力を小出しにするタイプの落ちこぼれ3
更に一週間後――グリーン家。
「納得いかないわッ!! なんでこいつが15勝無敗で選抜入りしてるのよ!! い、意味がわからないわッ!!」
「ニーナ、落ち着いて食べなさい」
ダンッ! と、力強くテーブルを叩き不満を爆発させるニーナを、ドロシーが冷静に止める。
結果、グリーン家の選抜戦成績は、
ドロシー 14勝1敗
ナイル 15勝
ニーナ 15勝
クラフト 15勝
となっている。
こう見ると優秀な子供達だよなぁ。
「あんた! 不正してるならいい加減にしなさいよねッ! 未だに一回も魔法使ってないの知ってるんだからッ!」
ニーナの激昂も理解できる。俺はとうとう最後まで、呼吸を阻害するだけで全勝してしまったのだから。
お陰でマルコムが言っていた〝禍風〟とかいう痛い名前も定着してしまい、その上人気者になるどころか気味悪がられてしまう始末――本当に悪かった、クラフト。
「いいじゃないの、汚名返上ということにしておけば。グリーン家は結果が全てよ」
「でもお母様ッ!」
「お料理が冷めるわよ」
ニーナはむすっとした表情で、フォークで刺したプチトマトを口に入れた。ハムスターみたいな顔で俺を睨み続けながら。
「それよりもドロシー。あなた一回負けたようね。それはどう説明してくれるのかしら」
「仕方ないじゃないですか。相手が悪かったんですから」
目を瞑りながら淡々と問い詰める母。ドロシーは不貞腐れたように、魚の身を口に運ぶ。
「確か剣帝と当たったんだってな」
「あのクソチビ女、デタラメだわッ」
ベルビアって人は女なのか。北生統の生徒という時点で、その実力はお墨付きだろう。化け物って言われてたしな。
とはいえ、俺もナイルもニーナも、そして一敗したドロシーも選抜戦本戦出場が決定している。一学年では他にヨハンも決定しており、二学年ではマルコムも無事に決定したそうだ。
予選はあっさりだったが、面子からして本戦は激戦になるだろう。マルコムと当たればお互い全力は免れないし、一番弱そうなのはナイルかニーナだろうな。
「どんな不正してるか知らないけど、本戦で当たったら一瞬で切り刻んでやるわ」
口いっぱいに頬張りながら脅すんじゃない。
母が何か思い出したかのように手を叩く。
「そうそう、本戦はお父様とお兄様二人も観に来るそうよ。もちろん勧誘目的でしょうけど、恥じる事のない試合をなさいね」
「へぇー、お父様も来るんですね」
ナイルの反応を見るに、父はこういう行事にすらほとんど姿を見せないのだろう。クラフトの記憶には父の記憶がないので、どんな顔をしてるのかすら不明である。
イメージは偏見の強い頑固オヤジだが――さて、どうだろう。
◇
食事後、俺は偵察目的で訓練所に来ていた。
本戦前の追い込みをやっている出場者がいれば、どの程度の実力なのか・魔力がどの程度なのかを先にリサーチできるため、ある程度アドバンテージが稼げる。
ただし、北生統の人達が居たら即帰宅する。
暴力巨漢に見つかったらシャレにならん。
「お、いるいる」
例によって例の如く、俺は入り口の扉から中を覗いた。中には二人の生徒が居るのが見える。
片方は間違いなくヨハン。
輝く黄金色の衣のようなものを纏い、一目で「魔装の練習をしてるんだな」という事が分かった。
魔装とはすなわち〝魔を装備する魔法〟で、あのようにマントや衣やローブのような形で具現化するのが特徴的だ。色はその人の属性に依存する。
「定着が甘い」
その向かいで指導しているの女生徒。
黄色のリボンは二学年の証。
ヨハンを指導できる生徒となると……以前の会長の言葉から鑑みるに、彼女こそ化け物の一人〝レイレイ・カールトン〟だろうと推測できる。
グラボブレイヤーの髪型で、髪色はダークグレイ。
顔が可愛い上に、胸もそこそこにデカい。
ただ〝死んだ魚の目〟という表現がぴったりなくらい、目に精気が無いというか、死んでいた。
あの人が魔力53万か。
美人にマンツーマンで特訓とか正に主人公。
俺なんてずっと男とマンツーマンなんだぞ。
「参加してもいいよ、クラフト君」
「っうお!」
不意に背後からかけられた声に思わず身構えると、そこにはニコニコ笑顔の会長が立っていた。
ヴィクターかと思ってビックリした……
「参加していいのに。なんで遠くで見てるだけなんだい?」
「参加って、無理ですよ。俺あんな魔法使えませんし」
会長の言葉に、完璧な演技で乗りきる。
普通に考えて、わざわざ手の内は明かせない。ただでさえ魔力量から経験値から、大きな差があるのだから。
「ん? 使えるよね、魔装」
「へ?」
内心焦る俺に対し、会長は笑顔を崩さない。
「魔装使えるのを隠してた? だから予選は相手の窒息を狙って、実力を隠すために最小限の魔力消費に抑えてたの?」
ちょっと待って、何言ってるんだこの人。
何もかも見透かされてる? なんで?
会長はそのまま「まーまーまー、入って入って」と俺を無理矢理に訓練所へと押し込んでいく。ヨハンとレイレイらしき女性がこちらへ気付く。
「あ! クラフト君!」
「……だれ?」
「この子は北生統に入る予定のクラフト・グリーン君だ! 仲良くしてあげてほしい」
ヨハンにレイレイに会長。
逃げるのは既に不可能。
「ど、ども」
そして超アウェイで気まずい。
女の人にずっと観察されてるし。
「紹介遅れたね。ヨハン君はもう知ってると思うけど、この人は会長補佐のレイレイ・カールトン君だ。魔法の天才だよ」
「レイレイです。よろしく」
会長からの紹介を受け、挨拶をしてくるレイレイ。
組んだ腕はそのままに、俺の顔を見つめている。
「それじゃ僕も指導にまわるから、二人はここで魔装を発現してみせてよ。明日からの選抜戦できっと役に立つはずだ」
「はいっ!」
ニコニコ笑顔で言う会長。
ヨハンはそれに元気よく答える。
彼はおそらく自分が不利になるとか、そういう感情を一切抜きに話しているんだろう。俺達なんて眼中にないとも解釈できるが……
しかしここまでバレていたら誤魔化せんか。
マルコム以外の人に見せるのは初めてだな。
ビリリッ! と、空気が張り詰める感覚。
膨大な魔力が空間を包み、ギュッと凝縮される感覚――隣でヨハンが魔装を発現させたのだ。
「おお、ヨハン君の魔装は金ピカでカッコいいな! それに良く定着できてるじゃないか」
「魔力が漏れてる。集中が足りない」
「レイレイ君は厳しいなぁ」
と、北生統の二人がヨハンの魔装を見ている間に、俺も魔力を開放して魔装の準備に入る。
イメージするはローブ。
込める魔力は約7万。
「おぉ、」
「ふうん」
緊張しながらも無事成功。
俺の背中には膝裏まで伸びる緑のマントが、淡い光を帯びながらユラユラと揺れている。
あーあ、手の内見せちゃった。
「やるじゃない。体に良く定着しているし、魔力の漏れも一切感じられない。無駄がないわ」
「お。レイレイ君が褒めるなんて珍しいね」
「私だって褒める事くらいありますよ」
レイレイは俺の魔装を手でなぞるように触れながら微笑んだ。
「彼の方がヨハン君より洗練されてるわ。ヨハン君は足りない部分をセンスでなんとか補っているけど、対して彼はこの魔法の性質を理解している。あなた本当に一年生なの?」
なかなかに高評価で思わずにっこり。
ヨハンは少し驚いていたが、レイレイからの評価を素直に受け止めている様子が伺える。彼はまだまだ成長できるだろうなぁ。
「ようし、じゃあ二人で模擬戦やってよ」
「「え?」」
「そうね。怪我しないように会長と私で結界張ってあげるから、全力でやってみなさい」
どうしてこうなった。
戦ったらいよいよ手の内モロバレじゃん。
はっ! もしかしてこいつら……北生統全体でグルになって最初から俺を分析するつもりでッ――!
「クラフト君、お手柔らかによろしくね」
周りには既に結界が張られ、ヨハンも笑顔で戦闘態勢に入っている。
もう後戻りできないってわけだな。分かった。
「俺が勝ったら、俺を好敵手として認定してもらいます!」
「もちろん! 全力できてよ!」
ヨハンもやる気十分だ。
うし、いっちょやりますか。




