56 仕組まれた魔力
「封印された記憶が気になり、自ら解く可能性があるのか」
「うん。魔力暴走が起きないようにロシュフォードさんに付いてもらってる」
ジルディット陛下ははっとした表情で額に手を当てた。
「……まさかあの時、ロシュフォードを助けたのはこの時のため、なのか?」
「そうだね。封印はいつ解けるか分からないからね」
「クロエ様は未来を見通す力があるのか?」
「ないよ。たまたまメルローズ妃を占った時に見えただけ。そもそも私は占いも得意じゃない。私が得意なのは魔法円の研究なの。それでも師匠の足元にも及ばない」
「封印が解けたらどうなる?」
「多分だけど、彼が生きた二百年分の記憶が蘇る。記憶と同時に魔力に関するものも封印されていた場合は魔力暴走も起こりうる。あと、数日から数週間は眠りに就くんじゃないかな」
「そうか。記憶が戻った後、ユーグはどうする気なのだろうか」
ジルディット陛下は心配そうに聞いてきた。
私は彼の未来を占ったことがないので分からないが、きっと彼なら行動する。
「師匠の記憶が戻ればユーグ王子は王籍の離脱をする方向に動く。師匠も元王太子だったんだ。王族の生きづらさも知っているし、魔法使いとして長く生きてきたから平民になってもなんら問題ないんだよね」
「ポストマ公爵令嬢のことをどうするか、だな。頭が痛い」
彼はそう言ってソファに倒れ込むような仕草をしている。
「まあ、全部私の予想でしかないんだけどね。とりあえず報告はしたから」
「こちらの方でも様子を見ておく」
私は伝えた後、陛下の執務室を後にした。
私も何かあればすぐに駆け付けられるように泊まり込んだ方がいいのかもしれない。
『クロエ様、ユーグ王子は考え事をしながら時折肩を触る素振りをしていますが、それ以外は特に変わったことはありません』
『ありがとう。引き続き注意しておいて』
ロシュフォードさんから定期的に連絡が来るようになった。彼もユーグ王子を心配しているのがよくわかる。
五百年前の魔法はどのような形でユーグ王子に影響を与えているのか私には分からない。
もし封印が解かれ、転生の魔法が失敗していたら呪いと変わらない。
その時はエティ師匠がしたように魔法を引き受けることになる。後悔はない。
師匠が転生したことを見届けることができただけでも十分だ。
ふうと重い息を一つ吐き、不安を紛らわすように研究に取り組み始めた。
「……様、ク……様! クロエ様!」
何度も呼ばれていたことにようやく気付き、浮かばせていた魔法円を消して声のする方に視線を向けた。
「フィルさん、どうしたの?」
「フィルさんがここに来るなんて珍しいけど、どうしたの?」
「ええ、ここ最近の大罪の水がどこまで影響を及ぼしていたのか報告しに来ました」
「そっか」
私がそう返事をしたとき、ロシュフォードさんから緊急の伝言魔法が来た。
『クロエ様!ユーグ王子の体内から物凄い魔力が噴き出しています。教えていただいた対処法を試してみましたが、魔力量が追い付かず、あまり効果がみられません』
『わかった。今すぐ向かうよ』
私は報告書を机に置いたまま、ユーグ王子の元へ転移した。
「クロエ様!」
どうやらここはユーグ王子の自室のようだ。彼は机に向かい勉強をしていたのか魔法書が開いたままの状態だった。
今、彼はベッドに寝かされ、傍らではロシュフォードさんが対応に当たり、従者や護衛は物々しく動いている。
ロシュフォードさんは全力でユーグ王子の魔力を吸い出しているけれど、ユーグ王子の魔力が多すぎて効果は薄いように見える。
「代わるよ、下がって」
私は一つの魔法円を浮かび上がらせ、詠唱を始めた。
―漆黒の闇に包まれし魔力よ、我が手に集め煌めく星の輝きを奪い、その輝きを我が身に宿さん。ユーグ・ロマス・サン・フォルンの魂に触れ、その魔力を奪い取る―
ユーグ王子の魔力を魔法円で吸い込んでいく。
思っていたより魔力の量が多い。
やっぱり師匠は仕組んでいた。
来世で魔力量が少ないと踏んでいたのかもしれない。
魔力の流れを確認しながら吸い取っているけれど、ユーグ王子本来の器の形を変えようとしている。
調整しながら魔力を抜いているけれど、何分王族の魔力だ。抜き取る量もかなり多い。
「クロエ様、私も手伝った方がいいですか」
「いや、今ユーグ王子は魔力の器の形を変えようとしているからあまり魔力を抜きすぎるのもよくない。このまま調整しているとそのうち落ち着くし大丈夫かな。ジルディット陛下に報告をしておいてほしい」
「かしこまりました」
……どれくらい経っただろうか。
魔力を受け続けている私からすればかなりの時間が経ったように思える。
ちりちりと体が痛みを覚え始めている。
そろそろ私も限界に近いかもしれない。
まだだ。
まだ、器は完成していない。
あと少し。
黙々と魔力を抜いていると、ジルディット陛下が部屋に入ってきた。
「ユーグ!」
「ジルディット陛下、静かに」
「!! クロエ様、ユーグは今どういう状況なのでしょうか」
「ユーグ王子は自分で封印を解いて、封印から出てきた魔力でユーグ王子自身の魔力の器を作り変えている状態なの」
「そんなことが出来るのですか!?」
「私は知識があっても使うことはできない。ユーグ師匠は大魔法使いだからこその魔法も沢山あるんだ」
私がそう説明すると陛下は驚いていたけれど、事態を見守ることにしたようだ。
もうすぐ器が完成する。
あと少し。
私もそろそろ限界がきそう。
身体中が悲鳴を上げ続けている。痛みのあまり、私は膝を突いた。
「クロエ様!」
ロシュフォードさんが声を上げている。
「だ、大丈夫。ユーグ王子、もうすぐだ」
ぶわりとユーグ王子の身体が光に包まれた。
「……よかった」
ユーグ王子の器が完成し、暴走していた魔力が落ち着いていくのを見届けるように私の意識は暗転した。




