8 不機嫌な目覚め
「誰かっ!誰かいませんか?」
……誰かが呼んでいる。
大きな声で情景が揺らぎ、現実に引き戻された私は不機嫌に目を覚ました。
「あの、すみません。ここは大魔法使い様のお家ですか?」
ローブを深く被った一人の令嬢が家に突然入ってきたかと思えば、周囲を見回し、棚の瓶を手に取って眺め、何か独り言を呟いている。
事情があって顔や姿を隠しているようだが、白い手や履いている靴は上質の物だ。
私は腕を組み、不満を表した。
「突然人の家に入ってきて何かご用ですか」
「あ、あのっ。ごめんなさい。大魔法使い様のお家を探してここまできたんです」
突然の訪問客に苛立ちながらも師匠の後を継ぐことにした私は令嬢に向き合う。
「……師匠は今、いません。何かご用ですか?」
先ほどまでの謙虚な言葉使いとは違い、私の容姿を見て眉間に皺をよせ明らかに軽蔑するように顔を背けながら口を開いた。
「忌み子なのね。貴女に言いたくないわ」
「そうですか。じゃあお帰り下さい」
私は令嬢を魔法でくるりと反対向きにさせ、風で家から押し出した。
「ちょ、ちょっと待って。待ちなさいったら!」
「貴女こそ何にも分かっちゃいない。魔女や魔法使いのほとんどは忌み子なの。大魔法使いの弟子ならなおさらだよね。それも知らないで来るなんて百年早い。……もう聞こえないか」
安全を考慮して村まで送り届けてあげたのは私の優しさだと思ってほしい。
魔法が使えるということは平民より貴族の血が濃いと思われがちだけど、実際は貴族が魔法使いや魔女を職業にすることは稀だ。
よほどの事情がない限り貴族がわざわざ人のために魔法を使うなんてしない。
王宮の魔法使い以外はほぼ平民だ。平民は魔力がない。私のように忌み子でない限りは。街や村にいる魔法使いや魔女はそのほとんどが忌み子と言われる存在だ。
そのおかげで魔法使いや魔女の地位は低く見られがちなのだ。
そしてこの森まで来る人といえば街の魔法使いから匙を投げられた人達だ。
どうせ碌でもない相談だろう。
一応相談には乗るつもりではいたけれど、最低限の礼儀は必要だと思う。
令嬢に無理やり起こされて苛立ったが、誰に当たれなかった。
師匠、どうしてここに住むことになったんですか。ここに来る人は一癖も二癖もある客ばかりですよ。
愚痴を溢しながら私はお湯を沸かし、お茶を飲んだ。
当分人が来れないようにした方がいいかな。
今の時点で私が作れる薬はたかが知れている。師匠の記憶の大部分が定着できるまではこの森も閉じた方がいいだろう。
私は詠唱を始めると、森が呼応するように葉がざわめいた。
「よしっ。これなら当分人は入って来れない。師匠、怒らないでね」




