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常陸国 乱 その十八

◆◆◆


土浦港建設予定地で別働隊と合流し、軍監帳にこの時点での参加者(代表)と人数を記録して、後日の恩賞を約束(これをやっとかないと後からもめるからね、そして太田城に丸投げ)谷田部方面に向かう三万を残して、水戸、太田城方面に五千ずつ、常陸南部に五千、計四万五千に再編成、残りを戦後をにらんで太田城~水戸~土浦~柏いわゆる現在の国道6号線である水戸街道の整備に回し、補給路および治安維持体制を整える。


三日程で再編成を終え改めて小田討伐軍の進軍を開始した。


「あのー政栄殿。」


「ん~なんです、治時殿。」


「我々はただ囲んでるだけで良いんですか。」


佐竹軍は土浦を出立、次の目標である牛久城を早くも囲んでいた。


「あーいいのいいのもう仕事は終わってるから。」


「仕事?」


「そう、岡見氏は小田家の傍流だからね、一応戦いましたが敗れましたっていう体面が必要なのよね。」


「えっ……それって。」


「裏取引は出立前に終わってるし、もうすぐ開城の使者が来て城の引き渡しと岡見氏を近くの寺に軟禁、領地替えか半減で手をうってるから、ぶっちゃけ谷田部城まで同じ事の繰り返しね。」


「それだと、我々の手柄にならないのでは。」


「軍監帳に名前と参加人数書いたでしょ、鹿島本家は他の鹿島家と水軍連中を纏めてあるから功績はもう十二分だし、もう楽に行こうよ。」


「はあ、その割には政栄殿や小貫殿、徳寿丸様は目が血走ってる様にお見受けしたのですが。」


「フフフこれは充血と言うのです、大軍を起こせば楽に勝てるのは真実だけどね、補給とか開城の後始末とか支える裏方は大変なのよ。」


「……徳寿丸様は?」


「君もいずれ鹿島で似たような事をやるんだから見ておきなさい、各勢力の代表者との会談がビッシリ入ってるからね。」


「政栄殿も参加してませんでしたか?」


「決めているのは太田城なんだが、不満を抱く連中の矛先をかえておかないとねー、君も軍師役ヨゴレを作ると楽だよ統治とは綺麗事では回らないのですからねー。」


「はあ、考えておきます。」


「覚悟よろしく!あと佐竹家の親族の姫を嫁に貰うからもちろん正室でね、うーん……ついでに二、三人鹿島の有力者とかから側室も貰っちゃうか。」


「えっ、もうそんな話が……私はあのー」


「好きな子がいるなら側女で囲うように、君は家臣団が少ないんだから……いや待てよ有力者の娘なら側室でも良いんだよね……で誰?」


「鉾田でお世話になった所の……」


「鹿島系列か、んじゃその家ごと分家から貰って鹿島城に持っていくか、塚原殿交渉は任せるから。」


「えーワシがやるのか面倒くさい。」


「いや、今俺がやってるこれ皆あんたの仕事だから。」


「任されるって言ったじゃん。」


「言ったけど、あんたの主家の話だろうが、その位交渉してくれ五百石付けても良いから。」


「仕方ないのう、ワシはそういう人間関係が一番苦手なんじゃが。」


ふん、義理の関係に縛られてそのまま鹿島に骨を埋めやがれ。


「主家の縁談を面倒とか言うな、俺は鹿島に乗り込む準備だんどりもあるんだからその位やってくれ。」


「準備ってなんです?私も手伝いましょうか。」


「ああ要らない要らない裏のお仕事だから、御輿は黙って担がれているのが、早く楽になるコツだよ。」


「裏の仕事とか凄く気になるんですけど……」


「敵の打つ手の先手を取って更に先回りして罠を置いておくのさ~気が付いたら敵味方関係なく手駒として動くことになる、あと利権関係の調整(と言う名の恫喝)やりたい?」


「止めておきます、御輿で十分です。」


「そう?まあそれが一番なんだけどさ、鹿島を掌握したら下総の勢力との関係調整もやるからね、これはうち(八戸領)の利権も絡むからマジでいくからね。」


「いや、鹿島のことを片手間でやらないでくださいよ。」


ニカッ!といい笑顔で返す政栄であった。


◆◆◆


数刻後牛久城は予定通り開城した。

岡見家が佐竹家に降ったことで周辺の勢力は堰を切った様に降り政栄達は後始末に数日間忙殺されることになった。


土浦城から牛久城の周辺の平定には十日間程時間がかかったが、予定通り鬼怒川の東側を押さえ大軍で渡れる渡河ポイントを先に制圧する事に成功していた。

谷田部城を目前に足踏み状態が続いているかに見えたが、ここから鬼怒川沿いを北上して行くことにより谷田部城の援軍に後背に回られることなく谷田部方面に進軍可能となった。


◆◆◆


結城城


「敵は霞ヶ浦沿いを南下、先に牛久城周辺を押さえることで鬼怒川を渡り後背に回られることを防いだ上で、改めて谷田部城方面に鬼怒川沿いを北上しております。」


注 この頃の牛久沼は霞ヶ浦の一部であり鬼怒川は牛久を通り霞ヶ浦に流れこんでいた。(江戸以前の香取海地図参照)


「我々も急ぎ南下すれば鬼怒川を挟んで佐竹軍と対峙できるかと思われます。」


「鬼怒川からこちらは我々の支配下であることを教えてやりませんとな。」


結城城下東側には小山、宇都宮、那須などの勢力が集まり二万八千の軍が集結を完了し谷田部城への援軍に出立しようとしていた。


結城晴朝


壬生の残党と那須(大関氏の北那須派)が小競り合いをしていたため、三万を超えるのは無理だったか、北条対策に結城うちの別働隊五千程を結城城に配置して置かんといかんからこれが限界だな、後は水谷正村に任せるとしよう、……小山からは次期当主の氏朝(のちの秀綱)の野郎で重朝兄(のちの富岡秀高)は留守番か……親父も重朝兄に手柄を立てさせてやれば良いのに、どうせ氏朝が家督を継ぐんだから今は戦功なんて要らないだろ。ていうか挨拶にも寄らないってどういう事?俺に形だけでも頭を下げたくないのかね。


◆◆◆


家格では小山氏>結城氏ですがこの時期の勢力では結城氏>小山氏でした。氏朝としては弟が小山氏より力のある結城氏の家督を継いだら面白くないのでしょう、この兄弟の確執は後年まで続く事となるのですが……さて。


因みにこの三兄弟意外に優秀です。


◆◆◆

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