37 念願の魔法
エティ師匠の魔法円はかなり完成に近かったようだ。最後のところを間違えたようだった。
そしてユーグ師匠の延命魔法も同様に解読を終えて理解した。ここからは二つの魔法円を組み込んで不老不死の魔法円の完成に持っていく作業が残っている。
慎重にしていかないと本当に危ない。エティ師匠もそれで術が跳ね返ったからね。
私は慎重に、慎重に…魔法円を起動させ、必要な物を足していく。
詠唱を始め、魔法円を確認していく。
最後の詠唱部分を唱えると、魔法円から強い光と共に風が吹き、部屋中の物がその風によって物がなぎ倒されていく。
私は棚から落ちてきた瓶に頭を打ち、意識が暗転した。
… … …。
「いたたたっ。もう、なんで風が突然吹いたの!? 酷いよね!!」
私は目が覚めて痛みのあまり独り言をつぶやいた。どれくらい意識を失っていたんだろう。
まさかあの時、風が吹いて瓶が落ちてくるとは思わなかった。
最悪だ。
気分を変えようと立ち上がった時に初めて自分の状況に気が付いた。なんだか今まで見ていたものと高さが違うことに気づいた。
……まさか。
不安が急に押し寄せてくる。
「どこ、どこだっけ。鏡、鏡……」
急いで私は手鏡を探して自分の顔を覗いてみた。
「ま、まさか」
手鏡を覗いて自分の姿に愕然とした。どう見ても十歳くらいにしか見ない少女がそこに映っていた。
がっくりと肩を落とす自分がいるけれど、エティ師匠の魔法円もユーグ師匠の魔法円もやはり素晴らしいものだったのだと確認できたことに感無量だ。
それにいつでも解除も可能なのだ。
この気持ちをどう表現していいかわからないけれど、すごく嬉しくて、暴れたくなるほどの感動で、叫んでしまいそうになる。
最後の部分で私は何歳と指定しなかったことが若返った原因のようだ。
もしこれが赤ん坊だったなら恐ろしい。危ないところだった。
寿命はどうなっているんだろう。調べたいけれど、今は魔力が尽きているし、自分自身を調べるのは苦手なのでリディンナさんに見てもらうのが一番だ。魔力が回復したら魔女の村へと向かおう。
私はそう決めてとりあえず魔力が回復するまでの間、ゆっくりと家で本を読み過ごすことに決めた。
翌日、魔力も回復し、リディンナさんの元へ向かった。
「リディンナさん、ちょっと見てもらいたいんだけど」
「……おや、その声はクロエかねぇ。おかしいわねぇ、子供の頃に戻っているようにみえるわねぇ」
「うん。不老不死の魔法を研究していたら最後の詠唱部分で失敗して子供になっちゃったみたいなの。今、どういう状況か見てもらいたいんだ」
「そうさねぇ、私は見ての通りもう体のあちこちにガタが来てるから高等魔法を調べることは出来ないさねぇ」
「どうしよう。自分で調べるしかないのかな。苦手なんだよね」
「次の村長に指名しているファンナに見てもらえばいいさねぇ」
「分かりました」
リディンナさんは若返りや不老不死になりたいとは望んでいない。
亡くなった後のことを弟子たちには話をしているみたい。
私は次の村長になるファンナさんの家に向かった。
「ファンナさん、お久しぶりです。クロエです」
「あら、クロエじゃない。元気? ってなんだか小さくなったわね!」
ファンナさんはこの村でも若い方だが、知識の継承をしたら次の村長になることが決まっている。
「実は魔法の最後の最後でしくったの。そのおかげでこんなになっちゃったんだ。どういう状況になっているか見てほしいんだよね」
「いいわ。でも見た感じとても高度な魔法円を使用したみたいだから料金は高いわよ?」
「もちろん」
私は小袋に入った金貨をファンナさんに見せると、笑顔で部屋の中へ通してくれた。
「そこの魔法円の中に立ってて」
私は言われるがまま魔法円の中に立ち待っていると、髪を結い終えたファンナさんが詠唱を始めた。
身体の至るところが光り、細かく検査をしているようだ。
「ふぅん。分かったわ。クロエ、今のあなたは年齢が九歳まで若返っている。それに不死とは言わないけれど、寿命を延ばすような魔法円も取り入れたのね。
それが良いか悪いかはわからないけれど、不老の魔法と噛み合い、作用しているわ。このまま年を取らずに永遠に生きていきそうね。
素晴らしいじゃない。人々の望みをついに完成させることができたのよ」
「そっかぁ。でもこの方法は難しくて使える人はいないかも」
「そうね。見るからに複雑な魔法だから私には出来なさそう。まあ、これからクロエは人が死ぬような死に方では死ねない気もするし、長生きに飽きたら死ねるように魔法で解除するしかなさそうね」
ファンナさんはそう言いながら調べたことを紙に書きとって渡してくれる。
「分かりました。ありがとうございます」
調べてもらった紙を握りしめてお礼をして家に戻った。
ふぅと深呼吸をした後、ファンナさんからの紙を見てみる。
……やっぱり。
さっきファンナさんが言っていたことが書かれている。
私は怪我をしても異常な回復を見せるかもしれない。
どれだけ痛めつけても九歳の身体に戻ってしまうようだ。時間が巻き戻るというより、身体の記憶が九歳で止まっている状態らしい。
――不老不死。
まさか、本当に自分がなるとは思ってもいなかった。
永遠に一人で生きていく。
その言葉の重さを改めて考えた。
今は師匠を待つという目的がある。
でも、目的を失えばどうなるんだろう。
これからの生き方に突然現実を突きつけられ、深淵の闇を覗いたような恐怖を感じる。
きっと、大丈夫。
なんとかなる。
そう自分に言い聞かせるように紙をぎゅっと握りしめた。




