常陸国 乱 その十
土浦城
「氏治様、それと一族の方々には夜陰に紛れて土浦城を脱出、谷田部城へ向かっていただきます。」
「源鉄斎よやはり土浦城は落ちるのか。」
「ここは霞ヶ浦に背をまかせた要害の城簡単には落ちません勝貞殿がここへ逃げろと言ったのも、ここに籠城して結城の援軍を持って後詰めとするつもりだったのでしょう。」
「だがなんの音沙汰もないのだ、勝貞は援軍を頼むのを失敗したのかのう。」
「一つは佐竹軍の攻勢の速さです。檄文から二日で小田城、五日程で土浦城にたどり着く異常な速さ、七日では勝貞殿が説得に成功していて結城が軍を起こしていても間に合いますまい。」
「そ、そうかまだ失敗したと決まったわけでは無いのだな。」
「二つ目は佐竹軍の規模拡大が予想以上だった事、五日まえは千程度の軍が今は三万をゆうに超えています、しばらくして常陸南部の勢力を統合した佐竹軍の別働隊がくれば七万を超えるかも知れません。」
「なっ、七万だと結城の援軍とて七万に相対する兵力は」
「下総、下野周辺の大名を総動員して集めても半月では無理でしょうな、結城家も七万と聞けば躊躇することでしょう、ただしそれは佐竹家にとっても諸刃の剣だということです。」
「どういうことなのだ、ワシにはよく分からんわかりやすく説明してくれ。」
「開城したついでに敵の内情を偵察してきたのですが、やはり急速に膨れた兵数に兵糧や軍事物資が追いついていませんな、三万とて数だけの烏合の衆であり、戦場で相対したなら多少数の不利があっても膨れ上がった佐竹軍など蜂の一刺しで瓦解させられます。」
「おお、それでそれで。」
「ここまで三万ですら補給体制が整ってないところに常陸南部の軍が合流すれば、もう軍規を維持できるかどうかももわかりませんな。膨れ上がった野党の群れと一緒です、食料もなく周辺の村々を略奪して回る事になるでしょうな。」
「村を襲うのかそれは困るのう、大事な領民達だ。」
「ええ、それについては略奪があるかも知れないからと避難するように指示をだしておきましょう。」
「土浦城は別名亀城の名の通り霞ヶ浦に背を預けた天然の要害であり、何層もの水堀を備えた重層な水平城、籠もって粘れるだけ粘り敵を引きつけます。」
「いやそれでは、源鉄斎や城の兵は如何するのだ。」
「本丸が落ちる寸前に降伏します。その頃には結城の援軍が国境の川を越えているでしょう。あとは勝貞殿と結城の援軍に任せます。」
「ワシは残らんでよいのか?」
「籠城の苦しみは地獄の苦しみ、殿には安全な谷田部城で吉報を待っていただきましょう。」
「そ、そうか分かった、ワシは谷田部城で吉報を待つとしよう。」
「其れではすぐに夜陰に紛れて土浦城を抜け出す準備を致しましょう、勝貞殿には早馬で私が土浦城に籠もったとお伝えくだされば意を汲んでくれるはず。」
「……」
「まあそれほど心配為されずにお任せ下さいもしかしたら後詰めが間に合うかも知れませんぞ、私が土浦城を指揮するのですからな。」
「わかった、死ぬでないぞ天羽源鉄斎よ。」
さて、殿にはああいったもののやることは時間稼ぎだし勝ち目は薄いのう、籠城策で一月保たせられるか微妙な所じゃな。
……この老骨の命と引き換えに戦局の逆転が可能なら悪い死に様ではあるまいて、勝貞殿よ結城家には山川氏重や水谷正村ら戦慣れした猛将がいる彼等を上手く説得して引き込めばまだ勝利の目もあるのだ時間は我が稼ぐから諦めるでないぞ。
◆◆◆
結城城
結城晴朝は非常に迷っていた。
まず彼は昨年の小田家との合戦で活躍したところを見込まれて、嫡子のない結城家に養子縁組で入ったばかりで前当主が亡くなるという災難?にあい結城家の当主となってしまった若干二十の若造で結城家内ではまだまだ発言権が低いという現実がある。
結城家を含む関東の八家は一家が勢いを増して強大化した時、協同で当たり関東統一を妨げてきた歴史がある、どちらかと言えば、常陸、下総、下野に勢力を拡大しつつある結城家の方が協同で当たられる筈の状況なのだが、当主が小山家から養子縁組であること、水谷正村らが勝手に勢力を拡大している事などから、結城本家の力はどちらかといえば減少していると見られているため関東でも最大の勢力であるにもかかわらず周囲から共同で攻められる事は無かった、しかしそんな都合よく平和が続くはずもなく背後では新興勢力の北条家が怒濤の勢いで勢力を拡大していた。
そんな状況の結城家、晴朝の元に何の縁なのか結城家の当主となる切っ掛けになった小田家から救援の使者が来た。
檄文により集まった佐竹軍の兵力は三万を超え、ユックリと筑波から土浦方面に侵攻しており、常陸南部でも別働隊が二ヶ所でそれぞれ二万ずつ、檄文に呼応せず敵対行動をとった勢力を呑み込みながら合流しつつあった。
計七万を超える佐竹家の大軍が常陸で蠢いている下手にちょっかいをかければ結城本家が呑み込まれかねない、結城城は名目上は下総の城とは言え国境沿いの曖昧な場所に造られているだけでなく常陸側にも支城を持ち常陸に領地を持っている……檄文が常陸国内の事に言及している以上小田家に与力すれば一味と見なされ征伐される名目を与えてしまう、だが放置すれば常陸に結城家を超える強大な勢力が誕生する事になる、佐竹家が結城家と協調路線をとり北条家に当たってくれるなら良し、そうでなければ結城家は滅亡の危機を迎える事になるのだ。
援軍を出すべきか?小田家を見捨て佐竹家に使者を送るべきか?
小田家が檄文を発せられ佐竹家に征伐されているという武家として正直関わりあいたくない状況も相まって結城晴朝は判断に迷っていた。
「とにかく宿老家老達を召集するしかあるまい、どう考えても俺では手に負えん、小山(実家)や那須、宇都宮、白河の家に連合を呼びかけたいが、檄文の存在がな……勿論そんなもの佐竹家の言い掛かりなのはわかってるが小田家が常陸から叩き出されたら次は結城家が狙われるだろうからな。佐竹義昭が倒れたと情報が流れた後たった五日位でここまで情勢が変化するとは。」




