18 彼女の死
――〇
「ユーグ、ごめんなさい」
「……クロエ。きっと治してみせるから。もう少しの辛抱だ」
クロエディッタは弱々しい状態のままベッドで寝ている。師匠はベッドに腰かけ、クロエディッタの頬を撫でていた。
彼女の髪は少し白髪が混じっている。
前回の記憶から十年以上経っているのかもしれない。そして二人はとても親密な雰囲気だ。
「ユーグ、お願いがあるの。あの方法を試してみたい。私はまた貴方の隣に立ちたいの」
「……駄目だ。あの研究はまだ途中で動物でしかやっていないんだ。それに確証なんてない」
「ユーグ、私はユーグを信じているわ。大丈夫よ。それに、私には分かるの。もうすぐ私の命は尽きる。だから、お願い。また貴方に会いたい。貴方の傍に立ちたい」
クロエディッタはか細い声でユーグ師匠に話をしている。
まさか、まさか……。
私の心臓は私の思考を邪魔するように音を立てはじめている。
「……だが」
ユーグ師匠は言葉に詰まった。
「お願い。ユーグ、泣かないで。私の最後の願いなの。貴方ならきっとできるわ」
「だが、生まれ変わったとしても記憶は保持されないかもしれない」
「いいのそれでも。だから、私の魔力を全て使って」
「……わかった」
やせ細った彼女は今にも折れてしまいそうなほどだ。
ユーグ師匠は煎じた薬草をクロエディッタに飲ませる。
魔力水で身体を清めた後、また別の薬草を身体に塗り、以前実験に使っていた大きな魔法円が書き込まれた床の中央にクロエディッタを寝かせた。
「クロエディッタ」
「ユーグ、楽しみよ。こんなに嬉しい気分になったのはいつぶりかしら」
クロエディッタはそう言いながら自身の魔力を魔法円に流し、ユーグ師匠が詠唱を始めた。
―蒼穹を穿つ魔力により、深淵より魂の糸を紡ぎ直し、転生の門を開かん。未来の光芒を掲げ、再びこの世に戻らん―
「ユーグ、愛しているわ」
彼女はそう最後に呟きを残し、身体を残して逝ってしまった。
残されたユーグ師匠は膝を突き、冷たくなった彼女の亡骸を抱きしめている。
――〇
クロエディッタはユーグ師匠に愛されていた。
彼女にそっくりな私はきっと彼女の生まれ変わりなのだろう。
だけど記憶は引き継がれていなかった。
ユーグ師匠が唱えた文言は私がユーグ師匠を見送った詠唱とは少しだけ違ったの。
クロエディッタを送った時は未完成だったのだ。だからこうして師匠の記憶を見せるように、一縷の望みを抱いて知識の継承の言葉を変えたんだ。
ユーグ師匠が見せたかった記憶……。
そこからの師匠の記憶は走馬灯のように一気に流れ始めた。師匠にとって最愛の人の死は辛い記憶だったのだろう。
私が生まれ変わった後も師匠は一生懸命私を探してくれていたのだと思う。
記憶は蘇らなかったけれど、私はユーグ師匠の気持ちを知って嬉しくて涙が止まらない。
今にして思えば師匠の行動が腑に落ちる部分がいくつもある。でも、決して私に前世の記憶を無理やり思い出させようなんてことはしなかった。口煩かったけれど、いつも優しく面倒をみてくれていたの。
今度は師匠が生まれ変わる番だ。
師匠はあれから魔法円にも改良を重ね、詠唱も少し変えていた。それがどう影響するのかは分からないけれど、上手くいくと信じている。
師匠は、クロエディッタと再び出会うために彼女が取り組んでいた不老不死の研究を引き継いでいた。
その研究の中で寿命を伸ばすことには成功している。
これからは私が師匠の研究を引き継いでいこう。
前世の私は師匠を愛していた。
残念ながら記憶はないけれど、初めて師匠に会ったあの日、師匠を見てどこか懐かしさや温かな気持ちが湧き上がったのは事実だ。
どこまで私が長生きするか分からないけれど、師匠の知識をしっかりと継承していくよ。




