17 魔女への依頼
「なるほど……師匠は私に過去をわざと見せるために魔法円を書き換えたんだ。確かに完成された技術だけより、記憶もあれば様々な研究の知識も理解できるし私がどの研究をするかも選ぶことができるんだね。それにしても何日眠っていたのかな、お腹が減って死にそう」
立ち上がり背伸びをした後、キッチンに向かい食べ物を漁るけれど、野菜はしなびている。
数日は眠っていたのかもしれない。
この分だと置いていた水も飲めなさそうだ。
私はそのまま小屋の外に出て井戸の水を汲みに行く。
私は師匠の跡を継いでこれから何をしていこう。
ああ、そういえばモードフェルン国の魔法使いに知らせを入れておかないといけないよね。「代替わりしました」って。
さすがに今の魔法使い総団長はサーデル様じゃない。
確か、今はモンシェール・グリフィッド様だったよね。
ユーグ師匠は第一線を引退した後もずっと変わることなくモードフェルン国の魔法使い棟の顧問として在籍していていた。
モンシェール様はユーグ師匠の寿命を引き延ばす方法を教わり、彼もまた現在百歳を超えたていたはずだ。
引退したと聞いていないのでまだまだ第一線で働いているのだろう。
井戸から水を汲み上げ、部屋に戻り、玉ねぎやジャガイモを貯蔵庫から取り出して切る。
かまどに火をくべてベーコンと共にフライパンで炒めようやく食事にありついた。
「美味しい。そういえば師匠の若い頃は今よりもずっと美味しい食事をしていたよね。私も師匠と一緒に食べてみたかったな」
ポツリと呟く。
残念ながら師匠の記憶を見ても味は伝わってこなかったんだよね。
空腹も治まり、私は戸棚の引き出しから便箋を取り出した。
— モンシェール・グリフィッド魔法使い総団長 殿
先日、師匠であるユーグ・イグナーツ・フュルヒテゴット・ヴィンツェンツは天国の門を潜りました。私、クロエが知識の継承を行い、これからは次代の魔女として魔法の研究、薬の製造を行っていきます。 魔女 クロエ ―
短いけれど、これで十分伝わるよね。
何かあれば手紙や本人がくると思う。
私はそう考えながら手紙に封をして魔法でモンシェール魔法使い総団長へ送った。
さて、もうひと眠りしようかな、と思ったけれど、手紙を送ったまま返事を確認しないのは不味いと思い直し、畑の薬草の手入れを始めた。
しばらく手入れをしていると結界を叩く音が聞こえてきた。
そういえば眠りに着く前、貴族らしき女性を追い出した記憶がある。
もしかしたら彼女かもしれない。
私は面倒だなと思いながら閉じていた森を開くと、同時に誰かが結界の中へと入ってきた。
私はお湯を沸かしながら人が来るのを待っていると、すぐに扉はノックされた。
「魔女様、いらっしゃいますか?」
扉の向こうから声が聞こえてきた。
前回とは違い、今回は横柄な態度ではないみたい。私は扉を開けると、そこには数日前に見た令嬢が立っていた。後ろには従者もいるようだ。
「何か用?」
「先日は失礼をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。私、魔女や魔法使いは貴族がなるものだと思っていたため、まさか忌み子と呼ばれる人たちが魔法を支えているとは知らなかったんです」
王都にいたらそうかもしれない。
王宮にいる魔法使いでも役職に就いているのはほとんど貴族なのだと思う。(師匠の記憶で知った)黒を帯びている人たちは街に下りてひっそりと薬屋、占い師などになり、貴族の目には止まらないのだろう。
この数日の間に彼女は村の人や従者に諭されたのかもしれない。
「どうぞ、こちらへ」
私は彼女と従者を部屋の中へ招き入れ、椅子に座らせる。
「で、どういった相談なの?」
「私、アリア・ザロアと言います。実は、私はザロア侯爵家の跡継ぎなんですが、女の私が跡を継ぐのは相応しくないと親戚中から言われているのです。それが悔しくて、悔しくて」
「うん」
「親戚たちを押さえつけるほどの実力が欲しいんです」
「無理ね」
即答した私に令嬢は目を見開いて口を開いたけれど、言葉は出ていない。
即答されるとは思ってもみなかったようだ。
「な、ぜ、ですか?」
「親戚を黙らせるほどのことをしてこなかったのは自分自身だよ? 主席を取ったとか、何かに精通しているとか」
「でもっ、私にそんな能力なんてっ……」
そう言うと令嬢は涙を流し始めた。
まぁ、そんな悩みなど解決してくれる薬なんてないから魔女や魔法使いは相手にしなかったのだろう。むしろ悪徳魔女に捕まらなかったことを褒めるべきかもしれない。
「そこまでして縋りつくしかないの?」
私が聞くと、令嬢は涙ながらに頷き答えた。
「……私は先妻の娘なんです。母は元子爵家の令嬢で侯爵家では立場が弱かったの。今の義母は元公爵家の令嬢で逆らう者はゆるさないの。
父も親戚達も公爵家からの支援が欲しい。長子を跡継ぎにするこの国の法律を考えると、私は邪魔な存在でしかないの。だから、父も、親戚たちにも有無を言わせないほどの力が欲しいの」
師匠の記憶を見てからなんとなく貴族社会は複雑だと分かっていたけれど、まあ、排除される側にとってはたまったものではないだろう。
「……そう。方法がないわけではないよ」
「本当ですか!?」
「でも貴女にできるかどうかは分からないけど」
彼女は前のめりになり、真剣な表情で聞いてきた。
「私、なんでもやります。是非、教えて下さい」
「犯罪ではないけれど、禁忌を犯すことになるけどいいの?」
「……やります」
彼女は一瞬躊躇ったが、覚悟を決めたように頷いた。
「では、亡くなった人間の一部を切り取って集めてちょうだい。なるべく鮮度はいい方がいい。生きている人では駄目。分かった?」
「遺体の一部、ですか。どれくらいの数を……?」
「多ければ多いほどいい」
「それは、貴族、平民問わず、ですか?」
「うん」
「……わかりました。私、やります」
彼女は何かを考えるような感じで従者と共に戻っていった。
「さて、ちゃんと依頼には応えたし、眠るまでの間どうしようかな」
一人呟きながらお茶を飲んでいると何もない空間から音が聞こえてきた。
―チリン、チリン。
小さな鈴の音が鳴った後、私の手元にふわりと手紙が浮かび上がった。
どうやらモンシェール魔法使い総団長から返事がきたようだ。私は早速封を切り、目を通す。
― 魔女 クロエ 殿
王国の輝く一つの巨星が天国への門を潜られたことは残念に思う。ユーグ様が亡くなられたことはモードフェルン国にとって多大な損失である。知識の継承は魔女クロエ殿のみが行うと生前から聞いている。貴殿には引き続き我が国に協力を願う。知識が定着次第、一度魔法使い総団長室を訪れてほしい。
モンシェール・グリフィッド魔法使い総団長 ―
知識の継承が済んだら王宮へ行くことになるのか。
面倒だ。
でもこればかりは魔女として生活するためには必要だし行くしかない。
研究や素材を調達するのはやはり国を通した方が手に入りやすい。
私は手紙をテーブルの上に置いて粉の入った瓶に目を向ける。
粉は残り僅かだし、あの令嬢が戻ってくるまでには知識の継承を終えることができそう。
お腹に詰め込むように沢山食べ、粉を飲んでまたベッドに入った。




