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最後の魔法は、人を待つための魔法だった  作者: まるねこ


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42 魔法使いの教科書

「殿下、おはよう」

「!!? クロエ様、おはようございます。どこから来たんですか? 私には突然現れたように思えましたが」


 突然現れた私に彼は驚きを隠せていない。その声に扉の外にいた警備をしていた騎士二人が入ってきた。


「殿下! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。大声を出してすまなかった。君たちは持ち場に戻っていい」

「「ハッ」」


 執務室にはジルディット殿下と、従者、壁際に一人護衛騎士が立っていた。


「ところでクロエ様、どこから……?」

「家から転移してきたんだよ。そのうち殿下にも教えるね」

「本当ですか!!」


 ジルディット殿下はとても喜んでいる。


「殿下は王太子だから魔術師の研究以外にも仕事が沢山あって大変だよね」

「残念ながらそうですね。ですが、クロエ様が直々に教えて下さるのなら弟に仕事を投げておけば問題ありません」


「いや、それなら第二王子に魔法を教えておけばいいんじゃない? ジルディット殿下は王様になるんでしょう?」

「いえ! それなら私が王太子を降ります! 魔法をぜひ教えていただきたい」


「あはは。ところでさ、もし、私が悪い魔女だったらどうするの?」

「悪い、魔女ですか」

「例えば国を乗っ取るとか……」


 正直、この魔力のない今の時代なら私が国を乗っ取るのは簡単にできてしまうだろう。


 面倒だし、興味もないのでやらないけれど。


「ああ、それなら大丈夫です。ちゃんと契約書にサインをしてもらったので」


 ジルディット殿下はそう言うと、机の引き出しから一枚の魔法契約書を出してきた。

 陛下が私にサインさせたものだ。


 魔法契約書はその名の通り魔力を使用し、契約をするもので違反すれば罰を受ける。


 国王陛下が用意していた魔法契約書は簡単に言えば乗っ取りをしない。この国を侵略しない。など基本的なことが書かれていた。


 違反した場合は魔力が使えなくなると書いている。


 あの時、一番下に書かれていたのはしっかりと書き換えたけどね。


 もちろん私はこの契約の不正や解除の仕方だって知っている。そもそもユーグ師匠が作ったものだし。


 私は久々にユーグ師匠の影を感じ、クスリと笑った。


「うん、ちゃんと確認した。これでいいかな?」

「ありがとうございます」

「さっ、じゃあ、始めようか。まず、みんながどこまでの知識があるか確認したい」


「あ、はい。ではこちらに。王宮の魔術師が初期に覚えるものになっています」


 そう言うと、ジルディット殿下に付いている従者は空気を読んだように数冊の魔法書を渡してくれる。


 パラパラと目を通してみるが、やはり上級魔法は書かれていない。それどころか初級でも書かれていない魔法もかなりあるようだ。


「ふぅん。そっか。私が魔法使い総団長だった時の魔法使いたちが使っていた魔法の資料を家の奥から引っ張り出してきて良かったよ。これは当時の魔法使いたちが使っていた教科書ね」


 私がそう言って鞄から取り出した資料を机の上に乗せると、ジルディット殿下はまた目を丸くし、本をペラペラと捲ってみていたがすぐに困った表情になった。


「……クロエ殿。これはとても貴重な資料ですね。ですが、今の我々は文字が違い、読み解くことは難しいかと……」

「ああ、そうだったね。これは古語になってるよね」


 五百年も前の言葉だからさすがに読めない。全ての言葉がというわけではないけど、文字も時代と共に少しずつ変化していっている。


「じゃあ、これを読めるようにすればいい」


 私はそう言ってジルディット殿下の前に立って目元に魔法を掛けた。


 ―光の世界に流れる一筋の河。その永劫の深淵に飛び込み知を取り込まん。神秘の力を解き放て―


「……読める。これは、凄い!」


 殿下は真剣な表情で本を読み始めた。


 そして一生懸命手元にあった白紙に書き写している。従者は本棚の横にある引き出しから大量の白紙を取り出し、机の上に置いていく。


「凄いぞ、凄い。やはり昔の魔術師はレベルが違う」

「そりゃ、そうだよ。貴族はみんな魔力を持っていて基礎的なものは学院ってところで全員学んでいて跡を継げない子息たちが身を立てるために魔法使いになっていたからね」

「……すごい。本当にすごい」


 ジルディット殿下は興奮のあまり、語彙力が崩壊し始めているようだ。


 苦笑しながらその様子を眺めていると、扉を叩く音がする。

 彼は不満そうにしながら魔法の世界に飛び込んでいた意識が戻ってきたようだ。


「ジルディット殿下、お呼びでしょうか」

「あ? ああ、ロカが気を利かせて呼んでくれたのか。フィル、ちょっとこれを見てくれ。ああ、読めないんだった。クロエ殿、フィルにも魔法を掛けてもらってもいいでしょうか?」

「フィルさんおはよう。うん、いいよー」


 私はフィルさんに挨拶をした後、同じようにフィルさんにも魔法を掛ける。


「フィル、これを読んでみろ」

「殿下、失礼します」


 フィルさんはそう言って本を読み始めた。どうやら彼の語彙力も崩壊してしまったらしい。


 先ほどのジルディット殿下と同様に本を読んでいる。


 しばらくはこのままかな。


 私はロカと呼ばれた従者にカップをもらい、自分でお茶を淹れる。


 ロカさんが『淹れますよ』と言ってくれるんだけど、丁寧に断った。


 昨日の話を聞いて、もしも……の可能性も否定できなかったからだ。


 お茶を飲みながらそっと殿下たちの魔力を調べる。


 まさか、ね。

 私の勘が外れればいいんだけど。


 もし、最悪の場合、一人で国中を回らなければいけない可能性だってある。面倒だ。


 でも、将来ユーグ師匠が帰ってきた時のことを考えると私がここで頑張らなければいけないと思うんだよね。


 どうしよっかな……。


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