常陸国 乱 その三十三 谷田部の戦い
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谷田川側 多功下野連合
「策って言われてもな、まあ無いことも無いから親父はとりあえず味方を集めてくれ。」
「この混乱した戦場で命令を聞く兵はいやせんじゃろが、どんな偉い将軍様でも逃げ出した兵を戦わすことはできんのだぞ。」
「其処は其れ、大声で『逃げるぞ!生きたい者は付いてこい!』って言ってねウチの旗を振りながら後方に作っておいた柵の方に誘導してくれよ。」
「狡い手を知っとるのう、そんなやり方どこで覚えてくるんじゃ……いや言わんでいい高定に決まってるからな。」
「意味は一寸違うが逃げ出す以上は呉越同舟ってね、んじゃそっちは頼んだよ、秀綱は綱継とか須賀党の連中を前線から柵の方に引っ張ってくれ負傷者も一緒にな。」
「……負傷者もですか。」
「ウチは貧乏なんだから、連れて帰れる奴は全員な。」
「……善処します。」
「よろしく~後遠目の利く奴!相手の本陣付近に騎馬隊は見えないか?」
「本陣の周りに騎影が見えます!五百騎……反対側はわかりません。」
「其れだけわかりゃ十分だ。」
(櫓からの攻撃は正面の結城勢に集中し始めた……ということは……)
「さて、どうしようかな。」
「「「……大将、たのんますよ。」」
(本陣付近に騎馬隊か… 左右は壊滅寸前だし櫓の動きからも正面に突入予定であると……水谷殿はこういった場面からがしぶといから騎馬隊の突撃は押さえ込める……といいなあ~と思うがどうだろうね、左右の逃亡兵を見て結城兵の士気が完全に落ちきる前にこちらも距離をとって置かないといけないか、どっちにしろこの状況じゃ一旦下がらないと敵に逆包囲されて最後は呑まれるか……)
「敵の目的ってなんだろうな。」
「大将何言ってるんでさあ、儂らを殺す事でしょう。」
「いやそう言う短絡的な事ではなくてな、何のためにこの戦場を選び、危険な反包囲されてから逆転するような際どい戦術をとったのかって事。」
「あっしにそれを聞くんですか?」
「掛け合いって奴だよ、頭の中が整理されるんだそうだ。」
「ハア、そうですか。」
(水際で踏ん張って……敵の後背を抜けて渡し場へ向かうのは先の展望が無いな、千本殿が勝ってるなら現れてもいいころだし敗れたと見ていいだろう、それに負傷者も抱えていては逃げ足ももたないだろうからな。といっても敵前を後退しながら何里も逃げ切れる訳もないか)
「後退しながら西へ谷田部城に逃げこむか、谷田川沿いを東に谷田部城とは逆方向に逃げるかだな。」
「谷田部城なら二ノ丸が広いから十分逃げ込めますぜ。」
「出入り口を抑えられて兵糧攻めか……」
(最後に詰め腹切らされるのは勘弁だな初見の相手はこういう所が判らんから捕まるのは楽だけど止めとこうかな……いや交渉なら高定に任せると言う手もあるか、となると谷田川沿いを東にある程度いったら北に向かって芳賀領に逃げ込む手との二択か…なら……)
「よし!柵で体制を立て直してから撤退だ。」
「言い方はともかく逃げるんでさぁね。」
「言い方は大事だぞ、勝ちを譲ってやるとも言えるからな、生きていれば。」
「生きていればですか……」
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多功綱継
「親父戻ったぜ!それで如何するんだ。」
「相手の欲しい物がわからなくてな、俺らを殲滅するのが目的なのか、それとも他の思惑があるのか。」
「なんでそんなこと悩んでるんだ?」
「逃げるのに延々追撃されたら保たん、殲滅するつもりなら谷田部城へ逃げこんだ方がまだ交渉で助かる目があるからな。」
「高定殿頼りだろそれ。」
「それだって確実じゃない、逃げきれるなら逃げた方がいい。」
「で?本当のところは決まってるんだろ。」
「敵の戦略上最大の目的は谷田部城……のはず、彼処を取るのが目的なのだとしたらこういう戦い方をする周到な相手ならもう二、三手打っていてもおかしくない。」
「まだなんかあるのかよ、とりあえず谷田部城に向かわないのはわかった、ならどう逃げるんだよここから敵陣突破しても渡し場に向かうのは危険だろ。」
「谷田川沿いを東にある程度いったら北に向けて芳賀領に逃げ込む。」
「で最初に戻って追撃されることに悩んでるんだな。」
「そう言う事。」
「ならそこは親父の悩む所じゃないだろ、俺と爺ちゃんに任せておけよ!多少の追撃隊なんぞ振り払ってやるから。」
「親としては複雑なんだが親父とお前に殿を任せるしか手が無い、やってくれるか?」
「任せておけって、爺ちゃんも俺も武勇しか取り柄がないんだからさ。」
「いや、そこは政経も学ぼうよ。」
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政経は、軍略書以外の農学書や政治学をまとめた経典の総称です。
仏教系の教典とゴッチャになっていてややこしいのですが、この時代は主に寺院で学べますね。
太原雪斎も寺社で政経を学んでいます、お坊さんが領地経営に口を出したりブレーンとして相談役に加わるのはそう言うことね。




