15 ユーグの記憶 知識の継承
「エティ師匠、とんだばあさんだったな……」
サーデル様は昔を思い出すように、懐かしむように口にする。口は悪かったけれど、とても優しい人だった。
「……サーデル師匠、知識の継承を行いますか?」
「どこでそのことを? ああ、サティアさんからか。やり方は知っているのか?」
「はい」
「迷信だが、継承を行うと呪いを受けるかもしれないというのは知っているか?」
「はい。ですが、どれだけ調べても継承で呪いを受けた人はいませんでした。それに死刑が決まった者に呪いを掛けて実験をしましたが、知識の継承で呪いも継承することはなかったので問題ありません」
ユーグ師匠はサラっと問題発言をしたような気がしたがサーデル様は気に留めることはなかったようだ。
「ならすぐにでも継承の準備を行う。時間と共に知識は得られなくなるからな」
サーデル様はそう言うと、戸棚にある瓶に入った粉状になった薬草に水を含ませる。
テーブルや椅子などを避けて床に魔法円を描き始める。
クロエディッタは知識の継承を知らないため不思議そうに眺めていた。
「描けた。ユーグ、師匠をここに寝かせてくれ」
ユーグ師匠はエティ師匠をそっと抱え上げて魔法円の真ん中へと寝かせた。
「ユーグ、クロエディッタ。よく見ておくんだ」
「はい」
サーデル様はそう言うと、詠唱を始めた。
―天に還し魂の記憶。風を読み、土を感じ、空を見上げ、森の知識を受け継ぐ。その記憶は我々の身体に刻まれ受けつぎ、古の知恵は次代へ。神々の祝福を次代へ。光り輝く未来への道標とならん―
最後の詠唱と共にエティ師匠は光に包まれた。
浄化の炎で焼かれていくように体内に残った呪いは勢いよく火花を散らし消えていく。
そうして光が消え、エティ師匠の身体は白い粉に変わっていった。
「ユーグ、クロエディッタ。この粉を集めて瓶に詰めるんだ」
サーデル様の言葉にユーグ師匠は頷いて粉を集め始めたが、クロエディッタはその光景が受け入れられない様子だった。
「エティ師匠の身体をどうするんですか」
「クロエディッタ、これは魔女や魔法使いの中では当たり前に行われているものなんだ。師匠から弟子への最後の祝福だ。しっかり受け取らなければならない」
「でも……」
クロエディッタは忌避感が拭えないようだ。
「君がこれから生き抜くのにエティ師匠の力は必要だ。また家族を人質に呪われるような事態になったらどうする? 今の君では後ろ盾もなければ自ら抵抗する力もない。エティ師匠は弟子のためにこうして身体を残してくれた。師匠のためにも取り込むんだ」
「……はい」
呪いで死を迎える時は苦痛が伴う場合が多い。
そして呪いが拡散しないためにその場で自らの身体を発火させ、あとに残らないようにするのだ。けれどエティ師匠は自らの寿命を削る呪いを掛け、最後まで生き、身体を残し、死を迎えた。
「ファーロの葉に包み、アイカとペールの葉やカポの実、カディットの根、モロの根を調合する。庭の薬草を煮出した定着液と一緒に飲み込む。これで知識の継承をする」
ユーグ師匠はサーデル様の指示通り、薬草類を鍋に入れ煮出したり、乳鉢で調合をしたりしていく。
クロエディッタはその工程をじっと見つめているだけだった。
全ての準備が終わった時、サーデル様は最初に薬と共に飲み込んだ。
「相変わらず不味いが問題ないな。ユーグ、飲んでみろ」
ユーグ師匠は差し出された薬品の入ったコップを手に取り一気に流し込む。私が飲んだものと同じだけど、サーデル師匠は眠りにつく様子はない。ユーグ師匠もそうだ。
やはり私が眠りについたのはユーグ師匠のせいか。
クロエディッタにも同様の物が渡され、意を決したように一気に飲み干す。
「不味いっ」
「なんとかして味を変えたいがこれしかないのが残念なところだ」
やはり不味いらしい。
私が飲んだのも不味かった。これはユーグ師匠も味を変えることはできなかったみたい。
私はみんなが同じ顔をしているのを見て少し笑ってしまった。
「クロエディッタ、少しずつ知識は定着してきているか?」
「はいっ! 凄いです。エティ師匠の知識は凄い」
……どういうこと?
記憶を辿るのではなく知識だけが身につくの?
ユーグ師匠は私に記憶を見せるように意図的に改変したのかもしれない。
一体どういう意図があるの?
でも師匠の過去を知識とともに見ることができたことはとても感謝しかない。
「知識は得たが、習得するには時間が掛かるのは分かるな? これからクロエディッタには依頼を持ってくるのでこなすように」
「わかりました」
「ユーグ、君はクロエディッタの兄弟子として支えてやるんだ」
「はい」
そうしてクロエディッタは師匠の居なくなったこの小屋で一人暮らし始めた。
ユーグ師匠はというと、最初はサーデル様の指示で魔法薬や呪術の依頼を渡しに小屋を訪れていた。




