面の目標だ。
「こんなもんか」
自分の体の周りに薄い竜巻を発生させ維持させる。
たとえ無風の状態でも、初級風属性魔法の『サイクル』などを用いれば風が発生するから、それを魔力で包むようなイメージで制御すればいい。
範囲が広がりすぎないように抑え、それでいて自分にはダメージの無いように調整――これを続けているだけでもかなりの集中力・魔力コントロールが鍛えられているようだった。
さて、次が問題だな……。
「俺の意思だとどうなるんだ?」
誠太郎はクラフトに問いかける。
彼の意識は完全に沈黙しているようだった。
というのもこのクラフトは『攻撃ができない』という、病気とも言える心の病にかかっているらしい。
魔法だけではない。武器や拳を使っても、生物はおろか木に攻撃することすらできないのだ。
故に、カイエン達に暴力を振るわれようが反撃する事すら許されない。そんな相手に平気で暴力を振るう彼等への憎しみが増してゆく。
幼少期の記憶を辿る限り、恐らく学校入学直前までは双子の姉のニーナと同等の戦闘能力だったはずだが……学校に入るまでの彼に何かが起こったのかもしれない。
その辺りの記憶がなぜかすっぽり抜けている。
憑依したはずみで消えてしまったのか、俺にはわからない。
これがトラウマ程度の話なら俺の意思で攻撃することはできそうだが――果たしてどうだろう。
「――うん。できるじゃん、攻撃」
繰り出した拳が木に届くと、
その部分が大きく渦巻き状に抉れた。
意識は俺のものでも、体はクラフトのものだからなんらかの影響を受けると考えていたが……その辺は憑依した時の副産物的なものだろうか。
人体に使えばそれなりに殺傷能力はありそうだな。
貫通力を高めるとどうだろう。
体に纏っていた風を右手に集中させながらドリルをイメージし、先ほどと同じように拳を繰り出すと――ズンッ!! という音と共に、右手が木を貫通した。
「あぶねっ!」
前のめりに倒れてくる木を間一髪で避ける。
木の下敷きになって人生終了する所だったわ……
こんな所で死んでたらクラフトに顔向けできない。
そうだ、これは呪文を用いた魔法ではないから何か技名でもつけようかな。
「……なんも思いつかないわ」
ファンタジー大好きな割に自分の厨二力が低い事を痛感する。最初の風を体に纏うのを『風纏い』、風を手に集中させ螺旋状に竜巻を作るのは『螺旋……』いや、これは色々と問題があるから『風貫き』とかでいいか。
しかし魔法を唱えずともこれだけの威力が出るなら、わざわざ呪文を覚える必要もないから便利かもしれないな。本来は魔力コントロールのための特訓だったけど、思わぬ収穫だ。
◇
学校も家も居心地が悪いとなれば自然と行く場所は限られてくる。
俺はギルド員の証である緑のマントを纏い、北のギルドへとやって来ていた。
『北ギルド』と、俺は呼んでいるが、正式名称はとても長くオーヘルハイブなんたらかんたら+6文字くらい+ギルドといった感じの名前。
単純に国の真ん中にあるお城から見て北の方角にあるから『北ギルド』で、南に位置する場所にあるのが『南ギルド』と俺は呼び名を変えて覚えた。
北ギルドに所属するメンバーは約8万人。
南ギルドに所属するメンバーは約6万人だ。
ちなみに魔法学校も北と南に二ヶ所存在しており、
北の学校に所属する生徒は約3700名。
南の学校に所属する生徒は約3500名だ。
北と南で国が分かれているとかはなくて、単純に北側と南側に重要な施設が2つずつ建っていると考えていいと思う――とはいえ、どっちが上だとかのいざこざはあるらしいが……
ギルドの扉をくぐると、
まさしく『ギルド』らしい景色が広がっていた。
酒場コーナーで酒のつまみをかっ喰らう大男や、複数人で集まって依頼用紙に目を通している人達、そして未成年っぽい人もいる。
今時刻は午後の6時。
この世界にもなぜか同じ原理の時計がある。
学園が終わって任務を受けにくる生徒も多く、真新しいマントを羽織った少年少女が多々見られた。
「よおクラフト。そろそろ来る頃だと思ったぜ」
酒場コーナーで何かを飲んでいた青年が、
軽く手を挙げて俺に声をかけてきた。
癖の強い黒髪に、覇気のない目。
身なりをしっかりすればかなりの美男子。
いつものように爪楊枝みたいなものを噛んでいる。
ヨレたマントには星が3つ……学生にしてはかなりランクが高い方だ。
「マルコムさん、お疲れ様です」
「お? おう、おつかれ」
俺の言葉に少し目を細めて挨拶を返すマルコム。
やば、普段の挨拶と違ったかな。
なんだ? まさかこの一言でクラフトの中身が俺って事に気付いたとかないよな……?
「……ま、いいや。今日も採取系任務でいいか?」
いつも通りの口調で、テーブルに置いてあった一枚の依頼書を俺に見せてくる。
マルコムはクラフトより1学年上の2年生。
なぜ彼と一緒に依頼を受ける必要があるのかというと、それは学校側の規則で決められているからである。
『星が3以下の生徒は、北の学校の誰かと2人以上で常に依頼を受けること。その場合、学年は問わない』
俺たち2人はこれに該当する。
星は簡単に言うとランクで、1から10まである。
学校の生徒は入学と同時にギルドの星1になり、学業と並行して依頼をこなしながら星を上げていく必要があるらしい。
ではなぜ入学したてのクラフトと、
かなり高ランクであるマルコムがペアになったのか――それはひとえにマルコムがクラフトを相棒として指名したからに他ならない。
気合い十分でギルドから出て行く生徒数名を横目で見ながら、ちょんちょんと指差すマルコム。
「あいつらこれからランク3の『カエ・ウルフ』の討伐に行くんだとよ。なんで面倒くせえ討伐任務なんて請け負うのかねぇ」
と、マルコムはせせら笑うように言った。
マルコムは『わざわざ危険な所に行く必要はねぇ』とか、『討伐は優秀な奴らに任せるのが一番』とか、あまり野心家ではない性格らしい。
もちろん採取系やお手伝い系も立派な任務だが、やはり生徒の間では討伐系任務が花形であり、やりごたえがあるようで、その点マルコムの考え方と違っている。
そしてクラフトは攻撃ができない。
俺たちの利害は一致していた。




