27 知識の継承
「誰一人欠けることなく定刻通りの集合ができたことを嬉しく思う。だが、一方で魔獣相手に苦戦し、逃亡した組もあった。みなも自覚があるだろう。
これからもいつスタンピードが起こるかわからない。そのためにも我々はこうして日夜訓練を行っているのだ。それを忘れないように。今日は疲れただろう。ゆっくり休むように。では、解散!」
魔獣の討伐で魔法使いがフォローしきれない部分を、私とラルド副官で補助していたことに気付いた一部の団員は、私の前に来て謝罪してから戻る人もちらほらいた。
「さて、ラルド副官、私達も戻ろっか」
「そうですね」
団員たちは帰宅し各自休むけれど、私達はそこから会議が始まる。
今回の出来を評価し、各団の団長と情報共有を行っていく。その中にモンシェール様もいて次はもっときつい課題を与えると言っていた。
私よりも過激派のようだ。
騎士団と魔法使い団は私が着任してから訓練が強化され、次第に能力の向上が目に見えはじめた。
モンシェール様の功績も大きいと思う。
徐々に私の実力をみんなが認めてくれているようになり、馬鹿にされたりすることもなくなっていった。
そうして私が二十歳になった春、ついにその時がきた。
数日前からモンシェール様の体の自由は利かなくなり、今は寝たきりで目もあまり見えない状態となっていた。
そんな中、私はしばらくの間、モンシェール様と二人きりにしてもらい、話を始めた。
「クロエ殿、私は天国の門を潜る日が来たようだ」
「モンシェール様、どうされますか? ユーグ師匠のように転生する秘術を使いますか?」
私はモンシェール様に確認するように耳元で話をする。
「いや、私は十分生きました。クロエ様のおかげで死ぬはずだった私もここまで寿命を延ばし、ラルド殿下にも基礎は教えることができました。
寿命を延ばしてもらったこの数年間はとても楽しかった。これから私の代わりにラルド殿下を導いてくださる人もいる。
もう満足するまで生きました。来世はのんびりと過去とは違う人生を歩みたい。あとは知識の継承を行うだけです。知識の継承はラルド殿下のみでお願いします」
「わかりました。ではラルド殿下をお呼びしますね」
私はモンシェール様の意思を確認した後、ラルド副官を部屋に呼んだ。
「モンシェール様!」
ラルド副官は悲痛な面持ちでモンシェール様の傍へと歩み寄り、手を添えている。
「ラルド殿下、どうやら私の寿命はここまでのようです。これからはラルド殿下が魔法使いたちをよき方向へ導いてやってください」
「……わかった。モンシェール様、今まで私をお導き下さりありがとうございました」
ラルド殿下はそう言うと、礼を執った。
「クロエ殿、よろしくお願いします」
「わかりました」
「モンシェール様、彼に記憶を見せますか?」
私はそう聞くと、モンシェール様は笑顔を見せた。
私がここへ来た当初は見せないといっていたけれど、モンシェール様の考えは変わったようだ。
「……ああ。例え断片であってもラルド殿下なら記憶は無駄にはしないでしょう」
「わかりました」
私はモンシェール様のベッド横に魔法円を描きはじめる。その様子をラルド殿下はじっと見守っている。
「準備ができました」
私の言葉にラルド殿下が反応しモンシェール様へと話をする。
「モンシェール様、本当に逝かれるのですか? まだ、私は教えてもらっていないことばかりだ。どうか、もうしばらく……」
「ラルド殿下、別れはいつの世もどんな時にもあります。受け入れがたい。
だが、私の寿命はとうの昔に尽きております。肉体も限界を迎えておるのです。ラルド殿下、悲しむことはありません。よくここまで生きたと褒めてやって下さい。
どうかラルド殿下にも良い伴侶と巡り合い、私が果たせなかったことを果たしてもらいたい」
「……わかった。約束する」
「では、クロエ殿、お願いします」
「わかりました。ラルド殿下、モンシェール様をこちらの魔法円の中へ」
私がそういうと、ラルド様はモンシェール様を抱え魔法円に寝かせた。
「では、始めますね」
私は詠唱を始めた。
本来なら亡くなった状態で魔法を唱えるのだが、私の魔力で無理やりモンシェール様は肉体と繋がっている状態なのだが、それももう終わろうとしているため、私が魔法をかけると苦しむことなく魂は天国へと向かうだろう。
そうして最後の詠唱に入る。
「ああ、体が軽くなってゆく。心が洗われるようだ。ラルド殿下、私の前に光がさしている。あとのことは頼みました……」
― 天に還し魂の記憶。風を読み、土を感じ、空を見上げ、森の知識を受け継ぐ。その記憶は我々の身体に刻まれ受けつぎ、古の知恵は次代へ。神々の祝福を次代へ。光り輝く未来への道しるべとならん ―
「あ、りが、と……」
最後の最後に言葉を残し、モンシェール様の身体は光と共に砂つぶへと変わっていった。
「ううっ。師匠。まだ、師匠でいてほしかった。私には足りないものばかりだ」
ラルド殿下は肩を震わせ涙を堪えている。
ユーグ師匠の時を思い出し、私の蓋をした感情が溢れてくる。泣かないって決めていた。
私はぐっと堪えてラルド殿下に声を掛ける。
「ラルド殿下、まだ知識の継承は終わっておりません。どうかモンシェール様の意思を継ぐためにも続けます」
「ああ、そう、だな」
私とラルド殿下は砂つぶを丁寧に集めて瓶に入れてラルド殿下へと渡した。
砂つぶの量はユーグ師匠には及ばないものの、かなりの量がある。
モンシェール様も研究熱心だったし、知識は膨大なものなのだろう。




