本気を出してきた元落ちこぼれ3
ちょっと戦闘回が続きます
闘技場のボルテージが上がってゆく。
観客席は超満員。あの中に父や兄達もいるはずだ。
第一試合は俺とカイエンとの試合。
観客席の前の方で、ナナハをはじめとする腰巾着達がカイエンを応援しているのが見えた。
ここからクラフトの成り上がりが本格的にはじめられる……長かったなぁ。
「カイエン君、怪我はもう大丈夫ですか?」
正面に立つ赤髪の男カイエン・フェルグが笑う。
「たまたま選抜に選ばれたくらいでもう強者気取りか? 俺の怪我の心配より、お前の怪我の心配をしたらどうよ」
腕をぐるぐる回しながら、完全に俺を舐めきっている様子のカイエン。普通に考えたら、マグレで15連勝できるほうがおかしいと思うんだけど……まあどうでもいいか。
腰巾着のリーダー格カイエン。
まずはお前から踏み台にさせてもらうぞ。
花火のような魔法が弾け、試合開始が告げられる。
カイエンは余裕の表情で魔力を練り、呪文詠唱を開始した。
「『我、火を司りしエルファの子……業』っ?! っか!?」
例のごとく呼吸を阻害。
今まで俺が散々やってきた技なのに、どうやら彼は対策も何もしてこなかったようだ。苦しそうにその場に倒れこむ。
違うなぁ、
「っ! はぁ、はぁッ」
それで終わるのは違うぞカイエン。
俺は真っ向からお前のプライドを破壊したい。
俺が得意とする〝呪い攻撃〟を見たギャラリーからどよめきの声が上がる。
俺は今日、クラフトを存分にアピールするぞ。
「いくぞカイエン」
「!?」
右手に竜巻を纏い、一気に突き出す。
片膝をつくカイエンへ巨大な竜巻が迫る。
一瞬で彼を飲み込んだその竜巻は、そのままフィールドの端まで伸び、カイエンを魔法結界に叩きつける。
「がっは!?」
なす術なく打ち付けられたカイエンだったが、持ち前のタフネスでなんとか耐える。しかし既に彼の前には、俺の追撃が迫っていた。
4本の風貫きがカイエンの四肢を貫く。
魔法結界の効果で欠損したりはしないが、磔の状態のまま再び魔法結界へと叩きつけられる。
俺はその目の前まで加速し、嗤った。
「これは喧嘩だからよ、抵抗してもいいんだぜ?」
「お前……ッ!」
右手に風貫きを纏い、俺はその頭を貫いた。
◇◆◇◆
side――カイエン
目が覚めた場所は治療室だった。
ここにいるとあの忌々しい大男の記憶が蘇るが、いまはそれどころじゃあねえ。
「あいつ……めちゃくちゃ強えじゃねえか」
なんで攻撃魔法が使えるんだ?
呪いの攻撃も、あれは魔法だったのかもしれねえ。
あいつは風属性で、俺は火属性。
相性からなにから俺が有利だったはずだ。
けれどあの試合、俺は何もできなかった。
ただ一方的に嬲られただけだ。
〝これは喧嘩だからよ、抵抗してもいいんだぜ?〟
いつも俺がやったみたいに、一方的に。
「ちょっとカイエン! なんでクラフトに負けてんのよ!! あんた金でも摑まされたわけ?!」
ナナハが治療室に物凄い剣幕で入ってくる。
やかましい女だ、ヨハンにしか尻尾を振らない。
その後ろにヨハンが見える。
わざわざ試合前に俺の見舞いに来てくれるなんて、どうやらやっと日頃の行いが成就してきたようだ。何としても卒業と同時に英雄候補と同じ隊に所属して、おこぼれをもらう楽な生活にあやかりたい。
ヨハンに聞こえないように、近い距離でナナハと顔を合わせる。
「油断したぜ。まさかアイツ、攻撃魔法が使えるようになってたなんてな。本気を出す前に仕掛けてくるなんて相変わらず汚ねえ野郎だ」
「どうせ次の試合、勝ち進んだ双子の姉に半殺しにされるわよ。クラフトには試合後を狙って上級生五人で囲んだあと、肋骨あたりを何本か折るように指示してあるわ」
そこならバレる事ないわ。と、ナナハ。
こういう所でこの女は悪知恵が働く。
つくづく敵に回したくねえぜ。
「よおヨハン。俺はたまたまダメだったが、お前なら優勝間違いなしだ。自信持っていけよ!」
英雄候補様には優勝して箔をつけてもらわなきゃならねえからな。負けるなんて事があれば、今までの苦労は水の泡だ。
ヨハンは俯いたまま、俺のベッドまで歩み寄り、何かの布の束をドサリと置いた。
「ちょ、これって……!」
ナナハが焦ったように目を見開く。
「これは試合後にクラフト君を襲おうとしていた奴等の制服の切れ端だよ。今はまとめて眠ってるけど。首謀者が君たちというのも、彼等から聞いてある」
上級生五人をまとめて倒したのか?
いや、流石は英雄候補様じゃねえか。
「な……なにを馬鹿な! 俺はこんなの知らねえぞ!」
そうだ、これはナナハが勝手にやった事だ。
この女だけ追放できれば俺の地位も更に上がる。
「君達が日常的にクラフト君に迷惑な行為・暴力行為を行っていたことも聞いた。それに気付かなかったのは、完全に僕の落ち度だ」
「ぼ、暴力行為だなんて! そうよ! あ、あいつはカイエンを倒すくらいの魔法使いなんだから、私達でどうにかできるわけないでしょう!」
「そうだね。彼はカイエン君どころか、僕よりも遥かに強いから」
「え? ま、まさか……」
ヨハンより強いだと? そんな馬鹿な。
それじゃあ次のニーナ戦だって……
ヨハンが体に魔力を纏う。
人が簡単に消し飛ばされるほど濃厚な魔力。
報復に殺すなんて、ないよな? あり得ないよな?
「僕の唯一の友人であり好敵手にこれ以上付き纏うなら――」
ヨハンは冷めた表情を変えないまま顔を上げる。
「僕は君達を潰す」
こんなヨハンは初めて見る。
頭が真っ白で何も言葉が出てこない。
「よ、ヨハン? 冗談よね?」
「まさか。僕は冗談を言わない」
ピンッ! と、何かを親指で弾いたヨハンは、そのまま治療室から出て行った。
「ど、どうするのよ!? ヨハンとの繋がりがなくなったら、私両親に顔向けできないわッ!」
「ふざけんじゃねぇ! そんなもん俺だって同じだ!!」
軽い出来心だけで、将来の職業を失ったってか?
そんな馬鹿な話があるかよ。
俺は英雄補佐になる男だぞ。
「っざっけんじゃねえええ!!」
ベッドを殴った衝撃で、
ヨハンが投げた何かが落ちる。
ひしゃげた銀色のソレは、
どこか指輪のように見えた。




