力を隠すタイプの落ちこぼれ4
魔闘祭まで残り一ヶ月を切り、教室の生徒達もかなりそわそわしているのが分かる。
といっても、一年生が覚えたての魔法をいくら使おうとも、恐らく二年・三年生にはボコボコにされる。まさに絶対実力主義な世界と言えよう。
せめて各学年での勝ち抜きでもいいんじゃないかと思うけど、どう考えてもヨハン一強になるだろうし、そもそも現実世界でだって部活の大会なんか学年関係なかったもんなぁ。
そう考えると現実世界も異世界も一緒か。
「るせーぞお前ら。はしゃぐな」
気だるそうな声が響く。
彼は担任のコウ先生。頭に被った黒のバンダナとだらしない服装がトレードマークの男性教師だ。言葉遣いも乱暴で、百点満点のテンプレ男性担任教師像と言える。
ちなみに彼は〝魔法戦闘学〟の担当でもある。
俺は基本的に見学だけど。
担任の登場に教室が静かになる。
ちなみにカイエンだけ治療室で休憩中だ。
「おーし、今日から別のクラスと模擬戦やるぞ。んで、今日からの戦闘成績を元に魔闘祭当日までに各学年〝五人〟に絞るからそのつもりで当たって行け」
教室中がざわめきに包まれる。「今日からもう選抜選手決めるのか?」とか、「今日体調悪いのに最悪……」などと言った言葉が聞き取れた。
全校生徒数3700名で、三学年あるこの学校。
単純に考えても各学年1200人以上いるという。
クラス数も一学年30近くある。
なかなかのマンモス学校だと思う。
そんな理由から、真面目にやると魔闘祭が数十日規模のイベントになってしまうため、ある程度ふるいにかけるのだと考えられる。一ヶ月間ずっと戦闘あるとか色々とキツイだろうしなぁ。
とはいえ、最初は一学年同士の対決ができるのは大きい。同い年の生徒の実力を図るチャンスだ。
「魔闘祭五日前まで、一日一人の間隔で戦ってもらい、最終勝利合計数が上の順から五人選出するからな」
棄権も受け付けてるぞー。と、付け加えるコウ先生。
残り日数から考えて15戦くらいするのか……とんでもないハードスケジュール。持久力も強さの一環と言われてしまえばそれまでだけど。
「それじゃ闘技場に移動するぞー」
ざわつく生徒達など構いもせず、コウ先生はスタスタと教室の扉へと近づく。
そして、
「あ、そうだ」
と、振り返り――
「今日は27組と模擬戦な」
と、付け足した。
「まてよ、27って確か……」
俺は脳内記憶をフル回転させ、そして思い出す。
それが愛し姉――ニーナのクラスだという事を。
◇
闘技場は野球ドームくらいある巨大な施設だ。
聞いた話によると、ドームの入り口には校長先生だけが使える〝次元魔法〟という、名前からして強そうな魔法によって捻じ曲げられ、100近くもチャンネルが存在するらしい。
同時期に三学年全てが闘技場を使って試合するのだから、確かにそれくらいのカラクリがないと運営できないと思う。その運営を可能にする校長すげえ。
その異次元チャンネル機能を訓練所にも付けてくれればカイエンがボコられるは起こらなかったのになぁ……
「おいクラフト」
クラスメイト達が闘技場に入っていく横で、俺は担任に呼び止められた。
「はい?」
「お前どうするんだ? 棄権に入れていいならそうするが」
ぶっきらぼうだが、心配している様子。
彼は俺がクラフトの時から気にかけてくれている――という事を、俺は知っている。見学しても嫌味一つ言わないし、悪い先生じゃないと思う。
でも今回は、
「いえ、出ます」
「え、まじ?」
ポカンとするコウ先生。
無理もない。数ヶ月前(今まで授業見学してたから昨日までだけど)からずっと攻撃できない臆病な少年が、強者はびこる魔闘祭に参加すると言いだしたのだから。
「相手は魔法を使ってくるぞ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「やられたら痛いぞ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「防御魔法じゃ勝てないぞ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
もうこの人絶対いい人だわ。
コウ先生は納得していない顔をしながらも「そうか、わかった」と言い、闘技場に入っていった。
◇
闘技場に入ると、既に27組の生徒達も揃っていた。ちなみに俺たちは8組だが、数字による優劣みたいなものは付いていなかったはず。
冷静に考えて、各クラスの人と試合なら、俺たちのクラスはヨハンと戦う必要がない事になる。これもう半分ラッキーだろ。
逆に相手のクラスの生徒は明らかにヨハンを警戒し、神に祈るようなポーズを取る人もちらほら。
ヨハンと当たらないことを願っているのか。
クラフトに当たってほしいと願っているのか。
はたまた両方か。
俺が遅れて8組の中に合流する際、ひときわ殺気を出している人物と目が合った。
「……」
双子の姉、ニーナ・グリーン。
彼女は文句なしの実力者である。
お腹の中で、姉に才能を全て取られたんじゃないかと揶揄された経験もしばしば。それほど彼女の才能は抜きん出ており、周りからも家族からも期待されている魔法使いである。
ツインテールにした髪が、怒り故に立ち上がるのではないかというくらい、その表情は憎悪に満ちている――理不尽だろ。
「これより、第45回魔闘祭選抜試合一学年の部を執り行います。名前を呼ばれた者は前へ! 設定は〝実践想定〟とします!」
27組の担任らしき人が声高らかに宣言した。周りの生徒達からは、緊張・不安・期待……色々な感情が見て取れる。
実践想定というのは、要するに〝死んだらお終い〟というもの。
もちろんただの試合だから殺し合いにはならない。そのために闘技場には〝ダメージを肩代わりする魔法結界〟が施されており、死亡までのダメージは記録され、その数値に達した段階で試合が終わる。
めっちゃ便利だよね。
まあ異世界だもんね。
「次! ニーナ・グリーン 対 ナナシ・カマセーヌ」
ニーナが呼ばれた。
ニーナ対俺という超ド級イベントは持ち越しらしい。できれば実現したくないけど。
「……ふん」
俺を一瞥し、不機嫌そうに顔を背けるニーナは、スタスタと試合場所へと歩いてゆく。
対戦相手はもちろん俺のクラスメイトなのだが、名前も知らないどころか、明らかにかませ犬な名前で可哀想になってくる。どうか一矢報いてほしい。
「最初の試合はこの10組で行います。他の生徒は見て学び、糧とし、参考にしましょう」
それでは――と、先生が手を挙げる。
「開始ッ!」
魔闘祭選抜試合が始まった。




