52 第二王子の誕生
「ロシュフォード副官、少し話があるの」
「クロエ様、どうされましたか?」
真面目な顔をして話をする私にロシュフォードさんも真面目な顔で聞き返した。
「あのね、もうすぐ第二王子が生まれるでしょう?」
「はい」
「それでね、ロシュフォード副官は第二王子を守って欲しいの」
「第二王子を守る、ですか?何か脅威でも?」
「ううん。脅威というほどではないんだけどね、第二王子は誰よりも魔力を持っているの。そのために他の貴族から狙われやすい。それに魔力暴走も起きやすいと思うの。魔力暴走が起きた時にすぐ対処できる人が護衛に就いた方がいいからね」
「魔力暴走ですか?」
「うん、魔力の多い子供がたまに起こすんだけど、今までは体外に出せるほど魔力を使えなかったけど、これからは違う。大人が傍にいれば危ないんだ。彼は将来この国の魔術を支える人になる。そのためには魔法を得意とする人が傍に付いていてあげないといけない」
「クロエ様は第二王子がどうなるか知っているのですか?」
「分からない。メルローズ妃を占った時に少し未来が見えただけだから。彼がどうなるかはわからないけれどね」
「わかりました。クロエ様がそうおっしゃるのなら私は副官の任を離れ、第二王子の護衛となります」
「ありがとう」
私はジルディッド殿下に第二王子の護衛にロシュフォード副官を入れるように話しておいた。
……そうして私が待ちに待ったこの日が来た。
大雨の中、産婆が慌ただしく部屋に呼ばれたこの日、第二王子が誕生した。
「おめでとうございます」
生まれた王子の体調確認をするために私はメルローズ妃の私室に呼ばれた。
「クロエ様、この子を見て欲しいのです。左肩の痣のようなものがどうも魔法円のように見えてしまうのです」
「魔法円……?」
私は王子の身体を目視すると、確かに左肩に丸い焼き印のようなものがある。魔力を通して魔力の流れなどをチェックする。
左肩の焼き印のような形に手を翳してみると、魔力をどんどんと吸い込んでいる。
……これは今、触らない方がいい。
「うん。身体を見てみたけど、体調は問題ないし、魔力は誰よりもあるかな。将来が楽しみだね。メルローズ様が気にしていたこの左肩の印なんだけど、これは彼の記憶を封印しているものだと思う」
「記憶を封印……? どんな記憶を有しているのでしょうか」
「気にしなくていいと思うよ。悪い影響はないけれど、幼少期に大人の記憶を思い出してしまえば成長に影響が出るでしょ? 今はこのまま触らない方がいい」
「わかりました」
「王子の名前はもう決めているの?」
「ええ! もう決まっているわ。ユーグよ。この子がお腹にいる時に夢で言ってきたのよね。不思議でしょう?」
「ユーグ……。いい名前だね」
メルローズ妃は可笑しいでしょうと言いながらも笑顔に満ちている。
反対に私は驚愕するしかなかった。
記憶を封印した状態で母体に知らせるなんてユーグ師匠は破天荒過ぎやしない?
もしかしたら私が触らなくても師匠自ら封印を解いちゃう気がする。もし封印が解けなくてもユーグ王子としての人生をしっかりと生きて欲しい。彼が大人になり、望むのなら封印を解こうと心に誓った。
そしてロシュフォード副官はユーグ王子の護衛として就くことが許された。彼は魔法の先生でもあり、護衛でもある。
私はそっと彼の幸せを見守ることを決めた。
一年が経ち、二年が経ち……。
ユーグ王子はすくすくと成長していく。生前の若かりしユーグ師匠の見た目のまま成長している。
あの時の魔法は記憶だけじゃなく、身体にも影響しているのだろうか。それとも封印された記憶の一部が影響しているのだろうか。
「クロエ! 遊ぼう!」
「ユーグ王子、勉強は終わったの?」
「さ、さあな」
「また逃げてきたんだね」
「だってクロエと一緒に遊びたかったから」
「……わかった。少し遊んだら勉強だからね」
「わかったー」
今度の生は第二王子として育っているため、生前のような生活はしていない。
明るく活発な性格だ。振り回されるロシュフォードさんや乳母たちはさぞ大変だろう。
ユーグ王子を見ていると、とても優秀で将来王太子に名が挙がるのではないかと噂されている。
魔法についても幼い頃からロシュフォードさんが付いていることもあってとても優秀だった。
優秀なユーグ王子が六歳になった時、レティシア・ポストマ公爵令嬢が婚約者に決まった。周囲はとても喜んでいたけれど、ユーグ王子は泣いて嫌がっていた。
「僕はクロエと結婚するんだ! クロエ以外誰とも結婚しない!」
そう言っていた。彼の成長を見ているうちにそう言われるのが嬉しいと感じてしまう。でも、彼はやっぱり王子で義務を果たさなければならないのも分かる。
私はずっと一人で生きてきた。
こうしてユーグ師匠の生まれ変わりである彼と時間を共にするうちにレティシア公爵令嬢への嫉妬をしている自分にも気づいた。
でも、自分はただのクロエだ。
身分差はよくわかっている。それに彼はまだ子供だし、彼が『クロエがいい』と言っていても、一時の感情で遊び相手の延長としか思っていないだろう。
言葉を曖昧にしながらユーグ王子と接していく。
十歳を過ぎた頃からユーグ王子はロシュフォードさんでは追いつかないほど魔術の使い手となったため、私の執務室に入り浸るようになっていった。




