力を小出しにするタイプの落ちこぼれ2
選抜予選が始まって既に一週間。
合計七試合が行われた計算になる。
「流石ヨハンね! このまま一学年の代表も勝ち取って、学校一になっちゃいなさいよ」
ナナハのヨハン上げが聞こえてくる。
例のごとく、俺たちはヨハンの周りに集まっていた。
「俺も初日の欠席がなけりゃあな」
「まあでも6勝1敗なんだから十分じゃない」
カイエンが悔しそうに頭を掻きむしる。
彼はヴィクターにやられた傷のせいで1戦目は不戦敗に終わったのだが、続く2戦目からは全てに勝利し、意外にもかなりの好成績を収めている。
意地が悪いだけで実力はあるんだよなこいつら。
何気にナナハも5勝してるし。
「それを言うならクラフト君も僕と同じく7連勝してるじゃないか」
「クラフトの試合相手は全員が原因不明に倒れて、皆『呪いの力だ』って噂してるみたいよ。ちょっと気味が悪いわ」
7連勝してるのに冷めた目で見られる俺。
気味悪がられるのも仕方ない。その全ての試合、俺は相手の呼吸を阻害して勝ち進んでいるのだから。
「ナナハさん、そんな事言っちゃだめじゃないか。クラフト君に失礼だよ?」
「は? あ、うん。ごめんなさい」
ヨハンに促され謝るナナハ。
口角をピクピクさせながら頭を下げてきた。
怖い怖い怖い目が怖い睨んでる睨んでる。
「あ、見て! ミリセント先輩よ」
「え! 嘘どこ?」「カッコイイ……」
ふと、クラスがざわつき始める。
女子達が騒ぐ方へと視線を向けると、無表情で俺を手招きするマルコムの姿があった。
「クラフト、ちょっといいか?」
俺は女子達から「なんでアンタが?」という視線を受けながらマルコムの方へ向かい、そのまま廊下を歩きだす。
「イキナリ人気者ですね。何があったんです?」
「俺はお前と違って普通に戦ってるんだよ。そしたらいつの間にかこんな状態だ」
一緒に歩いていると分かるが、女子達からの視線が凄い。まるでスターにでもなった気分だが、掌返しを食らったマルコムからしてみれば嬉しくはないだろうな。
「順調に勝ってるみたいですね。火属性相手にも普通に戦えてます?」
「ああ、それも問題ない。今のところ魔装を使う必要もなく戦えてるよ」
炭素属性のマルコムは、俺と同じく火属性に弱い。しかし彼の魔法使いとしての実力は特訓によってかなり底上げされているため、火属性相手にも苦戦する事なく、俺と同じく七連勝を収めている。
女子の反応の差は単に、戦い方の差だろうな。
俺は呪い(という噂)による意味不明な勝利で、
マルコムは真っ向勝負による勝利。
同じ七連勝でもこうも反応が違うとは……
ちなみにほとんどの生徒は俺とマルコムがペアでギルド任務を行なっている事自体、知らないと思う。
「しかしお前、恐ろしい勝ち方で進んでるんだな。俺の学年にもお前の噂は流れてるぞ。〝禍風〟だって」
「なんですかその二つ名。全然かっこよくない」
ちなみにマルコムは〝黒狼〟とか呼ばれてる。
何? 異世界って二つ名を付けるの当たり前なの?
しかも禍風って……定着したら嫌だなぁ。
「まあそれはいいとして、だ。お前に二学年の要注意人物を教えておこうと思ってな。どうせ選抜に残るんだろうからな」
「通用しなくなるまでは、この戦い方で行きますけどね」
なんといっても魔力消費量が抑えられるし、手の内を明かさずに勝てるのは強みだ。不名誉な二つ名は付いてしまったが、これは選抜本戦で挽回すれば良し。
マルコムは「禍風で定着しそうだな……」などと呟きながら、さらに続ける。
「二学年で選抜に選ばれそうなのは、まずお前の兄貴のナイル・グリーン。七連勝中だ」
あのゴーグルの兄も順調に勝ち進んでいるようだ。一学年ではニーナも七連勝中だし、どうやらグリーン家はかなり優秀だといえる。
ナイルは単純にニーナの上位互換だと思えば問題ないだろう。あんな性格だから、ナイルもニーナも、メンタルを崩せばボロが出そうだ。
「次にジェーン・レッド。炎帝の娘で、あの〝混沌魔女〟の妹だ」
「混沌魔女? 誰です?」
「南の学校にいる最強魔女の双璧の一人だぞ? 知らないのか? ……まぁいいか。ジェーンは単純に実力のある火属性魔法使いだ、俺たちの天敵にあたるから注意しておいて損はない」
この二人はまだ常識の範囲内だからいい、問題は――と、マルコム。
「北生統唯一の二年にして会長補佐〝天才 レイレイ・カールトン〟こいつだけは次元が違う」
真剣な表情で言うマルコム。
以前話していた三人の化け物の一人か。
「……戦った場合、勝てる確率は?」
「相手が魔紋を使わなければ、100回に1回は勝てるんじゃないか」
思っていたより絶望的だな。お互い魔装を使っていてもそれだけの実力差があるということか。
「ろくな弱点もない。まあ少なくとも、魔力切れの期待はしないほうがいいって事だけは言えるが」
「そんなに多いんですか? 魔力量」
「53万だ」
「ファ!?」
変な声出た。
530,000とかマ?
フ○ーザ様じゃん。
俺やマルコムは魔力の伸び方こそ物凄いが、恐らくどこかで打ち止めはあると予想している。スポーツ選手の身体能力然り、個人差はあれど無限に高まっていくものではないのだから。
このまま特訓していても追いつけるかどうか……
「ちなみにお兄様の魔力量はいくつか知ってますか?」
「ナイルは33,000だな」
どうしよう、めっちゃ小物に見えてしまう。
いかんいかん、彼は俺の兄貴なんだぞ。
まぁ英雄候補のヨハンが五万だから、妥当といえば妥当。むしろ相当優秀な部類なんだろうが、それにしても上には上がいるんだなぁ……
「三年生はどうです?」
正直言ってレイレイだけでも既に手に負えないレベルなのだが、もののついでに聞いておこう。
「三年でほぼ確定なのが会長のバーグ、鎧竜ヴィクター、剣帝ベルビア辺りか。毎年、残りのふた枠を取り合う形になっているらしい」
単純計算でヨハン十人分の魔力を持つレイレイ。
他の北生統生徒も同じかそれ以上のレベルと考えて良さそうだな。あぁ恐ろしい。
それにしても今の三年生は不憫だな……同級生に三人も化け物が在籍してるなんて。確かドロシーも三年生だったよな。
ぜひドロシーにも選抜入りを果たしてもらい、グリーン家全員選抜入りおめでとうパーティを開いてもらいたい。絶対実現しないだろうけど。
「まぁそんな所だ。どうする? 今日も特訓するのか?」
「もちろん」
これだけ離されていたらまともな試合にもならないだろう。試合後まだまだ余力があるうちに、少しでも魔力を増やしておこう。
◇◆◇◆
side――ナナハ・ロンデルカート
屈辱、それ以外の言葉は思い浮かばない。
全ての魔法を簡単にいなされ、
最小限の魔法で追い詰められてしまった。
トドメさえ一階級魔法だなんてナメてるわ。
「なんなのよ、あんた」
私を見下すように立つのは、
すらっとした長身の男子生徒。
初めて見る生徒だ。そもそも、ヨハン以外は全員ゴミだと思っている私からしたら、覚えている生徒の方が少ないけど――それでもこれほど端正な顔立ち、才能なら噂くらい流れてきてもいい筈だ。
ウェイン・ボレノス
聞いたこともない家の名前。
大貴族じゃない限りはゴミだ。
とはいえ、ゴミにもこれほどの魔法使いがいるなんて――ひょっとしたらヨハンより? いや、絶対それはないけど、可能性を感じるほどの魔法才能を持ってる。
こいつに唾をつけて損はないわ――
「あ、あんた!」
「……つまんねぇ」
凍てつくような視線が刺さる。
ウェインは心底冷めたように頭を掻いた。
こいつ、記録を見ると全勝してる……カイエンの奴はギリギリ入ったみたいだけど、まさか私が予選敗退だなんて。
「お前の組にヨ……なんとかって奴いるよな?」
「ヨハンよ」
ヨハンを知らないっていうの?
同学年で――いえ、学校でも既に十指に入るほどの天才魔法使い。予言の子。英雄候補。私の将来のパートナー。
「それもお前くらいの実力なのか?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 私とは比べ物にならないわッ!」
「だろうな」
自分で言って虚しくなるわ……でも事実。
ウェインは嘲笑うように踵を返した。
気味が悪いわ、あの男。
でも、万が一ヨハンを倒すなんてことがあったら――その時は必ずあいつに乗り換えてやるわ。




