59 ユーグの気持ち
この日から私は師匠が目覚めるまでの間、彼の世話を始めた。
といっても彼は今深い眠りについているため特に何かをするということはないのだが。
一応、ジルディット陛下にはユーグ王子の体調やどのような状況なのか簡単に報告をするようにはしている。
ジルディット陛下も最初はユーグ王子のことを心配して連絡をしていたけれど、私がしっかりと報告をしているため、安心したようで問題にはしないようだ。
レティシア嬢はというと、ユーグ王子と会えなくなり、騒ぎ立ててしばらく王宮への立ち入り禁止となったようだ。
ジルディット陛下は婚約白紙を進めているようだが、ポストマ公爵令嬢は嫌がり、話が進んでいない。
そうしてユーグ王子が魔力暴走を起こしてからひと月が経とうとしている。
……魔力の流れも穏やかになっている。
そろそろ目覚めるころだろう。
私は彼が寝ているベッドの傍へ行き、声を掛ける。
「師匠、ユーグ師匠、起きて。そろそろ起きる時間だよ」
私の声にユーグ師匠はゆっくりと目を覚ました。
「おはよう」
「クロエ様、おはよう」
彼はゆっくり起き上がると私の頬に口づけをする。
「ユーグ師匠の記憶は全て見終えた?」
「ああ、クロエディッタ。クロエディッタは俺の前世の妻だったんだな。そして君は生まれ変わった。俺もまたこうして生まれ変わった。今も変わらずに君のことを愛している。これを運命と呼ばずにいられるだろうか」
「でも、私はユーグ師匠が大好きだったけど、愛した記憶はないから……」
私は少し言いにくそうにすると彼は私の顎に指を当て、目と目が合うように顔を向ける。
「過去など問題ない。今からクロエは俺に愛される。俺は前世の記憶がなくても、幼い頃からずっとクロエ様のことが好きだったからな。記憶が蘇り、更に君が愛おしくなっただけだ」
ユーグ王子はそう言ってまた私に深い口づけをする。
何度も、何度も。
彼から激しい感情が伝わってくる。
私は、彼の思いを受け取っていいの?
嬉しいという気持ちと不安が綯交ぜになり、涙が溢れてくる。
「なぜ泣いている? 嫌だったか?」
「ううん。だって、ずっと一人だったから。ユーグ王子の気持ちを受け取ってもいいの?私はまた一人にならない?」
彼はそっと私を抱きしめた。
「待たせてすまなかった。これからはずっと一緒だ」
ふわりと包まれた温かさに私の涙は止まらなかった。
嗚咽が漏れる。
ずっと我慢していた気持ちが堰を切ったように溢れ出してくる。
私がひとしきり泣いた後、腫れぼったい瞳にユーグ王子は魔法を掛けて元通りにする。
「クロエ、ずっとそばにいる。そうだ、クロエを妻に迎えるのに邪魔をするやつが残っているな」
「レティシア嬢のこと?」
「俺はまだ王子だしな。色々としがらみもある」
「そうだね」
「クロエ、ここで待っていてくれるか?」
「一緒に行かなくてもいいの?」
「一緒に行くにしても……まず、その格好をなんとかしないとな」
!!
「着替えてくる」
そういえばそうだった。十歳程度の大きさしかなかったけれど、魔法を解いてから服は全て寸足らずだ。
自分の家で誰に会うこともなかったからまあいいかと過ごしていたけれど、さすがに駄目だよね。
「いや、少し待っていろ」
ユーグ王子はそう言って転移魔法を使いどこかへ向かった。
ユーグ王子は新しい軍服を持ってきてくれるのだろうか。
私は彼のお腹が減っているだろうと食事の用意をして待っていると、ユーグ王子はレースなど一切ないシンプルなドレスと女性騎士用の軍服と一人の女性を連れて戻ってきた。
「ユーグ王子、おかえり」
「ああ、ただいま。いい匂いだ。俺の好物ばかりじゃないか」
「そうでしょう? で、この方は?」
「ああ、クロエの採寸とドレスを作ってもらうために呼んだ」
どうやらベースとなるドレスを試着して寸法を測った後、私のドレスを作ってくれるのだとか。
「私、キャリーと言います。マダム・キャリーという店を営んでおります。よろしくお願いします」
「キャリー、クロエをこの国一番の美女にしてくれ」
ユーグ王子はそう言いながらテーブルに置かれている食事を食べ始めた。
キャリーは私の前までやってきてぐるりと見回し、確かめるように何度も頷いている。
「素材は良さそうですね。畏まりました。クロエ様、では採寸させていただきますのでこの服に着替えてもらっても?」
ユーグ王子の前で着替えろってこと!? さすがに長年生きてきた私でも恥ずかしさは残っている。
「ん? 俺は気にしないから続けてくれ」
「いや、私が気にするんだけど!?」
「ならこうすればいい」
ユーグ王子はパチンと指を鳴らすと、私は用意されたドレスを着ていた。先ほどまで着ていた子供用のワンピースはトルソーに着せられている。
どうやら転移魔法を応用したみたい。ああ、確かにそういう方法もあったのか。
「最初からそうしてくれればいいのに」
「知っているものだと思ってた」
「転移魔法を応用したものは知識があるけど、着替えで使えるとは考えてなかったもん」
「そうか。これで次から使えるな」
あっさりとそう言いながら好物を頬張っている。この辺は師匠の影響が出ているのかもしれない。




