青の旅団、聖域を発見す。 ★
『第一層極北エリアを探索し、経験値ポーションの手がかりを見つけよ』
それが[青の旅団]副団長兼スカウトの北畑諸葉が受けた厳命だった。
ダンジョンが世界に出現してから数年間、ダンジョン内でレベルアップし強くなる手段は、唯一モンスターを倒して経験値を得ることだけだった。
つまり、ダンジョンを先に進むためにも、またギルドの勢力を拡大するためにも、モンスターと戦うことは必須であるということを意味する。
だがモンスターはダンジョンの先に進むほど凶悪になり、身の危険も比例して高まるため、経験値を効率的に稼ぐことは難しく、それゆえギルドの勢力も拡大することがなかなかできずにいた。
ギルドとは、ダンジョン攻略のため協力する組合のようなものだ。
初期はダンジョンに入った個人が各々で探索していたが、やはり協力した方が効率がいいということで、少人数のパーティを組むようになり、パーティ同士が協力関係を結ぶようになり、それがさらに大規模になりギルドとなった。
今ではダンジョン内には、その目的や集まった人の性質などにより性格を異にするギルドがいくつも存在している。
[青の旅団]もそのうちの一つ。
目的は最もオーソドックスでダンジョンの探索を進め、レアドロップを入手すること。
活動範囲はダンジョン第二層で、二層にいるギルドの中で覇権をとり、三層へ進出することを目下の目標としている。
だが、現在は二層での覇権争いも、三層への進出も膠着状態にあった。
「もしあの非戦闘経験値を私達だけが扱えれば、一気に上に行けるわ。なんとしても見つけ出すのよ!」
諸葉は集まったギルド員に檄を飛ばした。
[青の旅団]から20名弱の団員が集まり探索に参加している。
探索するのは、前回経験値のポーションが見つかった大広間を中心にその周辺。
まずは大広間のあった4階を調べ、続いて5階へとフロアを広げていく。
「まだ見つからないの?」
しかし、経験値を増やすポーションは見つからず、また経験値を増やすような他のアイテムも見つからない。
さらに言えば、その他の通常のアイテムもあまり見つかっていない。
「一層のアイテムなんて手に入れても今さらだけど、それでもこれだけ人を駆り出して何もないよりはマシ。って思いたいのにそれすら少ないとはね。さすが極北エリア」
ダンジョンの北部は出入り口となるゲートが少なく、またアイテムに乏しいためにあまり探索されていない。その北部の中でもさらに北と言えばもう完全に未開拓で、完全にアイテム欠乏症で探索する価値のないエリアだろう。
一日では当然終わらず、さらに日にちを費やし7階、8階と探索を進めていくが、それでも何もない。
あれは何かの見間違いだったのではないかと諸葉が自分を疑い始めたころ、一人の団員が息を切らして走って来た。
「諸葉さん! 岩! 光るの! あっちに!」
「光る岩がどうしたっていうの、さっぱりわからないわ」
「あっちに! バディン鉱の鉱床があったんですけど、普通と違って光ってたんです! それで、なんだろうと思って採掘してみたら――」
団員はごくりと息を飲み込んで、続けた。
「私の経験値が増えたんです!」
「なんだって!? 案内しなさい! すぐに!」
「え、いや、私全力疾走してきててちょっと息が……」
「早く!」
「うぅ、ブラック団ん……」
諸葉と団員は「それ」が見つかった方へと全力で駆けていった。
「これが――」
「はぁっ……はぁーーっ。そ、う、です……しぬぅ……」
「ほら、お水」
一層八階にあった洞窟の奥、そこにある鯨のように大きい鉱物の塊を諸葉は凝視していた。
たしかにこれはバディン鉱に見えるが、しかし、普通のバディン鉱と違い、うっすらと光を放っている。
諸葉は鉱物採取用のピッケルをインベントリから出し、鉱床を掘り起こす。
かなり固いが、何度もピッケルを突き立てると鉱物の欠片を採掘出来た。
手に乗せると、手の上で光を全て放出するように一際強く放ち、数秒後には光が消え、灰色の石ころへと変貌していた。
「明らかに普通の鉱物の挙動じゃない。経験値は?」
ステータス画面を開いて自身の経験値を確認すると、諸葉はブルブルと震えだした。
「ね、諸葉さん。経験値増えてましたでしょ」
「ああ、たしかに増えていたわ。初体験よ、戦わずに強くなれるなんて。それが、こんなにも山のようにある」
諸葉と団員は鉱床を感慨深げにしばし眺める。
すると他の団員達も話を聞きつけて続々とやってきた。
諸葉は振り返り、鉱床が放つ穏やかな光に頬を照らされながら団員に向かって告げた。
「ダンジョンの歴史がここから変わる、私達が変える」
「おお! 歴史を! なんか本当に変えられそうな気がしてきました、こんなの始めてですし。でもまあ、二層でモンスター倒す経験値に比べれば多くはないですけど」
「たしかにそうね、でもそこは重要じゃない。こういう『経験値の塊』が確かに存在する、それが何より重要なのよ。一つ『ある』ってことは、同じようなものが他にも『ある』はず。それが二層ならば、経験値もさらに多いはずよ。私達青の旅団の全員が大きくレベルアップできるほどに」
「たしかに! そんなのあったら私もむちゃ強くなれますね!」
諸葉は頷き、穏やかに光る鉱床に手を置く。
団員全てが一気にレベルアップ。そんなことが可能になれば、二層のパワーバランスは激変する。
青の旅団が二層で支配的になり、二層にあるレアドロの独占も不可能じゃない。
「すごいですね、本当に。掘るだけで経験値が手に入るなんて。奇跡的ですよ」
「奇跡、まさにそうね。天から私達に当たられた奇跡の場所……いわば聖域ってとこね」
「聖域! たしかに、光輝いてますし! 諸葉さん、だったらこの聖域は、絶対守らなきゃですね」
「もちろんよ。私達の聖域よ、私達だけで秘匿し守護する。そして、この聖域のような場所を他にも見つけるの」
諸葉は興奮を隠さずにギルドのメンバーに高らかに宣言した。
「あの経験値ポーションにこの経験値の鉱物。他にも似たものはあるはず、全力で探し出すのよ、聖域をもっと! そして私達青の旅団は、聖なる力で頂点に立つ!」
「ううおおおーーーーーー!」
集まって来た団員達も興奮に呼応し、勝ちどきを洞窟に響かせた。
五月某日。
ギルド『青の旅団』が聖域を発見したこの日を境に、停滞し拮抗していたダンジョンの勢力図は大きく変わり始めた。




