62 エピローグ
私はいつものように魔法でお茶を淹れ、ユーグ王子に差し出す。
「ユーグ王子、びっくりしたよ。いつ私の家からあれを持って出たの?」
「ああ、目についたものがちょうどあれで良かった」
「でも、良かったの? レティシア嬢はユーグ王子に執着しているように見えたけど」
「ああ、婚約白紙をすればすぐにでもここへ抗議にくるだろうな。いい考えがある」
彼はそう言って不敵な笑みを浮かべた。まあ、予想はつくけどね。
「それよりもクロエ、これからのことを話そう」
先ほどまでの雰囲気とは一変し、ユーグ王子は真剣な表情で私と向き合っている。
「俺はクロエとまた共に過ごしたい。俺は過去の記憶があっても今のクロエ様を好いている。
クロエ様は俺の師匠であり、最愛の人でもある。クロエ様と同じ時を過ごしていきたい。クロエ様が長い間一人で過ごしてきたとは思うが、俺はこれから二人で旅行に行ったり、美味しい食べ物を食べたり、時間を共有していきたい」
「うん」
「手始めとして、前世でも出来なかった結婚式をしたい。クロエ様を着飾り、みんなに自慢したい」
「結婚式?」
「ああ、そうだ。クロエディッタは昔、村の娘の結婚式を見て羨ましそうにしていた。忌み子である自分には縁遠い話だと笑っていたが、俺は王族を離れた後もずっと後悔をしていた。
これはクロエディッタの夢でもあったし、前世の俺の夢でもあった。過去は過去だが、叶えたい。今度は全てをやり切り、後悔をしたくない」
結婚式……。
その言葉にツンと鼻が痛くなる。
前世のクロエディッタも私の幼かった頃も黒色を纏っているせいで忌み子として石を投げられてきた。
きっとクロエディッタはユーグ師匠と共に過ごすだけで幸せだったと思う。
私もそうだ。
蔑まれてきた自分。
そんな自分を慕い、理解し、伴侶となる人がいるだけでどれほど幸せなのか。
結婚式なんて夢のまた夢で、自分には縁がないものだと過去の自分もずっと言い聞かせてきた。
私は師匠が大好きだったし、幼い頃から成長を見てきたユーグ王子も好きだ。これは家族愛のような優しい愛だ。
でも、ここ数年の彼の変化に何百年も忘れていた心が浮ついている自分にも気が付いていた。
このまま彼を好きになっても大丈夫なのだろうか。私が彼を愛して彼を不幸にしてしまわないか。
忌み子であった時の忘れていた卑屈な感情も、湧いて出てくる。
「私は黒を纏った忌み子だった。自分の親からも逃げてきた。ずっとずっと、長い時間を一人で生きてきた。
ユーグ王子が生まれた時、最後まで見守ろうと思っていたの。ユーグ王子が幸せなら私はそれで充分だと思った。でも、貴方は私を望んでくれた。
私は貴方とこの先の長くて短い人生を共に歩んでいきたいと思う。例え、貴方が王族であっても、平民であっても構わない。貴方が狙われていたら私が盾になって貴方を守る」
私の言葉に彼はくしゃりと顔を歪ませて笑った。
「俺がプロポーズされているみたいだ。クロエ、生涯君を愛し続ける。君を何者からも守り抜く」
お互い長い時間を過ごしてきた。
ようやく出会えた喜び。
伝えられた言葉。
涙が溢れてくる。
私たちは自然と抱き合い、互いに言葉にならない感情を止めることはできなかった。
そこからは慌ただしく日々が過ぎていった。
レティシア嬢はユーグと婚約白紙になったことで私の執務室に乗り込んできたが、隣国の王子との縁談を気に入り、あっけなく去っていった。
まあ、彼があの方法を取ったことは容易に想像できるよね。
「ユーグ王子、魔女クロエ様!ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとう。今日、この日を迎えることができたことは私にとっても我が国にとっても大きな意義がある。これからも私と妻となったクロエと共に我が国の繁栄のために尽力していきたい」
教会の祭壇の前で結婚の誓いをした後、ユーグ王子は参列者に言葉を述べた。
そして魔法を使い、きらきらと小さな光を纏った花びらを降らせ会場を大いに沸かせた。
「クロエ、今まで俺を待っていてくれてありがとう」
「ユーグ、生まれ変わってきてくれてありがとう」
私たちはみんなに祝福されながら赤い絨毯をゆっくりと歩んでいった。
【完】
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