新八戸領 その二
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深夜の集会
政栄達、八戸勢が帰領したその日の夜事件は起ころうとしていた。
深夜 根城
爺 「若、起きて下さい動きだしました。」
「そうか、今の今まで待ってみたんたがな、残念だよ。」
「……連絡は既に全員に回っているな。」
「はっ、夕刻から既に連絡済みです。」
「分かったでは山岳訓練をした部隊に周りを囲ませておけ、残りは根城に集合、櫛引城を制圧させる、そうだなあ直参から…大将は工藤に任せる、制圧しても無体なまねはしないよう厳命しておけ。」
「わかりました、直ちに。」
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櫛引八幡宮 境内
櫛引弥太郎 「揃ったか、皆聞け!八戸政栄は我々をこの土地から、陸中の山の中に追い出すつもりだ、先祖代々受け継ぐこの土地はわしらの物、後からやってきた南部家の物では決して無い。」
「奴は戻って軍を解散したばかり、領地に帰ってきて油断しておる、このスキを突き今から根城に攻め入り奴の首をとる!!」
パチパチパチパチ
「いやぁー御高説ごもっともで。」
「なに奴、名を名乗れ!」
「おやおや、カワイイ孫娘の婿の顔をお忘れですかな。」
「貴様、政栄か……ふっ、ハハハ馬鹿か貴様たったそれだけの護衛でなにをしに来た、五十人もいないではないか。」
「そうですね、五十人程度でこの人数を相手にするなんて馬鹿としか思えませんよね、ところであくまでも義理のお爺さん、こんな反乱なんか辞めて話し合ってみませんかね。」
「噂とはアテにならないものよな、所詮はただのガキだと言うことか、誰が今更話し合いなどするものか、掛かれ!掛かれ!!」
「はぁー話し合いを拒否しますか、残念です、……囲め!」
政栄の号令で櫛引弥太郎の周りにいた数十人を除き、そこに居合わせた全員が彼等を囲み武器を向けた。
「さて、五十人に満たない人数でこの人数を相手にするなんて馬鹿としか思えませんよね、どうしますか?」
「貴様、計ったな俺を罠に嵌めたのだろう。」
「言い掛かりは辞めていただきましょう、此方としては最後の最後まで我慢したんですよ、何とか翻意していただけないかとね。」
例えば一揆や反乱が起きようとする時、体制側と反体制側では圧倒的に体制側が有利なのです。なぜなら、一揆や反乱の起きる理由を既に情報として把握できているからです。
政栄は先に櫛引氏が転封になることを情報として知っていたので、櫛引氏が動く遙か前から先手を打つ事ができていたのです。
飢饉や水争いで不満が溜まり一揆や反乱が起きる時、普通に領地経営をして領民を見ていれば兆候を逃さず反乱を初期段階で鎮圧できる、それと同じ理屈です。
「だいたい貴方の反乱を知らせてきたのは息子の清長殿ですよ。」
「馬鹿な彼奴は櫛引城の守りに……」
「櫛引城ならとっくに制圧してますよ清長殿の手引きでね。」
「馬鹿な、お前は戦から今日戻ってきたばかりそんな奸計を仕掛ける時間などあるわけが無い。」
「だから人聞きの悪い事を言わないでもらいたい、私は今回一切の奸計を使っていませんよ、ただ清長殿に貴方が反乱を起こそうとしたら説得して欲しい、説得しても駄目だったら櫛引城に残って反乱に加担しないよう出陣前に頼んで置いただけです。前の根城襲撃の時も反対していたと聞いていたのでね。」
泰造 「それって奸計じゃないの?」
「泰造うるさいですよ、人道に何ら反した事はしていません、私は反乱を煽った訳でも、櫛引氏を殲滅しようとしたわけでもありませんから、まあやろうと思えば何時でもできましたしね。」
「だいたい、私が貴方が兵を集めた時、報せるようにあらかじめ頼んでいたのはたった三人ですよ。それなのに根城襲撃を報せてきたのが百人を超えている時点で反乱なんか成立していません。
残念ながら村人は貴方に付くより新たな八戸領に加わることを選んだんですよ、周りを囲んでいる村人達がなによりそれを物語っています。」
「本来ならここに集まった者は八幡宮の周りを囲んでいる直参で殲滅するつもりだったんですよ、報せてきた者が涙ながらに反乱に加担する気はない必ず皆を説得するからと訴えるのでこんな茶番をすることになったのですから。」
「約束通り周りを囲んでいる者達の罪は問わない、直参の囲いを解くので家に帰るように、ただし今夜の事は一切の口外を禁じる。よいな!」
「……儂らを如何する気だ。」
「最後まで反乱に加担しようとした者は陸中に追放です。貴方はそうですね、如何しましょうか……僧籍に入って娘の菩提でも弔ってもらいますかね。」
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早朝 根城
櫛引清長 「政栄殿申し訳ない、反乱を止める事もできずこのような次第となり。」
「反乱?なんの事ですかな、ああ昨日は大勢で八幡宮に集まって村祭りの相談をしていたみたいですね。」
「政栄殿、それは……」
「弥太郎の爺様は急に娘の菩提を弔うとか言って出家して寺に隠ったとか、これから水沢に転封だというのに家督相続までしなければならないとは大変ですな叔父御殿は。」
「……政栄殿、かたじけない。」
「転封になる所は水沢の湖沼地帯で二百石程度ですが、計画的に水田や畑をつくれば三千石を軽く超える場所です、開拓が軌道にのる十年程の我慢ですよ、勿論約束通り支援しますし、今回あなた方に五十戸ほどの人達が付いて行きたいと申しているとか。」
「本当にかたじけない。」
「それと、叔父御殿の孫を我が家の婿にむかえ櫛引領二百石を相続させるつもりです。まあまだうちは子供すらいませんがね。」
「ですので今回の件は一切口外無用とします、よろしいかな。」
「分かった、政栄殿、誠に感謝に絶えんありがとう。」
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鈴姫 「清長の叔父御が来ていたの?櫛引氏が根城に来るなんて珍しい。」
「ああ、家督を相続するそうだから挨拶にな、これから水沢に転封だってのに大変だね。」
「家督を相続って死んだの?」
「なにを悔い改めたんだか、出家して娘の菩提を弔うってさー。」
「そう……」
「おう、朝飯にしようぜ、今日から新たな八戸領の掌握に忙しいからな、しっかり食べとかないと。」
「朝の稽古がまだ、さあ逝きましょう。」
「うん、それ漢字が間違ってるから、あと俺夜更かししたから遠慮しておくって……なぜ君達は両腕を抱えてるのかな。」
爺 「鍛錬は毎日続けねば意味がありません。」
綾 「辛い時こそ、鍛錬が活きるんだよ。」
「いや、俺は頭脳戦で生き残る積もりなのでいいです。」
鈴 「問答無用。」
爺 「ふむ、知略でこの状況をなんとかできますかな。」
「ハッハッハ爺、俺には新たなしもべが、泰造助けてーヘルプミー!」
爺 「泰造なら、訓練をサボって逃げましたよ。」
「おのれ、あの無能草履取りめ、役にたたんやつ。」
鈴 「さあ逝こう。」
「ハッハッハ、うむ誰が助けてー。」
綾 「ヤレヤレ。」




