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武才

「剣聖殿。」


「先ほどの御仁か、如何する一勝負いたしますかな?」


「いえ、私は結構、無双を誇る歳でもないので。」


「あの場で一番の使い手と見てたのじゃが、やらないならそれはそれで、……でなに用かの?」


「若…、政栄様の実力をどう見ましたか?」


「……実力か、手合わせしたところ武才は……」


「武才は?」


「全くないな。」


「でしょうね。」


「アッサリ認めてよいのか?」


「武才がないのは幼い頃から見ている私が一番知っています、問題は実力の方です。」


「……ふむ、こんな話を知っておるかの、唐の拳聖と呼ばれた男の話だが。」


「……続きを。」


「剣にも槍にも才能がなく、だだ師より素手の突きのみを教えられ、生涯突きのみを鍛錬したそうだ。」


「仙人の話ですか。」


「なんじゃオチを知っていたか、その拳は山を崩したといわれ。」


「崩拳のいわれですな。一撃山を崩し敵軍勢の足止めをした。それが政栄様となにか関係が?」


「同じじゃよ武芸の究極の型を知り、ただ鍛錬を続けたのじゃろう最初の鳴足(震脚)の音を聞けばあの歳でどれだけ鍛錬を重ねたかはわかる、型の完成形を知っているからこそ、才能がないにも関わらず、並の武人程度の実力を身に付けたのではないのかな。実際崩拳もただの突きとはいえ、その型の中に幾つもの秘伝を含んでいるからのう。」


「………」


「わしも聞いてよいかの。」


「どうぞ。」


「あやつの師は誰か?究極の型……流派を超えて秘伝を幾つも知っている者などわしの知り合いでも一人しか思い浮かばん。」


「槍の……ですか。」


「彼奴は大陸の武芸の秘伝を幾つも知っておるからのう、わしも槍の手ほどきを受けておる、じゃが彼奴が寺を出て陸奥に足を運んだなど聞いたこともないからのう、政栄殿に型を伝えたのはわしの知らない誰かなのじゃろう、わしはお主なのかと思っているのだが。」


「私はただの爺ですよ、剣術など教える事はできません。」


「ならば誰か、凡才をあそこまで持っていける腕前、是非ともお手合わせ願いたいのじゃが。」


「………いないのですよ。」


「いないとは、死んだのか?」


「いえ、私は政栄様が赤子の頃から常に行動をともにしてきましたが、一度も誰かから剣術の手ほどきを受けたことは御座いません。」


「つまり、自分で編み出したと……武才もないのに?」


「ええ、私もそれが不思議でなりませんでした、主君としては正しく神童を地でいっているのですが、武才だけはまるでない……体格も含めて諦めていたのですが、気がつけば並の武将と戦っても逃げ切るだけの実力を身に付けている、まあ貴方の話を聞いて納得もしましたが。」


「師がいないのを納得出来るというのか、それはまた何故。」


「政栄様の造り上げたこの領を見ればわかりますよ、正に文殊菩薩の如き知恵、武芸の型を思いついたとしても不思議に思えませんからな。」


「……武芸の型は誰かが思いついたモノか……確かに知恵者が思いついても不思議ではないのかのう?」


「ではこれで失礼します……夕餉は政栄様が指導して作らせた料理ですよ楽しんでくだされ。」


「料理に、政治に、軍才か、武才の乏しい所といいまるで魏の武帝じゃのう……かの人物は唯一武才が無い故に人材の大切さを知るか……この城の道場の広さといい、港の大きさといい先代が名君なのかと思っていたが、カカカなかなか面白そうな凡才じゃのう。」


「では、夕餉で料理の才を確かめるとするかのう。」


◆◆◆


「これが澄み酒か……ふむふむさっぱりしていて香りが良いのうどぶろくのように濁りが無いから澄み酒か。」


「堺の近くで始まったばかりの酒です、搾りたてですから美味いでしょうね。」


「お主は飲まんのか?」


「まだ、酒を嗜む歳でもないですからね。」


「こんな美味い酒を飲まんとは勿体ないのう。」


「肴なんですがね、次の便から堺に運ぼうかと思っているモノを試して下さい、味は保証します。」


「魚の干したのを炙った奴とこの皿はなんじゃ?」


「身欠きニシンと松前漬けですね、田名部の先から船をだしてギリギリ産卵期に捕ることができましたので雄は身欠きニシンに雌は魚卵を数の子にそれを八戸産麦醤油でスルメイカと三陸昆布を一緒に漬け込んだ松前漬けです。両方とも日持ちが良いですし味も最高ですからね。」


……もちろん卵を取った雌は皆で美味しく頂きますよ。売り物にはなりませんが安く卸すと喜ばれますからね。


「八戸で作っているのに松前なのか?」


「まあ、そう言う名前らしいですからね~ハハハ。」


「ただの魚なのに美味いのう、焼き魚はないのか?」


「ニシンは足が早いので生は船でしか、焼き魚は漁村でも滅多にはたいてい青魚は船で漁の帰りに捌いて塩漬けにしますから。」


「北陸で食べた鱈も美味かったが干し魚でこれ程の物は食べた事が無いのう。」


「鱈は季節が少し遅かったですね、秋刀魚も行ってしまいましたし。」


「どんだけの種類が獲れるんじゃお主のところは。」


「船と網が違いますからね、この時代まだ乱獲してませんから入れ食いですよ。」


……不漁のときもあるから頼りきりになるのは危険だがな。


「クジラが獲れたら塩漬けか燻製にしてみようと思ってるんですが中々ね、春先陸奥湾に迷い込んできたのを狙う予定なんですがね。」


「春先か先は長いのう、しかし味噌だけでなく上方でも滅多に見ない醤油まであるとはな。」


「雑賀の鈴木家から職人を派遣してもらっています。」


「普通酒に蕎麦は合わせないのですが、口直しに冬大根で作ったおろしそばです、生の蕎麦ではなく、乾燥させた板蕎麦で出汁は鯖節と鯵節でキツメに取ってあります。」


「ほう、蕎麦搔きは苦手なんじゃが、こうして食べると美味いのう、大根とこの汁が絡んでハハハ笑いが止まらないな。」


……ふむふむ、身欠きニシンと松前漬け、板そばは好評のようだな、醤油は雑賀とかぶるから北条や今川に流すとして板そばは大根は既に関東にあるから、鯖節と鯵節もセットで売り込んで……

陶器と合わせて屋台で普及させようかな?酒ともろみも売り込んでか……


「おーい、お代わりは?おーい?」


「若はこうなるとしばらく掛かります故、お代わりはこちらに。」


「そ、そうか、お主も難儀しておるのう。」


「いえいえ、慣れましたよ。」


酒の材料を逆輸入して酒を輸出する……って米なんだが付加価値を加えてか綿でも同じことが……


◆◆◆

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