本気を出してきた元落ちこぼれ4
トーナメントは予想外のスピードで試合が展開されていた。
まず第2試合のホソネvsニーナ戦は、一年生とは思えない魔法を駆使しニーナが勝利を収める。ここはナイルが予想した通りの結果になった。
そして3試合目。北生統同士が激突するという事で注目されていたベルビアvsレイレイの試合は、思わぬ展開での幕引きとなった。
「棄権?」
「らしいぞ。まあ棄権というより、ベルビアが行方不明になっただけなんだけどな」
「行方不明って、大丈夫なんですか? 普通に事件じゃないですか」
「ああそれは大丈夫だ。あの人はよく行方不明になる。主に強い魔物を求めて旅に出るからな」
淡々と語るマルコム。
試合前なのにだいぶ落ち着いているな。
話を聞くと、どうやらベルビア・バートランドという生徒はかなりの自由人らしく、そもそも学校にほとんど居ないのだという。
それなら最初から棄権すればいいのに……予選落ちした三年生が不憫でならない。
そんなこんなでレイレイが不戦勝となり、続く第4試合。遂に会長の闘いぶりが見られると期待していたのだが、なぜかのらりくらりと魔装すら使わず勝ってしまったため何も参考になっていない。
恐らくレイレイvs会長の時に二人の全力が見られるのだろう。それはそれで楽しみだ。
そして現在――試合は第5試合。
フィールドには俺の姉ドロシーとヴィクターが対峙している。
「お前の姉はどんな感じだ?」
「ええと、恐らくナイル兄様と同等程度だと思います」
「そうか。なら厳しいな」
そうこう言っている内に試合が始まった。
ドロシーは素早く呪文を唱え、大小様々な鎌鼬と竜巻を展開し逃げ場をなくしていく。恐らく四階級の魔法で、かなり強力な魔力を感じる。
対するヴィクターは――
「全く効いてないですね」
「……やつが〝鎧竜〟と呼ばれる由縁だな」
ドロシーは御構い無しに次々と魔法を展開していくが、ヴィクターは何処吹く風と、まるでただの向かい風を体に受けているように何の抵抗もなく、ゆっくりと前進していく。
どんな硬度してんだ?
ダイヤモンド並みの肉体とかやばくね?
追い詰めていたはずドロシーは、その攻撃魔法全てが通用しないことにより追いつめられ、とうとうフィールドの端で捕まった。
ヴィクターは女相手にも容赦なく、首を掴んで持ち上げ――ボキンッ! という音と共に、ドロシーの首が前のめりに倒れた。
ドサリと落ちたドロシー。
魔法結界が崩れると、その傷は無くなったが意識は失っているようで、カイエンのように治療室へと連れて行かれた。
グッバイドロシー。
そして圧倒的だ、ヴィクター。
「マルコムさんは次勝っても相手は彼ですもんね。ご愁傷様です」
「それを言うならお前も次勝ったとして、相手は会長か魔力53万のレイレイだぞ。たいして変わらない」
確かにそうだ。次のニーナまでが、俺の知る一般的な魔法使いとの戦い。その次からは異次元の化け物との戦いになる。
マルコムが立ち上がる。
次の試合が彼の出番だ。
「行ってくるよ」
「はい、応援してます」
ひらひらと手を上げながら、面倒臭そうにフィールドの方へと歩いていくマルコム。対戦相手は火属性の魔法使い。さて、どうなることやら。
◇◆◇◆
side――マルコム
ジェーン・レッドは混沌の魔女の妹だ。
混沌の魔女といえば南の学校最強の魔法使い。
到底気を緩められる相手ではないな。
「よろしく頼む」
「よ、よろしく」
顔が赤いのは火属性ゆえか?
それとも別の理由か。
惚れた腫れたはもうごめんだ。
試合開始の合図に合わせ、ジェーンが素早く呪文を唱える。俺はクラフトみたいな反則技は使えないから、予選と同じく純粋な火力で押し切る。
空中に黒剣を10本作る。
観客が物珍しさに沸き立っている。
初めて見る魔法だろうからな。
マトモな魔法が使えるようになるなんて、まさか思ってもみなかった。
俺の属性はタンソ? とかいう未知の物質を操る能力だとクラフトは教えてくれた。その未知の物質が、生物にも空気中にも存在することも教えてくれた。
俺の人生は変わった。戦う力を得たんだ。
クラフトのお陰で。あいつは恩人だ。
唯一使えた黒剣を出して、体術を鍛えてギルドの下っ端仕事ならこなせるようになった俺を、多くの生徒は見下していた。特質属性など聞こえはいいが、前例がなければその性質を理解することなく、魔法使い生命が終わるケースも少なくない。
「やはり火によく燃えるな……」
この性質もクラフトから学んだ。
四方を囲んで振り下ろした剣は、
爆発魔法によって一瞬にして消え失せる。
五階級魔法を無詠唱発動とは恐れ入るな。
「やるじゃないか」
「よく分からない魔法ね、でも相性はいいみたい」
ジェーンは火属性魔法使いの名家出身。そんじょそこらの火属性とは質が違うことは理解している。
腰にさした鉄の剣を二本抜き、
自身の体に身体能力強化を施す。
長期決戦は不利だ。分析される。
俺は一気に相手に向かって駆け出した。
体の周りに魔力が集まる。
俺の体を黒の魔力が包み込み、それは鈍い光を放ちながら輝く黒色の鎧となっていく。更に空気中の魔力・タンソを意識できるようになる。
「ま、魔装?! そんなッ!」
一目で魔装だと見抜くのは流石だ。
しかしコレをいつまでも見せるわけにはいかない。
鉄の剣をクロスさせジェーンに斬りかかる。
「焼けなさい!!」
「!」
俺の足元から、巨大な火柱が天に伸びた。
魔装が溶けるような感覚、ものすごい熱量だ――
数ヶ月前、クラフトが変わった。
クラフトが何者なのかを考えない日はなかった。
ある日を境に、まるで別人のように自分の魔法を見つめ直し、俺の属性の性質まで教えてくれた。誰もが分からなかった俺の属性をだ。
クラフトが何者なのか、俺は聞かなかった。
クラフトという人間に惚れ込んでいた俺にとって、少しの変化など些細な事だ。考え方が変わろうとも、うちに秘めた信念だけは変わっていなかったから。
周りに蔑まれながらも、力強く一人の足で立つあいつが好きなんだ。この気持ちが憧れなんだと気付いた時、俺は自分でも気付かないうちに、ギルドの相棒に勧誘していた。近い境遇のあいつとなら、草をむしるだけの下級任務も楽しかった。
そんなあいつが今、高みを目指している。
俺はあいつと共にありたい。
だから俺も、同じ高みを目指す。
「っえ?! 嘘でしょ?!」
炎の中から飛び出す俺に、
ジェーンは驚愕の声を上げる。
体を金剛石で覆っているから俺の体は無傷。
鉄を〝鋼〟に変え、剣をクロスさせたままジェーンの首元でピタリと止める。
ジェーンの額にたらりと汗が流れた。
「俺の勝ちだな?」
「え……ええ、もちろん降参だわ」
試合終了の合図と共に歓声が上がる。
剣を鞘に収め、俺はフィールドを後にする。
「決勝で必ず」
クラフトと戦う――そのために参加した選抜戦だ。
あいつの目指す先を共に見たい。
俺が望むのはただそれだけだった。




