30 新たな副官
私はラルド副官がいない間、副官のしていた書類をまとめている。
彼は今、どんな記憶を覗いているのだろうか。
過去の王宮魔法使いたちはとても強かったし、癖が多い人も多かった記憶だ。得意、不得意が少ない分、特出したような人もいない。
彼が知識の継承を終えた時、魔法使い総団長となり、私は元の魔女に戻る。
ここに来た時は私の黒髪を忌避する人も多かった。けれど、今は総団長として受け入れてくれている。
私がいることで黒髪の忌避感が薄れたらしく、平民出身の黒色を持つ団員のあたりは減ったと聞いている。
私が総団長になって少しは良い方向へと導くことができただろうか。
不安になりながらもオルク団長を呼び出した。
「お呼びでしょうか?」
執務室に来た彼は執務をしている私に礼を執った。
「オルク団長、大事なことを言うね?」
「はい」
「モンシェール様が数時間前に亡くなったの。今、ラルド殿下が知識の継承を行っている最中なんだよね」
私の言葉が寝耳に水だったようで、団長は目を丸くし、再度聞いてきた。
「クロエ総団長、もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
「うん、いいよ。モンシェール様が亡くなってラルド殿下が知識の継承中なの」
「……本当でしょうか」
「嘘付いたって仕方がないでしょ?」
モンシェール様がここ数か月だんだん弱っていき、ほとんど人前に出なくなっていたし、オルク団長もモンシェール様が長くないことは知っていたはずだ。
オルク団長は神妙な面持ちで聞いてきた。
「知識の継承は時間がかかるものなのでしょうか」
「うん。モンシェール様の記憶も見ているから時間が掛かるんじゃないかな」
「……ではその間の仕事は」
「私がするから大丈夫だよ。それでね、オルク団長、相談があるんだけど」
私はモンシェール様との約束を口にする。
「相談とは何でしょうか?」
「ラルド副官の知識の継承が終わったら魔法使い総団長になる。私はまた魔女に戻る予定なんだ。だからラルド副官の代わりになる新しい副官を手配してほしいの」
「……クロエ魔法使い総団長は顧問にはならないのですか?」
「うん。モンシェール様との約束だったからね。ラルド副官が総団長になったら私はまた魔の森に戻るだけだよ。数年だったけど、とっても楽しかった。引継ぎのこともあるから早めに副官を決めてほしいんだ」
あっけらかんと言う私とは対照的にオルク団長は困ったような顔を見せている。
突然のことだっただろうか? いや、モンシェール様は常々ラルド副官が跡を継ぐことを言っていたし、問題ないと思う。
「……わかりました。これから各団の団長と話し合います。クロエ魔法使い総団長、本当にお辞めになるのですか?」
「うん。いつまでも忌み子の私がトップだなんてみんな嫌でしょう? やっぱり王族がなるべきだと思うよ」
「魔法使いたちはクロエ総団長の実力や人柄を知り、反対する者など一人もおりません。それに、ラルド副官にはクロエ総団長が必要ではないかと……」
「ラルド副官が私を必要としている? モンシェール様の知識があれば私なんて役立たないよ。モンシェール様は私や師匠と違ってずっと王宮魔法使いとして働いていたんだし」
「いえ、そういう意味では」
「ん? どういう意味?」
「クロエ様はラルド副官と伴侶として相応しいのではないかと考えております」
オルク団長の言葉に私はブッと驚きすぎて噴き出してしまった。
「オルク団長、そんなことはないない。絶対ないよ。ラルド副官は王族だよ? いくら私の魔力が豊富だからって平民だし。ラルド副官には相応しい貴族令嬢が必要だと思う」
私は笑いながらそう返した。
私の言葉に納得していないようだったけれど私の言葉も理解しているようでそれ以上言うことはないようだ。
王族を支えているのは貴族だ。魔力を維持するには貴族同士の婚姻は必須になる。忌み子との婚姻はもっての外だ。
それに私は寿命を延ばして師匠を待つという使命がある。ひっそりと師匠を待っていたい。
私がオルク団長と話をして副官を新しく出してもらったのは一週間後のことだった。
まだラルド副官は知識の継承は終えていないため、魔法使いの棟に姿を見せていない。
「クロエ魔法使い総団長、私ジェイド・ラッセンと申します。今日からここに配属されました。改めてよろしくお願いします」
「ジェイド副官、よろしくね」
彼は二十代前半らしくオレンジの髪にピアスがいくつも付いていて少し遊んでいそうな雰囲気だ。
私の知っている彼は黒色を特に忌み嫌う人だということだ。
彼は私が魔法使い総団長になった時に文句を言っていたのを覚えている。(背中に魔法円を付けて魔獣に追いかけさせたけどね!)私を敵視していてもおかしくはないと思う。
ラルド副官を尊敬しているのだろうか。
「クロエ魔法使い総団長、質問してもよろしいですか?」
「ん? なあに?」
「なぜラルド副官が知識の継承をしているうちに副官を勝手に決めるのですか?」




