28 モンシェール様の記憶
「ラルド殿下、記憶をお見せするのはモンシェール様の遺言です。一度記憶を取り込めば数日間は眠ったままになります。準備をしたらラルド殿下の自室で行いましょう」
「……わかった。どんな準備が必要なのだ?」
「ファーロの葉が必要です。アイカとペールの葉やカポの実など、特別に調合された薬草類を煮出した定着液を作ります」
「手伝うよ」
「助かります」
私は総団長室へと戻り、隣に設置されている研究スペースで準備を始める。ラルド殿下も手伝い、定着液を一緒に作っていく。
「ラルド殿下、準備ができました。自室に戻ってファーロの葉で砂を包み、こうして飲み込んでください。言っておきますが、大変まずいので吐き出したくなりますが、絶対に吐き出してはいけませんよ?」
「そんなに、なのか?」
「ええ。師匠でも味の改良ができなかったのです。覚悟しておいてください。あ、あと、数日眠ることになりますので陛下にお知らせしておきました。副官の仕事は私がやっておくので大丈夫です」
「何から何まですまない」
「では……」
「クロエ殿」
私は総団長の執務に戻ろうとした時、殿下から呼び止められた。
「その、私の自室で薬を飲んで眠りにつくまでの間、見守ってもらえないだろうか」
「構いませんよ」
「ありがとう」
どこかホッとした表情のラルド殿下は初めての知識の継承で不安だったのかもしれない。
いや、私も師匠の死を前にして残された弟子の気持ちは痛いほど理解している。
ラルド殿下は瓶を大切に抱え、私は定着液を持ったまま応急の王族の居住区へと入っていく。
ここは王族の方々の私室のため、許可のない者は入ることができない。
門番が私に気づいたけれど、ラルド殿下は許可を出して区画の中へと入っていく。もちろん途中で従者に連絡を飛ばし、従者は区画前で待機していたので、私たちはその後ろをついて歩いている。
ユーグ師匠の記憶と今の構えはだいぶ違うようだ。
今の方が至る所に豪華な装飾が施されていて贅を尽くしているような感じに見える。
これも時代が安定しているからだろうか。
「ここが私の部屋だ」
ラルド殿下の自室は驚くほど殺風景だったといってもいいかもしれない。
机と椅子、ソファとベッド。小さな本棚にクローゼットがあるのみ。もっと豪華な部屋で様々な物が置かれていると思っていた。
「ラルド殿下の部屋はもっと沢山の物があると思っていたのにかなり質素なのですね」
「ああ。ここにはほとんど寝に帰るだけだから。ジル、私はこれより数日間眠りにつくことになる。あとのことは頼んだ」
「畏まりました」
ラルド殿下が信頼している従者なのだろう。彼は頷き、私たちの様子を静かに見守るように部屋の隅に立っている。
「何日眠るのかはわかりませんが、大体一週間くらいなんじゃないかと思います」
「そんなに眠りについて問題はないのか?」
「全身に魔力が身体を包み、一時的に生命活動を最低限にまで落としているようなので大丈夫だと思います。私もこの通りですから」
「そうか……。クロエ殿、モンシェール様はなぜ知識だけでなく記憶を見せるという方法を取られたのだろう」
「過去の魔法使いたちはどのようなものだったのかを見せたかったんだと思います。知識だけではわからないものですから」
ラルド殿下は漠然と考えていたようだが、私が言葉にすることで自分の中で形になり納得することができたのだと思う。
彼は小さく「そうか」と呟いていた。
私は隣室でしばらくの間、待機することになった。彼はしばらく眠りにつくため湯あみなどの準備をしている。
「さて、ラルド殿下、準備はできましたか?」
「ああ、クロエ殿、待たせてすまなかった」
従者に呼ばれ、私が部屋に入るとラルド殿下は寝衣を着てベッドに入っていた。
「では、これから知識の定着に入ります。薬は大昔から不味いものですが、改良は進んでおりません。どれだけ不味くても吐き出さず飲み込むようにお願いします」
「……わかった」
瓶から粉を取り出し、ファーロの葉に乗せて包み、ラルド殿下に渡すと彼は口に含んだ。
定着液をカップに注ぎ、渡すと、彼は意を決して一気に口に流し込む。
「うぇっ」
殿下は薬の不味さで危なく戻しそうになった。その様子を見てフッと私は笑ってしまう。
涙目のラルド殿下は苦戦していたが、なんとか飲み込めたようだ。
「不味いな。これを本当に魔法使いたちは飲んでいたのか?」
「不味いですよね。歴代の魔法使いたちはみんな同じ思いをしていますから」
そう話をしようとしているそばからラルド殿下はウトウトとしはじめた。
「では、ラルド殿下。よい夢を」
私は彼をベッドに寝かせ、従者に見守るように指示をする。
そして起きたら私を呼ぶように伝え私は魔法使い総団長室へと戻った。




