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常陸国 乱 その二十八 谷田部の戦い

不定期ですが、少しまとまったので投稿です。<(_ _)>

◆◆◆


谷田部の戦い 鬼怒川側


結城側左翼が佐竹側右翼に突撃をかける、だが小山前衛が斜線陣に編成されるのに対応して佐竹側は右翼最翼を少しづつ後退させ斜線陣に対応する陣形に変化していた。


 斜線陣は力を逃がす空間を造られると効果が半減される、なぜなら密集地帯に二方向から力のベクトルを叩きつけることにより連鎖崩壊を狙うものだからだ。


 斜線陣は正面と斜めから突撃し二方向挟み込み更に力のベクトルを斜め方向(逃走方向)に力の合力を作り敵陣形を連鎖崩壊、逃走へと誘う計算された陣形ではあるが、佐竹側が密集隊形で槍を構え最右翼を後退させることで突撃により埋まるはずの場所に空隙を作り出し小山側が槍衾を避けることができる空間の余裕を作り出していた。

 密集隊形の槍衾を避けようとするのは、兵の生存本能であり行動を責めることはできない。ましてそこに少しズレれば避けられる空間が存在するなら尚更だ、一人が斜めに避け槍を構え直せば陣形は連鎖的に崩れていく。


末端の兵までガチガチに訓練した精鋭部隊ならともかく、半農の兵士で構成された部隊ではこの結果は必然としか言いようがない。


小山家七千の前衛は力のベクトルを更に外側に向けられ斜線が平行になるように鬼怒川の方に敵を包囲するように陣を伸ばされていった。


……そう、本来は槍衾で押し返す所を更に後退することで、包囲されるように小山側を誘導していた。

 小山側が斜線陣で押し込み包囲しているように見えるが実際は大した損害もなく佐竹側は予定の場所に誘導する事に成功していた。


結城側 小山家 一万


小山氏朝

「チッ、包囲しているが敵も粘り強い、これは斜線陣はかわされたと見るべきか、……ならば後衛を錐突陣へ!斜めに折れた所へ突撃!」


号砲一発、大将の一声で後衛が錐突陣へ素早く再編されていく、古豪小山氏の面目躍如と言った所であろう、陣形の変化等の面では小山家傘下で指揮系統を統一されているため、部隊としての強さが顕著に現れていた。


三千の兵が極端な鋭角の突撃陣形を取り気勢を上げ吶喊し始める、怒濤の勢いで陣形の弱点である関節部分に突撃を開始した。


◆◆◆


谷田部の戦い 谷田川側


左翼に少し遅れて右翼宇都宮家下野連合七千は陣形の再編を終わらせ右手の一枚目多功秀綱から三枚連なり佐竹側左翼中央から谷田川に抜けるコースで突撃を開始した。

 三枚の魚鱗に再編された結城側右翼に対して、佐竹側左翼は左翼中央を少し前進させ鈍角な緩い雁行陣形を取り厚みを持たせて魚鱗を迎えうつべく動き出した。


宇都宮下野連合 七千


多功房朝

「ちっ雁行で斜めに壁を作ったか、元より谷田川に抜ける予定だが中央に流された兵は中央と挟撃されて潰されるな……一枚目右翼の秀綱に伝令だ!早めに左に動いて側面を削りながら斜めに抜けよ!中央に流されるな!」


(挟撃と見せて谷田川に誘導している?まさかな……だが本来なら最左翼を上げ魚鱗を受け止め中央左翼と連携して鶴翼に持っていく流れのはず……いや買いかぶりかもな、とりあえずまあ良いか~命令通り前進包囲の形にはなったし、挟撃されて鶴翼に飲まれるのは小田家の辺りだからな、それも全く問題ないな~)


◆◆◆


佐竹側 中央物見矢倉付近


物見矢倉から報告が上がってくる。


伝令

「敵左翼動き出しました、前後列に分かれ右手を厚くしおります。」


八戸政栄

(初手は斜線陣か基本の三隊横陣からいきなり斜線陣とはせっかちな奴だな……そんな千年前の定石が何時までも通じる訳ないでしょうが。)


「右翼の端を後退!敵の突撃してくる所へ二列目から兵力補充一列目の後ろに着かせ待機、戦列の維持を第一とせよ。」


政栄は全体の指揮は徳寿丸(佐竹義重)と小貫頼久に任せ、中衛の位置で細かな陣形の変化や兵力補充、交代を指揮していた。

 日本の戦国時代は兵力補充、戦列の維持を必要とする大規模合戦は殆どないため、一撃必殺の魚鱗や錐突陣、それに対応する、鶴翼、雁行などがよく使われるが、参加兵数が万を超す合戦では兵力補充と戦列の維持こそが勝利への鍵となるからである。


八戸政栄

(戦列を維持して時間を稼ぎこちらの最終局面の布石を打って置く、……ただぶつかり合う戦は太公望の時代で終わって春秋戦国時代からは布石を打つのが当たり前になってるんだが……この国の戦は大陸と比べて大軍運用という面では千年は遅れているからな、秀吉や信長が大陸進出を望んでも大軍運用のノウハウが無い以上いずれどこかで必ず敗北しただろうからな。)


史実でも秀吉は大軍運用の面で朝鮮水軍に戦略的敗北を喫し戦略物資の輸送に支障をきたした結果、講和したとはいえ事実上敗北している、ただ数を集めただけで戦に勝てる時代は古代で終わっている数を集め広大な戦場を戦略戦術的意味を持って行動させなければただの烏合の衆で終わってしまうのだ。

 谷田部城近辺の狭い戦場とはいえ大きな戦略と的確な戦術を組み合わせたこの戦は突発的な事態による敗北を防げば勝利は時間の問題と政栄は確信していた。


(とは言え数の暴力と言う言葉もある、兵力補充をして最低限の兵力をそこに集めんと、戦列崩壊しては布石を打つことすらできんからな)


伝令

「右翼は敵前衛と膠着状態!予定通り敵を誘導しております。」


八戸政栄

「よし最初の斜線陣はしのいだ様だな。」


伝令

「注進!右翼敵後衛が錐突陣をとり右翼と中央の境に突撃してきます。」


「更に敵左翼が魚鱗の陣を編成!前進を開始しました。」


「……落ち着く暇もないな、右翼と中央の境に三列目から二千を回せ、左翼は左翼中央の部隊を前進緩めの雁行を敷け!左翼二列目も続き戦列を守り抜け!」


(四列構造を持たせているが流石に実戦で試した事はないからな上手く機能してくれればいいんだが)


「右翼敵の錐突陣攻勢激しく、一列目突破されます!」


◆◆◆




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