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聖なる泉・セノーテ

「ヤー!」


 玲奈が鋼の剣を振り下ろすと、巨鳥のモンスター・ディアトリマの首が地面に落ちた。

 その足には矢が刺さっていて、周囲には落石が散らばっている。


「ふぅっ、三人の連携で二層のモンスターもなんとかなったね」


 玲奈は栗色のロングヘアを揺らしながら歯を見せた。

 よれよれのスーツ姿の篠倉は埃を払いながら頷く。


「俺らもなかなかやるようになったってとこかねぇ。あの『聖域』に感謝感謝よもう」

「ほんっと、そうですね! 諸葉さんに教えてもらって覚醒しましたもん。いやー掘ったなー、本当に朝から晩まで」

「モンスターを倒すよりはるかに効率がいい。あんなものがあるとは驚きです。青の旅団も今の今まで存在を知らなかったようですし。あれはなんなんでしょうか」


 景山は弓をしまいながら考え込むが、答えはでない。


「考えたってしかたないぜ景山ちゃあん。俺らよりずっとダンジョンに詳しい青の旅団の連中も始めて知ったってくらいなんだから、俺らがわかるわけないでしょーに」

「それはそうですが。……それにしても気前がいいですね。旅団に入ると明言してない僕らにもあそこを使わせてくれるなんて。何か裏があるのかと勘ぐってしまいます」


 青の旅団が見つけた『聖域』。

 掘るだけで経験値が手に入る鉱床を、三人は諸葉に教えてもらい、使用許可を得ていた。

 そこでしばらくのあいだ只管採掘作業を行った結果、一気にビルドアップ。

 三人で力をあわせて二層のモンスターを倒せるほどの実力になっていたのだ。


「まぁ気持ちはわかるね。だが景山ちゃん、今のこれが連中の目的だと思うぜ」

「今のこれ?」

「つまるところ、あの経験値鉱床の力。一層でひーひー言ってた俺らが、二層のモンスターを倒せるようになっていることで、その価値の高さがはっきりしたってわけだ。青の旅団は二層で活動してる探索者のギルドだからな。それより低レベルな者が一気に二層レベルに引き上げられるっていうのを見るために俺らが適任だった。そういうことだろう」

「おー! 篠倉さん頭いい、さすが証券マン!」

「どーもどーも、うちの会社に就活してもいいよ玲奈ちゃん」

「お? 目指しちゃおっかな? とまあそれはいいとして、たしかにそう考えると私達は適任ですね。元から諸葉さんとは親しくしてたし。信用できる新入りっていうのはギルドにとって貴重なのかも」

「そーいうこった。それならあそこで得た経験値、有効活用させてもらおうじゃないの」


 玲奈達三人は頷きあい、念願の二層の探索を開始した。


「すっごいねー! 二層はこんな風になってるんだ。おお~落ちる~」

「ちょっと何やってるんですか玲奈さん、ふざけてて落ちたら洒落になりませんよ」

「だいじょぶだいじょぶ、景山君。私小学校のころ平均台とか得意だったから」


 玲奈は道幅が細くなっている崖際をスキップしていく。


「はぁ……心配かけないで欲しいですよ、本当」

「はは、どっちが保護者かわからないな」

「元々玲奈さんは保護者じゃないですけど」

「一応景山ちゃんは未成年だし? 大人の責任ってやつがね」

「篠倉さんもそういうこと考えることあるんですね。驚きです」

「手厳しいね~」


 男二人が話しながらゆっくりと玲奈を追っていく。


「ねえ! なんかあるよ!」


 先を行く玲奈が山を回り込んだ先を指差していた。

 二人は玲奈の居る場所まで足を早めると、山際を進む道と、山の内側にえぐれるような両サイドを岩壁に挟まれた隘路の分かれ道があった。 


 玲奈が指差しているのは隘路の方。

 その奥にある光を発している何か。


「なんでしょうか、あれは」

「ん~~……水、か? 湧き水みたいなのがあるねぇ」


 3人は足を速めて光る水の元へと向かった。


「湧き水が溜まって小さな池みたいになってるんですね。でも水面が光ってるのは妙じゃありませんか」

「うん、変なの……あ、待って! これもしかしてあれかも!」

「あれとはなんですか、玲奈さん」

「あれだよあれ。ほら、このちょっとオレンジっぽい穏やかな光、経験値の鉱床とそっくりじゃない?」


 泉を見つめる景山の瞳孔が開く。


「諸葉さん言ってたじゃない? 普通の鉱床は光ってないって。経験値の鉱床だけがああいう風に聖なる光に包まれてるって。じゃあさ、同じ光ってことは」

「これも経験値が得られる特別な泉ってことだって、言うんですか」

「正解! そんな気がする。絶対そうだよ。ほらほら景山くん、釣りして釣り。スキルもってたよね?」

「レンジャーですから採取系スキルは一通りとってますけど、でもそんな都合のいい話あるかなあ……」


 半信半疑ながら、初心者の釣り竿をインベントリからだし、泉に糸を垂らした。




 ピチピチッ!


 五分後、景山の腕の中で魚が跳ねていた。

 その後方では玲奈と篠倉が腕を組んで何が起きるか見守っている。


「[モモフナ]が釣れましたね。どこの水辺にもいる魚で特に変わった種じゃありませんが」

「あれ? 私の想像違ってたか……待って! 光り出したよ!」


 景山の腕の中の魚が泉と同じような光を放ち始め、そして光を強く放ちながらモンスターが倒れた時のようにすぅっと消えていった。


「……」

「…………」

「普通、じゃないみたいだねぇ。景山ちゃん、経験値確認してみなよ」

「あ、はい!」


 ステータスを開き自分の経験値を確認する景山。その動きがピタリと止まった。


「どう? 経験値は」

「増えてます……約1500も増えてます!」

「おおー! やっぱり! ってそんなにたくさん!? 鉱物よりすごくない!?」

「すごいなんてもんじゃないですよ! 5倍くらいですよ! 釣りするだけで」

「つ、釣ろう! もっとたくさん釣ろうよ! 大チャンスだよこれは!」

「はい! 釣ります釣ります!」


 玲奈に肩をばしばしと叩かれながら、景山は慌てて泉に釣り糸を垂らした。

 二人は双眸を爛々とさせて光る水面を凝視する。


「ありゃりゃ、これはちょっとすごいことになりそうだねぇ」


 腕組みをしたまま、篠倉は眉根を寄せていた。




 それから三人は経験値を釣り上げていった。

 釣りスキルを持っているのは景山だけだが、釣った魚が消える前に玲奈や篠倉に魚を渡せば、二人に経験値を入手させることができた。

 これを利用して三人は経験値を増やしていき、それぞれ1レベル上がって12レベルになっていた。


「これで二層の攻略も楽になるね!」

「そうですね。でももう少し稼ぎましょう。レベルをこんなに上げられることなかなかありませんし」


 景山は再び釣り糸を垂らした。


「ふふ、それはいい考えだと思いますよ」


 玉を転がすような声。

 玲奈達の背後から聞こえて来た。


 三人は反射的に振り返り、そして白衣のような白いワンピースを着た女の姿を目にした。


「驚かせてしまってごめんなさい。だけど、輝く泉を見たら銀華ぎんかも落ち着いていられなくって。近くで見てもよろしいですか?」


 答えを待たずに女は泉に歩いてくる。

 歩くのにあわせてツインテールが軽く揺れる姿も優雅に映る。


「この光はやはり聖なる泉、ここにもあったのですね。……気の済むまで経験値は釣りましたか?」


 確認するように泉に指をつけると、視線を玲奈に向けて銀華はそう尋ねた。


「え……この泉の魚は経験値がとれるって、知ってるんですか!?」

「ここを見つけたのは偶然? それとも他のギルドが確保しているところ? あなた達はどこかのギルドのメンバー? 教えていただける?」

「え? え? 待って! ください! 急に色々言われて頭の整理が追いつかな――」

「あ! まさかあなたは!」


 玲奈を遮って声をあげたのは景山だった。

 景山はじっと見つめて、頷いた。


「その白衣のように白いワンピース、銀華という名前。まさか[アスクレピオスの白蛇]のギルドマスター、霧谷銀華!?」

「あら、ご存じでしたか」銀華は優雅な一礼をして「その通りですよ、少年。白蛇のギルマスを務めさせていただいている霧谷銀華と申します。以後お見知りおきを」

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