50 ご懐妊
部屋の中からか細い女性の声が聞こえ、ジルディット殿下はゆっくりと扉を開いた。
扉を開けると、窓からの風がふわりと私の髪を撫でた。同時に風によって薬品の香りが運ばれてくる。
「メルローズ、具合はどうだ?」
「ジルディット、相変わらず身体が痛いわ。身体が重くて動けないの……」
「今日はクロエ様をお連れした」
「メルローズ様、少し体に触れますね」
私はそう言って、彼女の傍にいき、彼女の手を取った。
部屋の外まで漏れ出る魔力で分かってはいたけれど、確信に変えるため私はメルローズ妃に魔力を流し、確認する。
「……クロエ様、何か、わかりますか……?」
青白い顔をしたメルローズ妃は私に聞いた。私は満面の笑みを浮かべ、
「うん、やっぱりだ。おめでとうございます」
「!? おめでとうございま、す? えっと、どういうことですか?」
「部屋の外まで魔力が漏れていたのでそうかなと思っていたけど、魔力を流してしっかりと確認した。来年には第一子誕生だね! おめでとう」
「「!!!?」」
メルローズ妃もジルディット殿下も驚いて目を見開いて固まってしまった。
後ろで従者がジルディット殿下を小突いたのか、殿下は挙動不審な動きをしながら聞いてくる。
「クロエ様、メルローズの体調不良は子供ができたからなのですか?」
「うん、そうだね。井戸の浄化と治療薬が間に合って良かったよ。メルローズ様はまだ治療が必要だけどね」
ジルディット殿下はメルローズ妃に駆け寄り彼女の頬にキスをしている。とても嬉しかったのだろう。彼の身体からも魔力が漏れている。
「あの……子供が出来たことはとても嬉しいのですが、生まれるまでこの痛みが続くのでしょうか」
メルローズ妃は突然のことで嬉しさと、困惑と、痛みがない混じったような複雑な表情をしている。
「子供は大罪の水の影響を受けていないから本来の魔力なんだけど、王族の持つ魔力量が多くてメルローズ妃の器では抱えきれてないんだ。だから今、彼女の身体は悲鳴を上げている状態なの。残念だけど、お子が生まれるまではこうして魔力を抜き取るしか方法がない」
私はそう言って彼女の手からゆっくりと魔力を抜き取っていく。
昔やった方法は勢いに任せてやっていたから痛いんだよね! 優しく魔力を抜き取って魔力暴走を抑えるのが本来の方法なのだ。
私が魔力を抜いていくと、メルローズ妃は痛みから解放されたように顔色が良くなってきた。
「痛みが、無くなりました。クロエ様、ありがとうございます。……嬉しい」
彼女がお腹に手を当てて呟いた言葉は心から出たものだろう。
メルローズ妃はゆっくりと起き上がると、ジルディット殿下と抱き合った。
将来の王を望まれる重圧はいつの世でもある。
二人を見ていると、愛を知る幸せっていいものだなって思う。
「私がたまに魔力の状態を見に来るよ。後でジルディット殿下にも魔力の抜き方を教えておくから今は安心してゆっくり休んでね。ジルディット殿下、まずメルローズを休ませてあげてちょうだい。それと、医者を呼んであげて」
「わかりました。クロエ様、ありがとうございます」
「じゃあ、私はこれで戻るね」
私はジルディット殿下を置いて一人先に自分の執務室へと戻ってきた。
やっぱりあの魔力の気配は王子だと思う。
魔力量はジルディット殿下より多そうな気がする。大罪の水の影響を受けていないからだよね。本当に良かった。
王子が生まれることはまだ秘匿だろうから生まれるまでは黙っておく。やはり私は占いも超一流だったね。
私は機嫌よく魔法の研究を始めた。
「クロエ様! ありがとうっっ」
しばらく経った後、ジルディット殿下が勢いよく部屋に入ってきた。外では嬉しさを抑えていたのか部屋に入った途端に笑みが零れ出している。
「ジルディット殿下、おめでとうございます」
「ありがとう。さすがクロエ様、占いが当たった。クロエ様の占いでは王子が生まれると言っていたな。楽しみだ」
ジルディット殿下はずっと浮かれていて今にも鼻歌が聞こえてきそうだ。
「ジルディット殿下、メルローズ妃の魔力を抜く方法を知りに来たんじゃないの?」
「! そうでした」
私は立ち上がり、ジルディット殿下の手を取った。
「よく覚えておいてね」
―我が手に魔力を集め、ジルディット・ロマス・サン・フォルンの源を奪い去る魔法を解き放て―
最近は詠唱を省略することも多いけれど、正式な詠唱はちゃんとある。
ジルディット殿下の魔力をゆっくりと抜き取っていく。
「いい? 魔力をゆっくりと抜くんだよ? こうやって急ぐと痛みが出るからね」
私は乱暴に魔力を抜くと、彼は途端に声をあげた。
「いたたたたっ。分かりました!」
ぱっと手を離し、抜き取るのを止めた。
紙に先ほどの詠唱を書いてジルディット殿下に渡すと、彼は痛みを忘れたように笑顔になった。
「クロエ様、ありがとう。やってみる」
「一日一回、魔力を抜きすぎないようにしなくちゃいけない。数日は私が一緒に見るよ」
「立ち会ってもらえるなら安心だ」
ジルディット殿下はしばらく部屋に居座った後、執務に戻っていった。
さて、そろそろ彼は目覚める頃かな。
私は魔術師顧問としていつものように魔術師たちに課題を出した後、ロシュフォードさんのところへ転移をした。
確か彼は侯爵家の子息だったような気がする。
ロシュフォードさんの部屋は装飾も最低限で落ち着いた雰囲気だ。彼は女性にはめられたようだったが、妻じゃなかったのかな?
彼の年なら子供もいるはずだが、部屋を見渡しても妻子がいるようには見えない。




