24 技術向上と依頼
「モンシェール様、これって一から修行しなおしだよね?」
「そうですな。残り少ない時間をクロエ殿とこれから魔法使いの質を上げることとしますかな」
「厳しくいかないとね!」
ここから私はモンシェール様と『魔法使いの技術向上のための会議』という名の玩具開発が始まった。被験者はもちろんラルド副官だ。
涙目になりながらも私たちの試練に耐え、能力は格段に上がっている。
そうこうして忙しく日々を過ごしていたある日のこと。久々に家にいると、ノックの音が聞こえた。
「はーい」
扉を開けると、忘れかけていた彼女が大きな袋を抱えて立っていた。
「魔女様、言いつけられたものを持ってきました」
令嬢だった彼女は平民服を着てやつれたように見える。そして前回いた従者も今日は付いていないようだ。
「無理したの? とりあえず家に入って」
「……はい」
今にも壊れてしまいそうなほど声も弱々しい。たしか跡取りを巡っての争いに巻き込まれていたんだっけ。
私は気を取り直して薬草茶を彼女に飲ませる。
「うぇっ。ど、独特な味がしますね」
「そう? 美味しいよ? 魔力を回復させる薬草茶。で、物は集めてきたの?」
「はい。魔獣討伐に付いていき、遺体の一部を切り取ってこうして凍らせて持ってきました」
「平民の服を着ているのはそのせい?」
「……結局、侯爵令嬢が魔獣の討伐に参加するなんて頭が可笑しい。そんなものは下賤な者たちがするものだと言われ、家を追い出されてしまったんです」
「馬鹿な人たちだね」
私がそう言うと、アリアさんは思いつめていたようで堰を切ったように泣き始めた。
彼女は一通り泣き終えるのを待った。
「もう大丈夫?」
「……はい。取り乱してすみません」
「貴女は頑張ったと思うよ。禁忌を犯してまでここに持ってきたんだもん」
「薬は作ってくれる、のでしょうか?」
彼女は心配そうに聞いてきた。
「いいよ。今作るからちょっと待ってて」
私はアリアさんから袋をもらい中身を確認する。沢山の肉片が入っているし、これなら役立ちそうなものも中にはあるんじゃないかな。
「よし、準備するからちょっと待ってて」
「はい」
私は床を掃除した後、一枚の木の板を取り出し、床の上に置いた。
「魔女様、これは?」
「ああ、この上に魔法円を描いて作るんだ」
私はそう言った後、板に木炭で魔法円を描いていく。アリアさんはその様子を邪魔することなくじっと見つめている。
「さて、出来た。肉片をこの上に乗せてっと……」
準備が出来たところで詠唱を始める。
― 天に還し魂の記憶。風を読み、土を感じ、空を見上げ、森の知識を受け継ぐ。より良き記憶は我々の身体に刻まれ受けつぎ、古の知恵は次代へ。神々の祝福を次代へ。光り輝く未来への道しるべとならん ―
彼女の集めた肉片から知識を取り込もうという作戦なの。
魔法円と共に肉片は淡い光を放ち、徐々に粉へと変わっていく。
知識の継承は本来師匠と弟子にのみ行われる儀式だけど、別に禁忌ではない。ただ無闇にしてしまうと知識の混濁が生じてしまう可能性がある。
今回、私は詠唱の部分と魔力を調整し、混濁の可能性を最小限に抑えるようにして作成した。
「出来たよ。この粉を今集めるから待ってて」
もしかして、と不安そうにしているアリアさんを横目に私は粉を集めて瓶に詰める。
粉は思ったよりも少なくて一度で飲めそうだ。そう思うと師匠はどれだけ知識を詰め込んでいたんだか。ふっと思い出し、笑顔になる。
「……魔女様、これは」
「今飲み物を準備するから待ってて」
「え!?」
知らない人の、しかも肉片を口にするなんてとても恐ろしいことだと思う。まあ、彼女の今後のことを考えるのであればこれくらいどうってことはないよね。
私はそのまま窯の前に立ち、定着液を作っていく。
「魔女様、私はこのまま平民でどうやって暮らしていけば良いのでしょうか」
彼女は自分の置かれた環境を思い出したようでまた不安そうに言葉を漏らした。
「さあ? この薬を飲めば自分自身で求めている答えが見つかるかもしれないよ? ここにくる行動力はあるんだし」
「……はい」
彼女が何を思い、どう悩んでいるかは私には分からないけど、知識がきっと役立つんじゃないかな。
「さて、出来たよ。これをこの葉で包んで、一気に飲んで。不味くても吐き出しちゃだめだからね」
「え!? 先ほどの遺体を食べるのですか?」
「肉片は知識の粉に変わったから。人肉を食べるわけじゃないから大丈夫」
怖がるアリアさんを落ち着かせるように言うけれど、やはり抵抗感は凄くあるようだ。
アリアさんは躊躇いをみせて手はカタカタと小刻みに震えているが、意を決して一気に飲み込んだ。
知識の定着に少し時間が掛かるし、様子を見たいから今日はこのままここに泊まってもらった方がいいかもしれない。
「今日はここに泊まっていくといいよ」
「いいのですか?」
「うん。様子を見たいし」
アリアさんはどこかほっとした表情をしている。もしかして、行く当てがないのだろうか。
「アリアさんは行く当てはないの?」
「……はい。侯爵家から僅かばかりのお金を持たされてそのまま追い出されたので」
彼女は思い出したようにまた涙声になった。
「魔法も使えるんだし、私みたいに魔女になってみたら?」




