陸前 山中の戦い
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氏家定直の決断
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山形城 大広間
【最上義守】 「では、中新田城へ足軽三千の援軍を派遣する、子細は定直に一任する。」
【一同】 「ははっ!」
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山形城城下氏家定直の屋敷
定直は守棟に源五郎を連れて来るように伝言し屋敷に戻って来ていた。
氏家定直…… 話は理解できたが、最上家だけの判断なら殿の判断は正しい、だが南部家はすでに陸前まで侵攻している、この状況が悪化したら……小野寺は南部の遠縁、無理に南部と争う愚を犯すより、共同で最上家を攻める選択をするだろう。既に横手に城を築き不来方との道の拡張も行っている。羽後の準備は万全と見た方が良いだろう。今回の南部の侵攻の結果次第では次の矢面に立つのは最上家になるのでは……
【家人】 「定直様、若と源五郎様が到着しております。」
「うむ、わかった。」
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【氏家定直】 「若様、お呼びだてして申し訳ありません。」
【最上源五郎】 「いや、先程はすまなかった、守棟にも謝っていたところだ。」
【定直】 「若様、皆の目の有るところでは……」
【源五郎】 「わかっている、皆の前ではせんよ。」
定直…… 優し過ぎるのは考え物だな、北上川の伏兵案や今回の策といい将来性は十分過ぎるほど見せて貰っているのだが……元服前なのが残念でならない、この状況で源五郎様を擁立したら専横の謗りは免れまいて。
だがそれで本当によいのか?義守様で最上家を守り抜けるのか?守るだけで生き残っていけるのか?
【定直】 「若様、援軍の子細は殿より任されております、義守様の案の意味は承知しておりますが、もう一度詳しく若様の案と理由をお聴かせ願いたい。」
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【氏家定直】 「なる程、築館宿に急ぎ兵を向かわせる理由は分かりました、それと、忠告の件ですが、大崎の大将は氏家隆継、誘われてる事位わかるでしょう、あの者の性格ですと忠告すれば意固地になるかと。」
大崎の娘婿の黒川が南部晴政の方に出陣してなければな、あの程度の男に二万の軍の指揮をさせるとは、大崎家も人材が少ないのう。
不安も残るが、大崎家の人事に異を唱えることも出来ん、彼奴のことは放置するしかあるまいな。
それよりも築館宿の件だな、最上家だけの都合で言えばこの件は無理をする必要はないが、全体で考えればこの一手は大きい南部の陸前侵攻を阻止できるのだからな、この一手は最上家が指揮して守る事が重要なのであって、騎馬隊を派遣する必要はない、精鋭でないのは苦しい所だが大崎家から借兵して築館宿で伏兵する……派遣する将次第ではいけるか?しかし今残っている最上家の将で適任者は……主だった将は大崎の援軍で出陣しているか、守棟……知謀は認めるがこの場面は武勇が必要だ前線の将は任せられん……仕方が無い最後の奉公となるかもしれんが、私が行くしかあるまい。
【定直】 「若様、私と氏家家の騎馬二百が先行します、大崎家から兵を借りて築館宿で迎撃の指揮をとりましょう、守棟!お前は足軽を率いて中新田城へ向かうのだ。」
【守棟】 「親父……、分かりました急ぎ中新田城へ向かいます。」
【最上源五郎】 「まて、敵は恐らく南部の最精鋭、伏兵したとしても精鋭でなければ……。」
【定直】 「わかっております、援軍が到着するまで持たせるだけ、決して無理するつもりはありません。」
【源五郎】 「……わかった、必ず生きて戻って来てくれ。」
【定直】 「まだ、孫の顔も見ぬうちに死ねませんな、では我々は準備がありますので失礼します。」
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陸前 山中の戦い
石川高信は栗駒山付近から焼石岳方面に向かって後退して現在の石淵ダム湖のある三日月型をした高原で新田盛政と合流した。
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【高信】 「盛政、久しぶりじゃな三陸以来か。」
【盛政】 「ああ、騎馬隊二千援軍に来たぜ。」
「合計九千で約二万に挑むとか、普通ならありえんだろうなあ。」
「なんだ、彼奴から作戦をきいてないのか?」
「手紙での指示じゃが準備は終わっている、かなりの時間をかけて準備したんだぞ……ただこの作戦で負ける気はせんな。」
【高信】 「しかし、なんじゃお前の孫は熊が龍を産むとかふざけるにも程があろう。」
「知らんよ、勝手に育ったんだ、俺に責任はない!」
「ちゃんと教育せんからあんなのに育ったんではないのかの」
「教育はしたさ、大将の心得とか最前線で戦わせたりとかな。」
「なる程だからあんなにひん曲がってるのか。」
「ハハハ違いねえ。」
【盛政】 「じゃあ作戦どうり俺達騎馬隊二千は三日月の弦の中間の山裾に伏兵するぜ。」
【高信】 「ああ、後続が敵を引っ張ってきている、敵の三分の二が通過したら後続に向かって突撃してくれ、それで終わりだ。」
【高信】 「しかし本当に捕縛するつもりだったとはな、ワシは冗談だとばかり思っておったが。」
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迎撃軍 大崎家 大将 氏家隆継
「敵の殿を捉えたか、全軍に伝えよ敵の背中に食いつけと」
ゆっくり後退している南部軍の後ろに迎撃軍が攻めよせる。
南部侵攻軍 大将 石川高信
「よし、方陣のまま後退、戦列を崩すなゆっくり下がるんだ。」
迎撃軍の攻撃を受け止めゆっくりと三日月型の高原を下がる南部軍。
迎撃軍側 氏家隆継
「なんだとあれで奴ら全軍か?、南部軍は五千程しかいないではないか、馬鹿にしおって、全軍全速!敵を踏みつぶすせ!」
さながら巨大な生き物の様に地響きを上げてゆっくりと加速していく迎撃軍。
南部軍側 石川高信
【伝令】 「敵の速度が上がりました!」
石川高信…… 全体像が見えたら敵の速度が上がるか、敵は凡将だな……敵の動きが鈍ったら挑発 を入れて引っ張る予定だったんだがな、命懸けだが楽でいいわい。
「よし!事前の作戦どうり森に入ってからギリギリで二手に分かれるぞ、全速後退!!」
三日月型の高原を砂煙を上げて全速で逃げる南部軍。
迎撃軍側 氏家隆継
「敵は潰走したぞ追え追え!!」
最前列が走りだし、後続が次々に続いていく。
三日月型高原の弦側の山裾
南部軍側 新田盛政 伏兵部隊
新田盛政…… 騎馬隊は伏兵に向かないから、発見されたら斜面のこう配が一番険しい所から逆落としでって、出来るか!そんなもんここはほぼ崖だろうが。
「まあ良い、行くぞ!!全軍吶喊!!」
政栄心の声…… 行くんかい!
「オオオオあぁおおおあぉぉぉお!!!!」
弦側の山裾から迎撃軍の後部に新田盛政率いる騎馬隊二千が割れんばかりの声を上げて吶喊していく。
「伏兵だあああぁぁぁ!!」
迎撃軍の後軍が崖の上から突然現れた騎馬隊の突入による横槍で混乱していく。
【盛政】 「よし!最後尾を突き抜けたら反転して敵を追いかけるぞ!!」
「オオオオオオオオ!!!」
盛政…… 反転したら車掛かりの陣、五百づつ四隊に分けて奴らの後ろを削りながら追い詰める、そして敵は地獄への一本道か……高信もまともじゃないって言うのもわかるぜ、俺でもやり過ぎじゃないかと思うからな。
迎撃軍 氏家隆継
【伝令】 「軍の後列に騎馬隊による奇襲!!、旗印は新田です。」
氏家隆継……やられた、大軍はすぐには止まらんぞ、……だがなにもせずに後の部隊をやらせるわけにはいかん。
「本陣より後は各中隊毎に円陣を組み防御しながら後退!!、本陣より前はこのまま敵を追撃だ!!」
クソこんな場所で後ろをとられるとは、潰走している敵を潰してから反転して当たるしかない、あんな崖みたいな所から伏兵とは、追撃に気を取られて油断したか。
南部軍 石川高信
石川高信…… 後方で鬨の声が上がったか、後は別れて柵の外側にでて敵を囲むだけか……、しかし政栄め崖に向かって道を作れだとか、逃げ道を土嚢で塞げだとか、作戦名は敵兵ホイホイだとか、まともじゃないわい特に作戦名は意味が分からん。
【高信】 「よし、見通しの悪い森のなかに入ったら左右に別れて柵の外側へ!、あせる事は無い、左右に二千の弓兵がいる!足止めを食らわせるから十分間に合うぞ!!」
迎撃軍 氏家隆継
【伝令】 「敵が森の中に入っていきます。」
【隆継】 「道は続いているのか?」
【伝令】 「敵は広げた山道を後退しております。」
【隆継】 「よし!全速前進!敵を押し潰せ!!」
森の中に突進していく迎撃軍……すこしの間を置いて、断末魔の叫び声があたりにこだまする。
【隆継】 「よし!捉えたか、進め!壊滅させるのだ!!」
森の中に突進し続ける迎撃軍、悲鳴がこだまするなか本陣が森の中に入った。
「押すな!」「辞めろくるんじゃない。」「左右に伏兵だ!」「矢が!」「前に逃げられるぞ!」「進め!進め!」
「やめろ前は崖だ!」「足を止めるな、射貫かれるぞ!!」
「柵がある、伏兵は無視しろ。」「奥だ!奥は安全だ!」
「押すな落ちる!!」
【隆継】 「なんだ!何が起こっている?」
左右から矢を射掛けられ混乱状態に落ちながらも前へ前へ進んでいく。
【伝令】 「進んではなりません!隆信様、道が崖に続いています!この先は崖です!!」
【隆継】 「なんだと!崖?進めぬのか?」
【伝令】 「味方に押され次々に崖下へ落ちています。」
【隆継】 「クソ!計られたか!ならば横だ左右に広がれ!」
【伝令】 「ダメです、柵があって左右に広がれません、その奥から矢を射掛けられております。」
【隆継】 「ならば引き返すのだ!!」
氏家隆継が引き返そうとしたその時、後方から騎馬隊に襲われて逃げてきた兵が殺到し始めた。
「止まるな!騎馬が来るぞ。」「進め!進め!」「ダメだ逃げろ」「来るな!」「前へ逃げろ!」
【隆継】 「おのれ!南部め計ったな!」
騎馬隊に追われ潰走した迎撃軍の兵が森へ殺到していく。
森の中は兵で溢れ次々と崖から落ちていく。
【隆継】 「やめぇろぉぉぉ!落ちぃぃるぅぅぅ!!」
大将の氏家隆継もなすすべ無く兵の波に飲まれ崖から転落していった。
騎馬隊から逃げてくる兵は味方を押して騎馬隊から少しでも逃げようとする。勢いは止まらず、結局最後尾にいた兵のみ崖に落ちずに包囲されることとなった。
南部軍側 石川高信
【高信】 「盛政の部隊に連絡を、敵を包囲したと。」
石川高信…… 大した手間も取らずに二万の敵兵を捕らえてしまったか何ほんのちょっと転げ落ちた位じゃ死にはせん。
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陸前山中の戦いで迎撃軍は壊滅した……
この大敗により、伊達、最上は多くの大事な物を失い、特に大崎は回復不能な傷を負うこととなった。借金で。
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大漁、大漁。




